Project-Based Learning(PBL)の学習効果について、実験群と統制群に分けて研究している以下の書籍
について概要をまとめます。
本書は被引用数も1800を超えるので、参考になる部分も多いと思います。

こちらは、イギリスの2つの中等学校で行われた数学教育の縦断研究になります。
ちなみに、縦断研究と横断研究の違いは以下の通り。
・縦断的研究(Longitudinal study):同一変数をある程度の期間に渡り繰り返し観察する研究デザインのこと
・横断研究(Cross-sectional study):ある特定の時点における母集団または代表的な部分集合からのデータを分析する研究デザインのこと(国勢調査等)

当研究は、Projec-based Learningの効果に関する重要な研究の1つであると言われています。
最も重要なのは、綿密にマッチングされた実験群と統制群を採用している点です。
つまり、社会経済的地位や前年度の数学指導のアプローチ、その他、様々なテストで同等の数学の学力成績が示された2校を選定し、片方にだけPBLの授業を実施し、生徒の成長の違いを調査したというものです。
以下に詳細をまとめます。

【対象となる2つの学校】
学校①:伝統的指導方法の学校(以下、伝統校)
・より教師主導の教則的な指導形式を取り入れているのが特徴
・数学は、クラス全員による授業、教科書、追跡調査、頻繁なテストによる指導

学校②プロジェクトベースの学校(以下、PBL校)
・生徒は自由なプロジェクトに取り組み、集団で活動
・教師は教科書やテストをほとんど使わず、様々な方法で授業を行い、生徒が自主的に数学の授業を行うことを許可し、多くの選択肢を与えた
・PBL校では、自由形式のプロジェクトや問題の使用は3年目の1月まで維持されたが、その後、国家試験に備えるため、より伝統的な方法に変更された

【研究方法】
・当研究は、各校の生徒(合計300人)がYear9(13歳)からYear11(16歳)になるまでの3年間を追跡することで行われた
・Boalerは、各学校で約90回の1時間の授業を観察し、2年目と3年目の生徒へのインタビュー、各年の全生徒へのアンケート、研究期間の最初と最後の教師へのインタビューを行った
・加えて、全国的に標準化された評価指標である中等教育修了証(GCSE)についての資料収集、評価の実施、生徒の反応の分析も行った

【研究結果】
(研究初年度)
・初めに実施された全国統一の数学能力テストの結果では、伝統校に在籍する生徒とPBL校に在籍する生徒の得点に有意差はなかった
・両校の生徒の大多数は、このテストの全国平均点以下であり、それぞれ75%と77%であった

(数学的評価)
・3年ごとに行われた数学的評価の結果は、PBL校の生徒が高かった
・数学的概念の暗記を必要とする項目で、PBL校の生徒は伝統校の生徒と同等かそれ以上の成績を収め、国家試験で最高点に達した生徒の数は伝統校の生徒の3倍であった
・3年目に実施された国家試験でも、PBL校の生徒の方が伝統校の生徒よりも有意に多くの生徒が合格した

(問題の種類とその対応の違い)
・国家試験の項目は、手続き的な問題と概念的な問題に分けられる
 ・手続き的問題:ルールや方法、公式などを記憶から呼び起こすことで解答できる問題(例:「ある数字の集合の平均を計算する 」等)
 ・概念的な問題:コースで学んだ情報をそのまま使って答えることはできない問題で、思考を必要とし、時には数学的ルールの創造的な適用と組み合わせが必要(例:4つの長方形からなる図形で、図形全体の面積が与えられている場合に、4つの長方形のうちの1つの面積を計算する問題等)
・BPL校の生徒は、概念的な問題だけでなく、多くの応用問題においても、伝統校の生徒より優れていた
・これらの結果は、2校の生徒が異なる種類の数学知識を身につけていたことを示唆している
 ↓
(生徒の知識に対する態度の変容)
・伝統校の生徒は、問題解決のために知識を使うことができなかった
・「より伝統的、形式的、教訓的なモデルで教えられた生徒は、実社会では役に立たないと主張する不活性な知識を身につけていた」 
・「より進歩的で、オープンな、プロジェクトベースのモデルで教えられた生徒は、より柔軟で有用な形の知識を開発し、その知識を様々な場面で使うことができた」

(授業に対する生徒の反応)
・伝統校では、教科書を使った授業に対する生徒の反応は、「退屈でつまらない」と感じていた
・更に「生徒たちは数学を規則に縛られた科目とみなし、数学的成功は規則を覚えて使えるかどうかにかかっている」と考えていた
・PBL校では、生徒は数学を「探索と思考を伴うダイナミックで柔軟な科目 」とみなしてた

(総括)
数学へのプロジェクトアプローチを経験することは、以下のような効果を生んだ。
・数学に対する不安の軽減
・数学を日常生活に関連するものとして捉える意欲の向上
・数学的課題に前向きな姿勢で取り組む意欲の向上

このように、伝統的な学校の文脈とプロジェクトベースの学校の文脈の間で、生徒の学習の質の違いを調べる貴重な研究として評価されています。 
特に印象的だったのは、生徒の知識に対する態度の変容の部分です。
実生活で使用することを考えない、単に概念だけを暗記する学びは、
「実社会では役に立たない不活性な知識」 
としてテストの瞬間だけ頭に詰め込まれ、すぐに忘却されます。
これが多くの学校現場で生じている課題だと感じています。
エンゲストロームも、テストのためだけの知識を「死んだテクスト」と述べ、
学校が実社会から遮断されている「学習のカプセル化」を問題視していました。
Project-based Learningは、学校と実社会を接続し、学びに「意味」や「興味」を付与することで、
より本物の学び・オーセンティックラーニングへと近づくのではないかと感じました。

【参考文献】
Boaler, J. (1997). Experiencing school mathematics; Teaching styles, sex, and settings. Buckingham, UK: Open University Press.
experiencing_School_Mathematics