本田由紀先生によって提唱された「ハイパー・メリトクラシー」という概念があります。
これは、2005年に出版された以下の書籍の中で初めて登場しました。


ハイパー・メリトクラシーとは、メリトクラシー(業績主義)が変形したもので、重要とされる能力の考え方が変化してきたということを反映した概念です。
以下にそれぞれまとめます。

メリトクラシー(Meritocracy)

業績主義能力主義と訳される。
メリット(merit、「業績、功績」)とクラシー(cracy、ギリシャ語で「支配、統治」を意味するクラトスより)を組み合わせた造語。
「メリトクラシー」とは、イギリスの社会学者、マイケル・ヤングが1958年に出版した本の中で描いた、空想社会の支配原理のこと(ヤング, 1982=1958)。
そこでは、能力の測定と予測が完璧に行われるようになり、人びとは自分の「メリット」に従って職に就き、それに応じた報酬を得るとされる(苅谷, 2014)。
敗戦後において、日本国憲法・教育基本法の中に「能力」という言葉が新たに織り込まれたことにより、ここ人間の「能力」の差異に基づく教育機会や進路選択を掲げる【(日本的)メリトクラシー】の体制が現れた(本田, 2018)。
IQ+努力」が勝利の方程式として定式化されてきた。(東洋経済ONLINEより)

ハイパー・メリトクラシー(Hypermeritocracy)

時代の変化に伴い、メリトクラシーの概念が変化して現れてきた概念。
超業績主義と訳される。
1990年代以降の日本では、人間力、生きる力、あるいはコミュニケーション力、さらには独創性、熱意、愛嬌という具合に、勉強すれば身に付くものではない、人物の全体に及ぶような、性格や人格と切り離せないことが評価されるようになってきた。
この評価対象の拡がりを表現する形として、「ハイパー・メリトクラシー」という概念が提唱された。
つまり、求められる能力の対象が「学力」から「非学力」、あるいは、「認知能力」から「非認知能力」に移行していったというイメージかと思います。
「ハイパー・メリトクラシー化」とは「消費化・情報化と文化や価値の多様化という社会的状況のもとで、それ以前のメリトクラシーのもとで重視されていた『近代型能力』に追加される形で、 意欲や創造性、コミュニケーション能力などの、より不定形な『ポスト近代型能力』が、個々人が社会を生き抜く上で重要度を増大させる現象」である(本田 2005)。
ここで述べられている「近代型能力」と「ポスト近代型能力」の特徴比較は以下の通りです。
post-kindaigata
これらは、企業、社会で求められる人物像の変化を表しています。
以前求められていた「近代型能力」のある人物とは、
「学力が高く、言われたことを素早くこなし、協調性があり、同質性のある人」でした。
その考え方が変化して、新たに求められるようになってきた「ポスト近代型能力」を持つ人物とは、
「同質性とは逆で多様性・新奇性、創造性がある個性豊かな人物で、順応ではなく自ら主体的に行動する能動性のある人」です。そして、社内外でもネットワークを構築して活動できる人物
(幻冬舎の箕輪さんを勝手にイメージしました)

こういった求められる能力と社会の変化は、教育現場においても反映されてきています。
例えば、新学習指導要領には、ハイパー・メリトクラシー的な「資質・能力」観が含まれていますし、
大学で言うと「学士力」や「社会人基礎力」といった汎用的技能(ジェネリックスキル)に注目が集まっているのもその現れだと思います。

ちなみに、本田先生は、全国民にこれらを要請しつつある現象を「ハイパー教化」と呼んでいます(本田, 2018)。
コミュニケーション能力や人間力といったものは曖昧かつ抽象的な概念であるとして、批判的な立場をとりつつ、性格などを超える専門的な知識や技術を身につけさせる教育が必要であると述べています。

私個人としては、専門性と汎用性は両方必要なのではないかと考えています。
ある程度どこでも通用するためのベースとなる汎用的スキルを身につけた上で、
自分自身の専門性を掘り下げていく「T字型」の人材育成がバランスも良いかと思います。

いずれにしても、社会の変化を概観し押させておくことは教育の方向性を誤らないために必要でしょう。
そのため、ハイパー・メリトクラシーという切り口から社会を眺めることも重要だと感じました。

【参考文献】
本田由紀. (2005). 多元化する「能力」と日本社会―ハイパー・ メリトクラシー化のなかで―. NTT出版
本田由紀. (2018). 日本社会と教育の< いま>: ハイパー・メリトクラシーからハイパー教化へ. 近代教育フォーラム, 27, 57-65.
苅谷剛彦. (2014). 教育の世紀: 大衆教育社会の源流. 筑摩書房.
Young, Michael 1958=1982, 窪田鎮夫・山元卯一郎訳 『メリトクラシー』至誠堂