発達心理学の1つ、『成人発達理論』について考察します。
これは「成人になって以降の成長や発達について焦点を当てた」理論のことです。
成人発達理論にも複数のものがありますが、今回は『なぜ人と組織は変われないのか』の著者である組織心理学者のRobert Kegan(ロバート・キーガン)が提唱したモデルについて取り上げます。

まず、キーガンは、人間の発達について以下のように述べました。
「発達とは、自身の主体(subject)をより小さくし、客観的に観察できる客体(object)を増やす連続的な過程である」
主体(subject):自分が「所有されて」いる思考や感情(主体としての性格をもつ思考や感情)
 愛着を持っているため、内省したり客観的に見ることができない自己概念のこと。"I AM"
客体(object):自分が「所有して」いる思考や感情(客観視できる客体としての性格をもつ思考や感情)
 私たちが自分自身を切り離すことができる自己概念。関わりコントロールできるもの。"I HAVE"

ざっくり言うと、自分にくっついているため観察できない自己概念をどんどん剥がしていき、
客観的に観察することができるようになればなるほど、
発達のステージが上がっていくイメージかと思います。
このような発達の考え方のもと、5つのステージに分けたのが成人発達理論になります。
では、その5つのステージを概観してみましょう。

第1段階:衝動的知性(Impulsive Mind)

2~6歳の子ども
反射を統制できる能力を身につけているものの、衝動知覚に従属した状態。
言語は理解できるが、形のないものは理解できません。
自己と他者の知覚は同じであると考えています。
※成人は次の第2ステージからです
主体:衝動、知覚
客体;反射

第2段階:道具主義的知性(Instrumental Mind)

6歳〜16歳くらい、一部の成人も含まれる
自身と他者は「別の世界」に住んでいると捉え、意識が他者と分断されています。
自身のニーズと関心を最も重視し、他者を道具のように扱ってしまうことから”道具主義的”と呼ばれます。
周囲が見えない"The 自己中"です。
主体:自分の欲求、興味、欲望
客体:衝動、知覚

第3段階:環境順応型知性(Socialized Mind)

大半の成人(成人人口の約58%)
自己中心的な第2段階と違い、周囲の人々や社会の考えや規範、信念等を客観的に理解することができるようになります。
ここで初めて、他人がどのように自分を捉えるかに応じて、自分自身を捉え始めます。
例えば、周囲から「私はバカだと思われているだろう」という外的な見方が
「私はバカだ」という一部の内的経験となります。
周りの価値基準に従って自己の価値観を構築するため、基本的に流されがちです。
また、自身で価値創造するクリエイティブな仕事は向かないと言われています。
主体:個人間の関係、相互性
客体:自分の欲求、興味、欲望

第4段階:自己主導型知性(Self-Authoring Mind)

成人人口の約35%
第4段階では、第3段階で周囲の価値観等を取り入れている自分自身を客観的に理解することができます。
それにより、周囲の人や環境に規定されることなく、自分が何者であるかを定義します。
「自分はこういう人間だ」ということにこだわるようになり、
内的な方向感覚を養いながら、自分の道を切り開く能力を身につけていきます。
第3段階と違い、自分自身も含め全体を俯瞰することができるため、組織やシステムに対して適切な対応をとることができます。
主体:Self-Authorship(自己編集能力)、アイデンティティ、イデオロギー
客体:個人間の関係、相互性

第5段階:自己変容型知性(Self-Transforming Mind)

成人人口の約1%
最上級のこの状態は、全ての人とシステムがどのように相互に結びついているかを理解できます。
人・組織・社会を俯瞰し、システム思考的に捉えているイメージです。 
一度に複数の考えやイデオロギーを持つことができ、様々な視点から物事を理解することができます。
世の中の不確実性とパラドックスを受け入れ、白か黒かではなくその間の無限の色を見ようとする傾向が強いです(ミスチルのGIFTの歌詞っぽいですが)
また、他者との交流を通して多様な価値観を受け入れながら、
自己のアイデンティティや感覚をアップデートし続けます。
主体:イデオロギー間の弁証法
客体:Self-Authroship、アイデンティティ、イデオロギー

以上が全5段階の説明になります。
成人の大半が属する3〜5段階のイメージはこんな感じです。(なぜか関西弁です)
adult_development_theory
ほとんどの成人(一般人口の約65%)は、ステージ3に留まり、
高次元4,5ステージに到達することができないと言われています。
では、どうすれば、高次のステージに移行できるのでしょうか。

多くの人は、成長を「より多くの技術や知識を身につけること」だと考えていますが
キーガンは以下のように述べています。
大人になるということは、新しいことを学ぶ(知性の入れ物に何かを入れる)のではなく、
世界を知り、理解する方法を変える(入れ物の形を変える)、つまり変容することである


「学ぶ内容」ではなく「自身の器を変える」ことが重要であると。
子どもの頃に読んだ本を大人になって読み返すと、同じ内容なのに全く別の印象を持った、
そういった体験をした方も少なくないと思います。
これが正に、自分自身の器が変容したために生じた変化です。

これは、「水平的成長」と「垂直的成長」とも表現されます。
・水平的成長:知識・スキルの成長
・垂直的成長:知性・意識の成長

成長というと知識やスキルを獲得し、「何を知っているか、何ができるか」を伸ばそうと考えがちですが、それだけでは不十分。
器の変容のために、より多くのことを、客体(object)として捉えるようになることが重要です。
主体が小さく客体が大きくなるにつれて、自分自身や他者、世界を明確に認知できるようになり、
それが知性・意識の成長(垂直的成長)に繋がり、ステージも上がっていくというわけです。
これを意識して、各段階の主体・客体をもう一度見てみると、
前のステージの主体を客体として捉えることができるようになると、
次の段階に移っていることがわかるかと思います。 

ちなみに、自己概念を客観的に捉えるためのツールとして、「免疫マップ」があります。
詳しくは『なぜ人と組織は変われないのか』を参照してみてください。

最後に、上記の理論についてキーガンは、
「当理論は、思考の複雑さを記述するものであり、”段階が高いほど良いと結論づけてはいない”」
とも忠告しています。
安易にステージを上げようと思っていた自分にとっては軽い衝撃でした。 
これは、おそらく状況によるのかなと解釈しています。
基本的には、当理論を頭に入れ、自身の器を変えるため、
知識・意識の成長に目を向けてみるが良いのではないかと感じました。