今日も高校でのボランティアの日でした。
その中で教育に興味を持っている学生さんと色々と話をしました。
一見大人しそうに見えるけど、将来のビジョンをハッキリと持っているその子。
夢は政治家として日本の教育を変えること。
文部科学省の大臣という目指す像、そしてそこで掲げるマニフェストまで詳細に書いていました。
ここまでビジョンとその先の実現したいことを明確化できている学生さんにはなかなか会えません。
そして、教育という自分が関わるフィールドということもあり、すごく興味深く話を聞かせてもらいました。
その中で本学と末学についての記載があったので、こちらでも整理したいと思います。

ものには本末があります。
木でいうと根が”本”であり、幹や枝が”末”です。
人間の"本"は「徳性(道徳心)」であり、"末"が 「知識・ 技能」ということになります。
換言すると、「人間としていかに生きるかという人格を磨くこと」が”本”で、
「生きるための術」を学ぶのが”末”ということになります。
本=人格、末=スキルやテクニックですね。 
その各々を修得することが、本学と末学で、本学を人間学と呼び、末学を時務学と呼びます。

吉田松陰のことばに、「学は人たる所以を学ぶなり」というものがあります。
これも”学問とは、人間とはいかにあるべきか、いかに生きるべきかを学ぶことである”という意味で、
本学の大切さを示唆しています。

7つの習慣でも以下のような教えがあります。
「人格という土台抜きに、問題解決法やテクニックに集中しても、公的成功を達成することはできない」

それぞれ表現こそ違えど、スキルやテクニックよりも人間としての本質、人格を磨く方が重要であるということだと思います。
この順序を間違え、スキルやテクニックの習得に終始してしまうと、文字通り”本末転倒”となってしまいます。

「自分はどう生きたいのか」
これを知り、人格を磨くこと。これが全てに優先します。

 syoin