日本PBL研究所の理事であるICUの布柴先生らによるPBLに関する論文。
PBLアドバイザー養成講座ではたくさんのことを学ばせていただきました。

【文献】
布柴達男, & 吉田実久. (2019). 子ども科学教室の企画・実践を課題とした Project Based Learning (PBL) を通した学生の学び~ コンピーテンシー向上に向けた試み. 日本科学教育学会研究会研究報告, 34(1), 75-78.

【概要】
・PBLがキーコンピテンシーや社会人汎用スキルの修得・向上の機会になるかを明らかにする研究。
・子ども科学教室の実践というプロジェクトを課し、その企画・実践のプロセスから学生たちがどのように学びを実感したかを自由記述の振り返りをもとに調査した。
・結果として、学生達は科学コミュニケーションを含むコミュニケーション能力をはじめ、自己再発見、企画力、チームで働く力などの習得・向上を実感していることが明らかになった。

【対象者】
(PBL実践者):生物学メジャーを宣言したばかりの大学3年生10~15名+前年参加の4年生数名
(イベント参加者):小学1~6年生 100~130名(毎年)

【授業概要】
・「小学生向け科学体験プログラムの企画・実践」というプロジェクト課題に大学生が取り組む。
・ICUのAdvanced Seminar in Biology「科学を伝える」という正課授業の学期後半5回の授業(1回70分×2コマ)で科学イベントの企画を行い、学期終了後の夏休みに成果外活動として実践。

【分析方法】
(量的調査)
・2011年から2016年の6年間に参加したのべ78名に振り返りアンケート(以下の4項目)を実施。
 1.企画を考える段階や、予備実験、資料作成の過程で感じたこと、学んだことはなんですか?
 2.イベントを実施してみて、子ども達の反応から感じたこと、学んだことはなんですか?
 3.子ども達と接している自分自身を振り返ってみて感じたことはなんですか?
 4.全体を通しての感想をひとこと、自由に記述してください
・上記の記述内容を、一般的なコミュニケーション、企画力等のカテゴリーに分類し、頻出回数により学びを評価した。
・結果を表2に示す。
table2
・最も頻出した記述は、科学コミュニケーションに関する記述で98回で、科学の知識を自分自身が正しく理解することや分かり易く説明することの大切さなどが述べられていた。
・一般的なコミュニケーションも58回と頻出し、自由に意見をいいやすい雰囲気づくりやよく聴くことの大切さなどの記述があった。
・自己の(再)発見も73回と多く、一生懸命になる自分自身に驚いたり充実感を覚えたなどの記述が多くみられた。 
・このように、PBLを通した能動的な学びは、実践者の科学コミュニケーションへの意識や様々な社会汎用スキルやコンピテンシーなどの習得や向上など、多岐にわたる学びを与えることが明らかになった。

(質的調査)
・卒業後も参加し続けてくれている卒業生に対しては、以下の振り返りアンケートを実施。
 1.学生時代に子ども科学教室を企画・実践して、もっとも印象に残っている学びはなんですか?
 2.卒業後も継続的に子ども科学教室に参加してくれていますが、そのモチベーションはなんですか?
 3.実社会で働く中でこれらの経験が役立ったことがありましたか?
 4.どのような場面で役立ったと感じていますか?
 5.これまでにこのような企画・実践を体験したことのない学生に参加を促すとすると、どのような言葉がけをしますか?
・課題に対し、リピーターは、学生同士で工夫しながら、生じた課題を乗り越えることができた経験が次述べられていた。
・「短くても言葉を拾って返す」等、事前に教員から受けたアドバイスを生かした経験が語られていた。
・「自分たちなりに考え本番に臨みますが、(中略)思った通りには行かないなぁという気づきから、子どもたちとのコミュニケーションの中で最適解を探してく、という過程がこちらとしても楽しく印象的でした」

【体験の言語化と学びの再構築】
・学びとして定着させ、体験直後のOUTPUTだけではなく、OUTCOMEとして将来にわたって活用・展開させるためには、内省と言語化という外化が大切である。
・他者との対話は新たな視点からの内省を導き、新たな気づきや葛藤を経て、再び内化が起こり、学びがより深化する(溝上ら、2016)
・さらに、知識の再認識、思考過程の再編成、活用・展開を促す3段階の振り返りを行うこと、「チャレンジに失敗はない!」「このやり方ではうまくいかないという情報が得られる」といった教員によるpositive reframingにより、学生達は安心して挑戦することができ、「やってよかった」「今回のやり方ではうまく行かないことがわかった」という成功感を体験したり、課題を発見し、さらに新たな目標を持って「もう一度やりたい」との継続性にも発展したものと考えられ、定着した学びが科長・展開に繋がると考えられる。

【メモ】
・「知識を得る」ことに重点を置いた大教室での講義スタイルの「受動的学び」から「知識を活用する」という学生主体の「能動的な学び」への転換が求められている(日本学術会議教育の分野別質保証のあり方検討委員会, 2010)
・その「能動的な学び」の実践として注目されるのがアクティブラーニングであり、新しい時代を生き抜く資質・能力を育む学びの方法として期待されている(中山, 2013, 溝上, 2014)
・PBLは学生達に多岐にわたる社会的汎用能力やコンピテンシーを習得・向上させる可能性をもつが、学生が体験を学びに、学びを活用・展開できるようになるためには、教員の最適な距離からの見守り、適切なタイミングでの適切な言葉がけが大切である。

1年未満の短期的な調査ではなく、6年間継続された調査という点で信頼性が高い研究だと思いました。
「科学教室の実践」というテーマ設定も、自分自身が科目についてよく理解できる(教えることが最高の学び)ことに加え、企画力やコミュニケーション能力等が総合的に身に付くため、秀逸な設定だと感じました。
研究手法については、自由記述をカテゴリーに分類し、その頻出回数を数えることで量的調査も行えるということは新たな気づきでした。
「知識を活用する」「能動的な学び」であるアクティブラーニング、その最も高度な手法に分類されるPBL。
コミュニケーション能力やプロジェクトマネジメント能力を獲得に寄与する他、自己認識を深めるという点でも効果がありそうです。