昨晩は魂が共鳴し合える素敵な2人の仲間との会食でした。
年齢は僕より下ですが、僕よりもはるかに勉強していて、人生を高い視点から眺めることができているよな2人。
冗談なんかも言い合ったりしますが、振り返ってみるとほぼ8,9割がマジメなお話。
その中でも特に印象に残った、”キーワード”とでも言えるようなフレーズがあったのでメモしておきます。

それは”命の使い方”ということについてです。
これまで色々な経験をしてきて、人生を達観してるなと感じる人におよそ共通していることがあると感じていました。
それは、”死と本気で向き合ったことがある”ということです。
擬似体験したい方は、サンクチュアリという漫画が本当に本当にオススメなので、良かったら是非読んでみてください。
”本気”とはどういうことか。”命を懸ける”とはどういうことか。
そういったことがストーリーを通して学べると思います。


他には、スティーブ・ジョブズなどもこの代表例かと思います。
死と向き合った経験のあるジョブズからの言葉からは強烈に伝わってくるものがあります。
日本語・英語ともに全文書き起こしているので、是非一度伝説のスピーチは聞いてみることをオススメします。

話を戻しましょう。テーマは”命の使い方”です。
死と本気で向き合うような経験をしてきた人は、人生に向き合う姿勢が変わると思っています。
考え方は人それぞれでしょうが、僕がそういった人達から感じた共通点を以下にまとめます。

「人生が有限であることに気づき、時間に対する考え方、使い方が変わる」
「生死の問題に比べるとその他の悩みが小さく感じ、物怖じしなくなる」
「自分のためではなく、世の中や大事な人のために命を使い出す」
「人生における自分の使命が何か、本気で考えるようになる」
上記のような価値観に加え、この種の人達は器が広く、深く、そして底なしの優しさを持っていると感じます。

僕自身は幸い、自分の命の危険を感じるような経験はこれまでにはしたことはありません。
でも、上記のような気持ちを持ってこの人生を生きていきたいと思っています。

メメント・モリ(Memento Mori)という言葉があります。(僕もMoriですがギャグではありません)
これはラテン語で、「死を想え」という意味です。
元々は”今を最高に楽しむ”という意味からきているそうですが、現在では、
「いずれは死ぬのだから現世の富や名声は空虚である」というニュアンスが強まったと言われています。
古代から死と向き合うからこそ本当の意味で生きることができるようになると考えられていたのかもしれません。

最後に、Memeto Moriを常に想起させてくれる言葉を紹介します。
「あなたが虚しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日」 
韓国のカシコギという小説の1フレーズらしいのですが、僕はこれを手帳に書いて、よく眺めています。

Memento Mori
今を生きるため、死を想おう。

mement