高等教育のシステム変動を示す理論として代表的なものの1つが「歴史・構造理論」。
これは、アメリカの教育社会学者Martin A. Trowによって提唱された理論で、
高等教育の発展段階を「エリート・マス・ユニバーサル」という3つの発展段階でまとめたものです。
各段階と特徴を以下の書籍を参考にまとめます。
ちなみにこちらの書籍は、下記の参考文献に記載しているTrowの3つの論文を参考にまとめられた一冊です。


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では、各段階の特徴を見てみます。


エリート段階

高等教育就学率が15%未満までがエリート段階である。
限られた少数のエリートを対象とし、高等教育の機会は限られた少数者の特権とみなされている。
選抜は、中央教育の成績または試験による能力主義的な考えに基づき行われ、
教育方法は、個別指導やチューター制・ゼミナール制を中心とする。
社会と大学は明確に区分され、閉じた大学として社会との接続はほぼない。
大学の内部運営は、長老教授による寡頭支配的な形が多い。

マス段階

高等教育就学率が15%〜50%がマス段階である。
専門分化したエリートや社会の指導者層の育成、
能力主義と教育機会の均等原理による選抜が行われる、
教育方法は、大規模クラスでの講義と補助的なゼミナール等を中心とする。
大規模な総合大学・官僚制的組織、社会に開かれた大学、長老教授に加えて若手教員や学生の参加による大学のの内部運営は、長老教授に加え、若手教員や学生の参加により民主的に行われる。

ユニバーサル段階

高等教育進学率が50%を超えてくると、ユニバーサル段階に入る。
高等教育機会へのアクセスは、国民の権利よりむしろ義務として考えられるようになる。
大学と社会の境界線が消え、一体化が進む。
ICTを活用した教育手法が様々取り入れられる。(通信、遠隔授業は受け入れられる学生数を大幅に引き上げた)
大学の管理・運営は管理専門職や学外者の支配・影響力が強まる。


ここまでがまとめです。
最後に、天野(2009)を参考に、アメリカ、ヨーロッパ、日本という地域別にも考察を加えます。
まず、ヨーロッパの高等教育には大きく3つの課題が存在すると言われています。
1つ目は、大部分の財源を中央政府に仰いでいる点。
2つ目は、官僚主義からくる大学経営におけるリーダーシップの未確立の問題。
3つ目は、国内の大学は同等・同格のもとだとするアカデミック・ユニフォーミティを前提とする点。

対して、アメリカはその逆です。
財源を国に頼らない形をとっていて、学生をユーザーかつ消費者と捉える市場原理が強く働いています。
このことから、高等教育の質を維持し、高める力である「市場における競争」と
「さまざまな外部機関に対する説明責任」が機能しているとされています。
※その結果、アクレディテーション(基準認定)制度はそこから生まれています。
結論として、現状、成功を収めているのはこのアメリカのスタイルです。

では、日本はどうなのでしょうか。
日本は、ヨーロッパとアメリカを統合したようなモデルといわれれています。
卓越した国立大学を持つ点ではヨーロッパに近く、多様性に満ちた私学セクターが多い点ではアメリカに似ています。
60年代初めには、10%強だった大学・短大進学率は、75年には35%を超え、90年代にはユニバーサル化への閾値である50%を超えました。
そして、今では「大学全入時代」とまで言われるようになってきています。
質的側面では、91年の「大学教育の改善について」答申により、教育課程の編成面での規制の大幅な緩和が図られ、結果として新名称学部が急増するなど、大学内部組織や教育課程の改革が急展開し始めます。
設置基準による「事前規制」の緩和は、それに代わる「事後チェック」システムの創出を要求し、大学による自己点検評価、情報の公開、説明責任の遂行、さらには、第三者評価の義務づけなどの新しい「質の維持装置」が次々に導入され、それらを集約するものとして「認証評価制度」が発足します。

最後に、日本の課題です。
とろうが指摘した、マス化・ユニバーサル化の進展がもたらす5つの危機は、日本の場合にも着実に進行しつつあると天野(2009)は述べています。
①格差社会化と機械の不平等化:経験者集団と非経験者集団への二極分化
②中等教育の弱体化:優秀な教員が大学に移行し、教育課程の一部も大学に
③大学という「標準的」概念の揺らぎ:大学とは何かの概念が曖昧化
④アカデミック・ノルムの崩壊:学士号のアカデミックスタンダードが見えにくくなっている
⑤学習社会への移行:特にユニバーサル化の条件としてトロウが挙げているIT導入の遅れ

これらの課題は、私立大学で働く者として色々と考えさせられるものがありました。
「大学全入時代」というユニバーサル段階に突入した日本の高等教育機関。
諸外国の動向や成功・失敗要因についても考察しながら、大学のあるべき姿を模索し、ダイナミックに前進していく必要があるんだろうなと感じました。

【参考文献】
天野郁夫. (2009). 日本高等教育システムの構造変動: トロウ理論による比較高等教育論的考察 (< 特集> 大学論の新たな地平を探る). 教育学研究, 76(2), 172-184.
天野郁夫, & 喜多村和之. (1976). 高学歴社会の大学 (Vol. 157). 東京大学出版会.
Trow, M. (1972). The expansion and transformation of higher education. International review of Education, 61-84.
Trow, M. (1973). Problems in the transition from elite to mass higher education.
Trow, M. (1976). " Elite Higher Education": An Endangered Species?. Minerva, 355-376.