今回は、オーセンティック・リーダーシップ(Authentic Leadership)についてまとめます。
大学院のグループワークで数あるリーダーシップの中からこのオーセンティック・リーダーシップを選択し夢中で調べたということもあり、実はかなり思い入れのある概念です。

オーセンティック・リーダーシップ(Authentic Leadership)(以後、AL)は、リーダーシップの歴史の中でも比較的新しい概念で、最新のリーダーシップ論の1つです。
2003年にビル・ジョージ(Bill George)が「Authentic Leadership」(日本語タイトル:ミッション・リーダーシップ)として発売したことからALの歴史が始まります。

ALが出てきた背景には、企業の不正や不祥事があります。
ビル・ジョージ氏は、エンロン社の不正会計等、世界で様々な企業の不正や不祥事が出てきてたことに警鐘を鳴らし、リーダーには倫理観が重要であると主張しました。
そして、倫理観や自身の価値観を大事にしたALが提唱されることとなります。

ちなみにALの定義や開発手法については、論文や書籍で新たな提言がどんどん出てきており、アップデートされ続けています。
今回は、それらの中から有名どころをピックアップし、「実務家目線」と「学術目線」の2つに分けて考察します。

定義

ALは定義から様々です。
【実務家】
「オーセンティック・リーダーとは、自らに忠実で、かつ自らの信ずることにあくまで献身する、オーセンティックな人材」(George, 2003)

【学術】
「ポジティブな心理的能力と、倫理観から生まれ促進されるリーダーの行動パターンであり、フォロワーと協働するリーダーの自己認識・内在化された道徳的観点・関係の透明性バランスの取れた情報処理をはぐくみ、自己成長を促すもの」(Walubwa et al., 2008) 

学術の方、長いですよね。。重要な要素を全部盛って感じです。
実は、この定義の長すぎ複雑すぎという点については、Cooperらの2005年の論文で問題視されています。

定義には諸説ありますが、「これからのリーダーシップ」では、
「自分らしくモラルあるリーダーシップ」と端的にまとめられています。
個人的にはこれが1番シンプルで覚えやすくて好きです。
上述の定義にもあるようにALは「自分らしさ」と「モラル」が大きな特徴です。

ちなみに、「スタンフォード式 最高のリーダーシップ」
では、「ALは個人としての土台」と表現されている他、
論文でも「他のリーダーシップ発揮のための土台」とも言われており、
リーダーシップの根っこに当たる概念とも言えそうです。

特徴・モデル(実務家視点)

実務家視点からALについてまとめたもので有名な2つのモデルを紹介します。

オーセンティック・リーダーの特徴(Bill George, 2003)
ビル・ジョージ氏は、125人の成功したリーダーへのインタビューを通じて、オーセンティック・リーダーについて考察しました。
この調査から、「他者に貢献したいという純粋な願望を持ち、自分自身を理解し、自分のコア・バリューに基づいて自由にリードすることができること」それがオーセンティック・リーダーであると述べました。
より具体的な特徴としては、以下の5つがあると言われています。
①自分の目的を理解していること(目的)
②正しい行動に対する強い価値観を持っていること(価値観)
③他者との信頼関係を築いていること(人間関係)
④自分を律して価値観に基づいて行動していること(自己統制)
⑤自分の使命に情熱を持っていること(ハートからの行動)
また、上記に繋がる、思いやり、情熱、行動、つながり、一貫性を身につけなければならないとも述べました。
これらを図式したのが以下になります。
AL_George
 
続いて、ジョージ氏と同じく実務家的・実践的アプローチとしてRobert Terry氏のモデルを紹介します。

オーセンティック・アクション・ホイール (Robert Terry, 1993)
ロバート・テリー氏は、実践を重視した行動中心のアプローチを開発しました。
このアプローチには、中心となる2つの問いがあります。
「何が本当に起こっているのか」
「私たちはそれについて何をしようとしているのか」
端的に言うと、組織の問題点を明らかにし、そこに対してリーダーとしてオーセンティックな正しい打ち手を打っていこうという考え方なのですが、組織の問題点を炙り出すツールとして、オーセンティック・アクション・ホイールが考案されました。
このホイールには、「ミッション」「パワー」「構造」「資源」「存在」「意味」という6つの要素があり、そのフレームを用いて、組織の問題点を抜け漏れなく見つめようというものです。
ALW

特徴・モデル(学術視点)

学術論文では数多くのALのモデルが提唱されています。
まずは、リーダーシップの教科書的な一冊『Leadership: Theory and Practice 』で紹介されているモデルをご紹介します。
自分も今のところは、ALについてはこのモデルを最も信頼しています。
大学院のワークショップでもこのモデルを採用しました。 
AL
この見方ですが、左の黄緑色の2つと黄色のトリガーイベントは影響因子です。
①Positve Psychological Capacities:ポジティブな心理的能力
自信、希望、楽観主義、回復力等。これらのいずれかがマイナスになると、リーダーシップの信頼性が低下する可能性がある。
②Moral Reasoning:道徳的推論
正義と悪を判断し、正義を推進する能力がALに影響を与えます。
③Critical Life Event:クリティカルライフイベント(トリガーイベント)
価値観が変わるほどの大きな出来事のことです。
Goleman(2020)は「Wake up Call」と呼んだりもします。
ポジティブなものもネガティブなものも人生に大きな影響を与えた出来事は、リーダーシップに大きな影響を与える可能性があります。
その出来事が自分の価値観にどのような影響を与えたかを考えることで自分が何者であるかが明確になります。

そして水色の部分がコンポーネント(構成要素)になります。
ここでは4つがあると言われています。
①Self-Awareness:自己認識
 内面的・外面的双方合わせた自己認識
②Internalized Moral Perspective:内在化された道徳
 外圧に負けない強い道徳感
③Balanced Processing:バランスのとれた処理
 情報を客観的に分析し、他人の意見を参考とした偏りないバランスの良い判断
④Relational Transperency:透明な関係性
 ポジティブもネガティブもオープンにする透明な関係性

文字で書いてもイメージしずらいと思いますので、構成要素をイラスト付でまとめました。 
AL_1Paper


参考として、その他のALの論文についても軽く考察しておきます。

オーセンティックリーダーシップがフォロワーの態度や行動に与える影響(Avolio, Gardner, Walumbwa, Luthans, May, 2004)
ALがフォロワーの態度や行動にどのような影響を与えるのかを示したのがこちらのモデル。
AL_to_followers
ALの開発により、個人的・社会的なアイデンティティが確立され、「希望・信頼・ポジティブな感情・楽観」という変数が高まり、その結果、フォロワーの職務態度や行動に影響を与えるというものです。
・フォロワーの職務態度:コミュニケーション、職務満足、意義、エンゲージメント
・フォロワーの行動:仕事のパフォーマンス、更なる努力、離脱行動(離職、遅刻、欠勤等) 
当モデルでは、オーセンティック・リーダーのアイデンティティ理解(自己認識)、信頼、希望、ポジティブ感情、楽観等の要素が、真に持続可能な組織パフォーマンスのために強固な基盤を作ると考えられています。


オーセンティック・リーダーシップとオーセンティック・フォロワーシップの開発モデル(Gardner et al, 2005)
こちらは、オーセンティック・リーダーシップだけでなく、オーセンティック・フォロワーシップについての開発モデル。「自己認識・自己調整」を構成要素の中心に据えています。
スクリーンショット 2021-08-06 16.23.24
先行要因(個人史、トリガーイベント)と組織風土(インクルーシブ、倫理的、思いやり、強みベース)がある上で、リーダーは、セルフアウェアネス(価値観、アイデンティティ、感情、動機/目標)を高め、自己調整(内的基準との整合、バランスの取れた処理、関係の透明性、オーセンティック行動)を行う。
これがポジティブなモデルとしてフォロワーに影響を与え、フォロワーもオーセンティックになっていくというもの。
その結果、フォロワーのアウトカムとして、信頼、エンゲージメント、職場での幸福感が高まり、フォロワーのパフォーマンスも継続的でオーセンティックになっていくと述べられています。


オーセンティックリーダーと人間の幸福の関係についてのモデル(Ilies et al., 2005)
AL_model
スクリーンショット 2021-08-06 15.06.38
最後はこちら。ALは人間の幸福感にも影響を与えるという研究もあります。
アリストテレスは、人間が求める「善きもの」は、「有用さ」「快楽」「幸福(エウダウモニア)」の3つであり、この中で最も価値が高い「最高善」が「幸福(エウダウモニア)」であり、人間を人間たらしめるもの、至上の価値であると述べています。
ALとは、真の自分を日常生活で表現することであり、そのプロセスが「本当の自分(ダイモン)に忠実である」ことから自己実現に繋がり、リーダーのみならずフォロワーの幸福感にも良い影響を与えると考察されています。
モデルでは、ALの要素を開発し、影響プロセスを経て、リーダーとフォロワー双方の幸福に影響を与えることを図式化しています。
AL(自己理解、偏りのない処理、オーセンティックな言動、オーセンティックな関係)
影響プロセス(個人と組織のアイデンティティ、ポジティブ感情の伝達、ポジティブ行動モデル、自己決定のサポート、ポジティブな社会交流)
リーダーの幸福(自己表現、自己理解・開発、フロー経験、自己効力感/自己肯定感)
フォロワーの幸福(自己表現、自己理解・開発、フロー経験、自己効力感/自己肯定感)

4つの核となる要素:①自己認識、②偏りのない処理、③関係性の真正性、④オーセンティック行動
・フォロワーの幸福感に焦点を当てている
・影響手段(ポジティブな感情の伝染、ポジティブな社会的交流など)と、リーダーとフォロワーの幸福論的な幸福の特定の構成要素(個人的な表現力、自己実現/開発、フロー体験、自己効力/自尊心など)
・一方、Avoiloらは、リーダーとフォロワーの自己認識のさまざまな側面(価値観、アイデンティティ、感情、目標、など)に注目した

ALの開発方法

ここからはALの開発方法について記述します。
開発方法についても多くの意見がありますが、冒頭の定義で、ALの特徴は「自分らしさ」と「モラル」と述べましたので、それらに関するものを2点だけ取り上げたいと思います。
 
ライフストーリーを用いる
まずは「自分らしさ」の開発について。
自身の人生を振り返り、大きな影響のあった出来事から重要な価値観を見つめることにより、自己認識(セルフアウェアネス)を大きく促進するということはよく言われています。
深く自己を理解することで、自分らしく生きることができるようになり、それがAL発揮にも繋がるということですね。
そう考えると、就活の際にライフラインチャートを描いて自己分析したりしますが、あのような自己のライフストーリーについて他者と語り合い、哲学する時間がAL開発に、もっと言うと人生に必要なのだと思います。
以下のように、様々な研究者がライフストーリーを用いた自己認識促進の効果について語られています。
「物語的な自己が、性格と自己一貫性を結びつける」(Ramond, 2005)
「リーダーのライフストーリーが、フォロワーを導くために人生の出来事に付与する意味についての洞察を与え、内省を通じて自分自身を成長させることができる」(Shamir and Eilam, 2005)

自己超越的な価値観とポジティブな他者思考感情
続いて「モラル」についてです。
Michie and Gooty(2005)によると、「自己超越的な価値観とポジティブな他者指向の感情がALの出現と発展に寄与する」と述べられています。
端的に言うと、利己的な思考ではなく、利他的なモラルある価値観やポジティブ感情を持ちましょうということです。
ここで興味深いのが、欲求五段階説で有名なマズローは、「自己実現をする人は強い倫理観を持っていると考えている」とAvolioとGardnerの論文(2005)で述べてられていることです。
自己分析した結果、「自分が幸せなら何をやっても良いんだ!」というモラルが欠落した自分らしさはALには繋がらない。「自分らしさ」と「モラル」というのはセットなのでしょう。
「世のため・人のためになっているか」
「その感情はポジティブか」
この辺りは常に自問自答しておきたいところです。 

ふぅ。割と長いまとめになってしまいました。
しかし、改めてオーセンティック・リーダーシップは特にこれからの時代に必要な考え方だと思いました。
オーセンティック・リーダーシップについてはどんどん新しい論文が出てきているので、またこのポストも随時アップデートしていきます。
リーダーシップ開発の参考になれば幸いです。 

【参考文献】
Bruce J. Avolio, William L. Gardner(2005) Authentic leadership development: Getting to the root of positive forms of leadership, The Leadership Quarterly 16(3):315-338 
Bruce J. Avolio, William L. Gardner, Fred Luthans, Douglas R. May, Fred Walumbwa(2005) "Can you see the real me?" A self-based model of authentic leader and follower development, The Leadership Quarterly 16(3):343-372
Brue J. Avolio, William L. Gardner, Fred O. Walumbwa, Fred Luthans, Douglas R. May(2004) Unlocking the mask: a look at the process by which authentic leaders impact follower attitudes and behaviours, The Leadership Quarterly 15(6):801-823
Bruce J. Avolio, Fred O Walumbwa, Tara Werning, William L. Gardner(2008) Authentic Leadership: Development and Validation of a Theory-Based Measure, Journal of Management 34(1):89-126
Ceclly D Cooper, Terri A. Scandura, Chester A Schriesheim(2005) Looking forward but learning from our past: Potential challenges to developing authentic leadership theory and authentic leaders, The Leadership Quarterly 16(3):475-493  
Bill George(2003) Authentic Leadership: Rediscovering the Secrets to Creating Lasting Value, John Wiley & Sons
Bill George(2004)『ミッション・リーダーシップ』生産性出版
堀尾志保・舘野泰一(2020) 『これからのリーダーシップ 基本・最新理論から実践事例まで』日本能率協会マネジメントセンター
Remus Ilies, Frederick P. Morgeson, Jennifer D. Nahrgang(2005) Authentic leadership and eudaemonic well-being: Understanding leader-follower outcomes, The Leadership Quartely 16(3):373-394
スティーブン・マーフィ松重(2019) 『スタンフォード式 最高のリーダーシップ』サンマーク出版
Susan Michie, Janaki Gooty(2005) Values, emotions, and quthenticity: Will the real leader please stand up?, The Leadership Quartely 16(3):441-457
Peter G. Northouse(2021) Leadership: Theory and Practice, Sage Pubns
Robert W. Terry(1993) Authentic Leadership: Courage in Action, Jossey-Bass