ユーリア・エンゲストロームが提唱した拡張的学習(Expansive Learning)と活動理論(Activity Theory)について考察します。
論文や書籍をつまみ読みしながらまとめましたが、なかなかに難解でした。
頑張ってまとめてみます。
「活動理論」を理解するために、まず「拡張的学習」という概念の理解から始めます。
拡張的学習とは、「新しい実践活動を集団的に創造していくための協働学習をモデル化したもの」で、「歴史的に新しいタイプの学習」と言われています。
"Contemporary theories of learning"(Illeris, 2009)に掲載されていて、
世界的に最も影響力のある学習理論の1つとして認めれています。実に興味深い。

簡単に説明すると、拡張的学習とは
「学習者が自らが関わる活動システムを自らの手によって拡張し、変化させていくこと」
を指します。
そして、このモデルはベイトソンの学習階級を引用して語られています。

【ベイトソンの学習階級】
学習Ⅲ:学習IIのプロセス変化:集合システムそのものが変化
学習II:学習Iのプロセス変化:選択肢そのものの変化や、経験の連続体の区切り方等の変化
学習I :選択肢から正しい答えを探す
学習0:刺激による反応(学習なし)

エンゲストロームは、一般的な「学習」は学習階級で言うところの「学習IとII」に、
一般的な「発達」は「学習Ⅲ」に相当すると述べています。
「学習」とは決まった範囲、文脈の中での垂直的な上昇を意味し、
「発達」とは決まった範囲から他の活動システムへの水平的な拡がりを意味します。
この違いが、拡張的学習の「拡張」という言葉をうまく反映しているように感じました。

また、更に解像度を上げるため、拡張的学習の3つの特徴から考察を深めてみます。

①「個人的なもの」から「人間集団の活動」へ
エンゲストロームは、個人に焦点が当てられた教育の概念に一石を投じます。
氏が提唱した拡張的学習では、その焦点が、個人ではなく「人間集団の活動」に当てられています。
人間集団の活動を1つの単位として捉え「集団的な活動の中でより多くのことができるようになること」が学習活動だと捉えたわけですね。
また、以下のようにも述べています。(拡張による学習)
「それは、行為者たちがみずからの活動システムのなかで発達的な転換を生み出そうとする努力のなかから現れ、そのようにして行為者たちは集団的な最近接発達領域を超えていくのである」
最近接発達領域」とは、ヴィゴツキーが提唱した「1人ではできないが外部の支援があればできる領域」のこと。
この「最近接発達領域」の概念を個人から集団的な活動へ捉え直したのが、拡張的学習の特徴です。

②「ここにある学び」から「いまだここにないものを学ぶ」へ
拡張的学習の学びは、決まった知識を決まった方法で学ぶというものではありません。
学習者は自分達の生活や組織等の活動システムを自分達の力で分析し、創造、再デザインする。
これが拡張的学習の学習活動になります。
社会の中で生きていくにはこのような行動が必要ですよね。
例えば、以下のような組織は枚挙にいとまがないのではないでしょうか。
・自身が属する組織の業績が年々下降していて、このままではマズイことは皆分かっている
・今の仕事の成果を数%改善するだけでは船は沈没してしまうので組織としての大きな変革が必要
・しかし新しいことに挑戦する風土は組織にはなく、上司もそれを進めようとしない
このような状況では、既存のやり方(システム)を抜本的に変える必要があります。
その際に「いまだここにないものを学ぶ(Learning what is  not yet there.)」ことを通して
システムを新たに作り直す、ということが必要になるのだと思います。 

③「教師-学習者」から「集団内の学習者の交流」へ
エンゲストロームは、著書「拡張的学習の挑戦と可能性-いまだここにないものを学ぶ」の中で、
「学習が教授者の手を離れて、学習それ自身によって方向づけられていく可能性を受け入れること」の重要性について触れています。
教師から学ぶという古典的な学習スタイルではなく、集団の中で学習者同士の交流によって学習活動が展開されるのが拡張的学習です。
そのために教師も学習者も
「正しい答えをもっている物知りの教師はいない」
という意識を持つことが重要だとエンゲストロームは述べています。

以上が、拡張的学習を端的なまとめになります。
そして、この拡張的学習にはサイクルがあるとされています。それがこちら。
expansive_learning_cycle

昨日は、ベイトソンの学習階級をフリーキックの練習として比喩表現したので、
今回は勝てなくなったサッカーチームを事例としてイメージしてみます。

1.疑問を抱く
練習を重ねても勝てない。何故だ。勝つためにはどうしたらいいんだ。
このコンフリクトが動機づけとなり、サイクルがスタートします。

2.分析する
今の練習のままでは勝てない。何かを変えないと。
しかしコーチは今のままの練習をしろと言う(ダブルバインド状態)

3.新たな解決策のモデル化
勝つためには練習内容の変更は不可避なので、メニューの●を▲に変更してみたい。
よし、コーチを説得だ。

4.新たなモデルのテスト
コーチから練習メニューの変更を了承してもらった。
是が非でも結果を出さないと。練習の新メニューを試してみよう。

5.新たなモデルの実装
テストしてみた結果、良い練習と悪い練習の違いが分かってきた。
メニューを修正、改善し、新たな練習メニューとしてまとまったのでこれで進めよう。

6.プロセスの省察
試合で勝つための練習メニューをチームに取り入れるプロセスについてチームで振り返り。
やっぱりコーチの言うことだけを盲目的にやるのではなく、自分達でも意見を出し合っていきたい。
そのための仕組みとして、目安箱を設置して定期的に対話していくことにしよう。

7.新たな実践が確立し一般化 
目安箱に集まったアイデアは月に1回全体ミーティングで議論に上げ、練習内容や組織を継続的に改善していくことが固まった。
その結果、チームは「学習する組織」として徐々に勝率も上昇していった。
そして、新たな学習プロセスへと続く。。


これまで私も複数の組織で働いたり、様々な組織を外部から見たりしてきましたが、
いたるところにダブルバインドの状態は存在していました。いわゆる板挟みというやつです。
組織内でこの状態に陥った時、
学習IやIIのレベルで、同じ領域の学習を続けるのか
学習Ⅲのレベルで、組織として活動システムを変更するのか
これが生死を分けていくのだと思います。

「最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるのでもない。 唯一、生き残るのは変化できる者である。」
これはダーウィンの言葉ですが、組織で変化していくには学習Ⅲレベルでの活動は不可欠です。
つまり、組織が生き延びるためには「拡張的学習」 が必要なのだと思います。

また、上記のような行動を社会人として組織で実行できるようになるためには、それまでの教育現場も変わる必要があります。
エンゲストロームは、学校教育に対して「学習のカプセル化」として問題視していました。
学校で学んだ知識は、テストで良い点をとるためにしか活用されていない(死んだテクスト)、
つまり、学外の経験や認識から遮断されてしまっていることに警鐘を鳴らしたわけです。
組織や社会を変革していくには、知識を暗記するだけではもちろん不十分で、
社会と接続した学びの中で、仲間と共に周囲の活動システムを変えていくような経験、学習が重要となるのだと思います。
学校でもこういう視点の教育をもっとやってみたいな。

「活動理論」については次の投稿でまとめます。