PBL(Project-based Learning)について色々な角度から考察していきます。
本日は、"PBLの基準"についてのまとめです。
この論文の中で、John W Thomas博士は、
ここまでが論文の翻訳です。
全体を概観し、特に印象的だったのは、”PBLはパッケージ化しすぎてはいけない”という点。
授業を行う上である程度のパッケージ化は必要でしょうが、全ての筋書きを書いてはいけない。
先生は舞台とある程度の脚本を準備したら、その後の展開は生徒・学生に任せる。
本日は、"PBLの基準"についてのまとめです。
参考にしたのは、4,000以上引用されている以下の論文
Thomas, J.W., 2000, A review of research on project-based learning. San Rafael, CA: Autodesk Foundation.
この論文の中で、John W Thomas博士は、
PBLに必要な5つの基準について以下のように提唱しています。
①中心性(centrality)
①中心性(centrality)
②原動力となる問い(driving question)
③構成的研究(constructive investigations)
④自律性(autonomy)
⑤現実性(realism)
逆に言うと、こららを満たしていないものはPBLとは呼べないということです。
逆に言うと、こららを満たしていないものはPBLとは呼べないということです。
上記の5項目について翻訳しましたので以下に記します。(気になった部分を赤文字にしています)
①中心性(centrality)
PBLのプロジェクトは、カリキュラムの中心であり周辺ではありません。
この基準には2つの推論があります。
第1に、PBLプロジェクトは、カリキュラムの周辺ではなく中心であること。PBLでは、プロジェクトが中心的な教育戦略であり、学生はプロジェクトを通じてその分野の中心的な概念に出会い、学ぶことができます。
プロジェクトが従来の指導に続き、他で教わった内容の説明、例、練習、実践的な応用を提供するような場合もありますが、この基準では、このような"応用"プロジェクトはPBLの事例とは見なされません。
第2に、中心性の基準は、たとえどれだけ魅力的であっても、学生がカリキュラム外のことを学ぶ「充実(enrichment)」プロジェクトも、PBLの例とはならないことを意味しています。
②ドライビングクエスチョン(driving question)
PBLでは、学生を「駆り立てる(driving)」質問や問題に焦点を合わせます。
それにより学生は、学問の中心的な概念や原理と出会い、格闘していきます。
(学生にとっての)プロジェクトの定義は、
"活動と育成したい基礎的な概念的知識との間に関連性を持つよう作られるもの"
でなければなりません。(Barron, Schwartz, Vye, Moore, Petrosino, Zech, Bransford, & The Cognition and Technology Group at Vanderbilt, 1998, p. 274)
これは通常、
「ドライビングクエスチョン(Driving Question)」(Blumenfeld et al., 1991)または
「明確に定義されていない問題(an ill-defined problem)」(Stepien and Gallagher, 1993)
を使って行われます。
PBLのプロジェクトは、テーマ別のユニットや、2つ以上の分野のトピックが交差する形で構築されることがありますが、それだけではプロジェクトを定義するのに十分ではありません。
学生が追求する疑問や、時間を費やす活動、製品、パフォーマンスは、
「重要な知的目的のために組織されたもの」でなければなりません(Blumenfeld et al., 1991)
③構成的研究(constructive investigations)
プロジェクトは、生徒を構成的研究に参加させます。研究とは、探求、知識の構築、解決を伴う、目標に向けたプロセスのこと。
研究は、設計、意思決定、問題発見、問題解決、発見、モデル構築のプロセスである場合があります。
しかし、PBLプロジェクトと見なされるためには、プロジェクトの中心的な活動が、学生の側で知識の変換と構築(定義:新しい理解、新しいスキル)を伴う必要があります(Bereiter & Scardamalia, 1999)
プロジェクトの中心的な活動が学生にとって何の困難も伴わない場合、あるいは既に学習した情報やスキルを応用して実施できる場合、そのプロジェクトは演習であり、PBLプロジェクトとは言えません。
この基準は、庭の植え付けや河川敷の清掃などの簡単な奉仕活動はプロジェクトであるが、PBLプロジェクトではない可能性があることを意味します。
④自律性(autonomy)
プロジェクトは、ある程度生徒が主体となって行うものです。PBLのプロジェクトは、基本的に、教師主導、脚本化、パッケージ化されたものではありません。
実験演習や指導用小冊子は、たとえそれが問題に焦点を当てたカリキュラムの中心であっても、PBLの例とはならないのです。
PBLプロジェクトは、あらかじめ決められた結果で終わったり、決められた道筋をたどることはありません。
PBLプロジェクトは、従来の指導や従来のプロジェクトよりも、生徒の自主性、選択、監督されない作業時間、そして責任をかなり多く取り入れています。
⑤現実性(realism)
プロジェクトは学校的ではなく、現実的です。プロジェクトは、生徒にとって本物であることを感じさせる特徴を具現化したものです。
このような特性には、トピック、課題、生徒が演じる役割、プロジェクトの作業が行われる状況、プロジェクトで生徒と一緒に作業する協力者、作られる製品、プロジェクトの製品の聴衆、または製品やパフォーマンスが判断される基準などが含まれます。
Gordon (1998) は、アカデミックな課題、シナリオ課題、現実の課題を区別しています。
PBLは、(シミュレーションではなく)本物の問題や疑問に焦点を当て、その解決策を実行に移す可能性のある、現実の課題を取り入れたものであるのです。
ここまでが論文の翻訳です。
全体を概観し、特に印象的だったのは、”PBLはパッケージ化しすぎてはいけない”という点。
授業を行う上である程度のパッケージ化は必要でしょうが、全ての筋書きを書いてはいけない。
先生は舞台とある程度の脚本を準備したら、その後の展開は生徒・学生に任せる。
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