お遍路から戻ってきて早1週間。
忘れないうちにお遍路に行く前に学んだこと、
そしてお遍路中の気づきをまとめておこうと思います。
まずは、空海や真言宗について。

◆空海
延暦23年、31歳のときに中国へ留学生として渡る。
805年5月 弟子を探している恵果と出会う
805年8月 密教の教えをマスター、尊称を得る(※わずか3ヶ月でマスター)
805年12月 師匠の恵果が亡くなり、弟子の代表として碑文を起草。(中国人の弟子もいる中で)
目隠しした華を胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)の上に投げ、
守り本尊となる仏様を決める結縁灌頂(けちえんかんじょう)で、
空海は3回とも大日如来の上に当たるという豪運もあり、恵果も納得したのでしょう。
留学期間20年という国家の約束に対しわずか2年で学びを完成させ帰国。 
「虚しく往きて実ちて帰る」はこの時の言葉。

◆真言密教
密教の根底には空という考え方がある。
色即是空・空即是色
色とは目に見えるもの。空とは目に見えないもの。
目に見えないもの(空)にも見えるもの同様、そこには原子があり、他との繋がり、因果関係がある。
独立した存在というものはない。
空を知ることは、万物の成り立ちを知ること。

真言宗の教祖は大いなる智慧(ちえ)と慈悲ですべてを照らす大日如来。
宇宙の初めから存在している永遠不滅の仏性で、万物全てを司る仏様。
この世のすべて、私たちの身近に大日如来は存在している。
他の仏教の教祖は釈迦で、釈迦への崇拝に始まり釈迦への崇拝に終わる。
真言宗は釈迦を絶対とする他の仏教と違い、釈迦を超越することができるという考え。
そして、その大日如来と一体となる、それが密教の行の意味。
旧仏教とは違う考え方なので、なかなか受け入れられない中、
最澄と違い、空海は旧仏教派とも良い関係性を構築したことでも知られています。
こういうところから空海は宗派を超えて広く尊敬されていたのでしょう。

◆曼荼羅
真言宗の曼荼羅は、大日如来を中心に、様々な仏さま、そして他宗教の人や
様々な動物、さらには鬼までもが存在し、調和のとれた世界が描かれている。
みんな違うけれど繋がっている。そこには縁がある。
すべての宗教・思想も包み込む大きな調和の世界が真言宗の曼荼羅。

◆即身成仏(そくしんじょうぶつ)
この身このままで仏になるという考え。
身体を使って行動し、言葉を口に出し、心で色々なことを感じ判断している。
これを三密(身・口・意)と言い、この活動は仏さまも同じ。
本来私たちは仏さまと同じ心を生まれながらにして持っているが、
忙しい日々の中でそれが埋もれてしまっている。
行動・言葉・心を清らかにすることで、この身のままで仏さまになることができる。
これが真言宗の即身成仏という考え方。
”悟りを開くとは、大日如来の存在に気づき、感じること”
”空の教えの心理を知ることこそが悟りを開く唯一の方法”
そのためには、自然の中で厳しい修行をすべきである。

◆慈悲
”すべての生き物が苦しみから解き放たれ、幸せを得られますように”と願うこと。
慈悲心が進むと菩提心(ぼだいしん)へと昇華されていく。

◆密教の伝来ルート

大日如来(だいにちにょらい)→金剛薩埵(こんごうさった)→龍猛(りゅうみょう)→龍智(りゅうち)→金剛智(こんごうち)→不空(ふくう)→恵果(けいか)→空海
不空の付法の弟子は恵果一人。
恵果の付法の弟子は空海一人。

◆綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)
空海が設立した日本で初めてのふつうの人たちの学校。
貴族だけが学べる教育環境を打破し、身分貧富に関わりなく学ぶことのできる施設。
俗人も僧侶も儒教・仏教・道教などあらゆる思想・学芸を総合的に学ぶことができる。
全学生・教員へ給食制も完備していた。


調べれ調べるほど空海という偉人のすごさ、
真言密教の考え方の奥深さに感銘を受けています。
空海はどんな世界を望んだんだろう。
今のこの世界を見て何が必要だと感じるんだろう。
引き続き学んでいこうと思います。 
ohenro