Project-based Learningに関して、数多く引用されているレビュー論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:1,257件 (2023年5月13日時点))
Helle, L., Tynjälä, P., & Olkinuora, E. (2006). Project-based learning in post-secondary education–theory, practice and rubber sling shots. Higher education, 51, 287-314.

第1部でプロジェクト型学習の定義と、その背景にある教育学的/心理学的根拠についてのまとめ、
第2部で高等教育におけるプロジェクト型学習に関する研究の系統的レビューという構成となっています。
これまで読んだPBLは初等・中等教育のものも多かったのですが、本論文は高等教育、つまり大学などの高等教育での実践例のレビューということで、大学でPBLを実践している自分としては興味津々で読みました。

まず、第1部では、PBLの定義やモデル、特徴や、PBLの土台となる理論的基盤などなど、沢山の収穫がありました。
個人的には、Deweyの問題志向(学習の原動力)、Killpatricのプロジェクトメソッド、そして協同学習の基盤となるピアジェとヴィゴツキーあたりが特に印象に残っています。

そして、第2部。数多くのPBLに関する論文をシステマティックレビューした結果、筆者らは、PBL自体の概念化や効果についての研究はまだまだ十分ではなく改善の余地があると指摘しています。
加えて、目標(コミュニケーション能力や問題解決能力)の定義の曖昧さについても疑問が投げかけられています。
「曖昧な目標を設定し、概念化が不十分なPBLを用いて、十分なエビデンスのない結果が出る」
厳しい言い方をすると、これまでのPBL研究はまだまだこのような状態とも言えるのかもしれません。
それでも、まだ明らかになっていないことが多い分野だからこそ、研究する意味や意義もあるのだとも感じました。
PBLの探究の旅はまだまだ続きそうです。

以下、第1部・2部、ポイントと思った点のメモです。

第1部
【プロジェクト・メソッドの定義】Adderley et al. (1975, p.1)
(1) プロジェクトは、生徒自身が設定した問題を解決するものである;
(2) 学生または学生のグループによるイニシアチブが必要であり、さまざまな教育活動が必要である;
(3) 一般的に最終成果物(論文、レポート、設計図、コンピュータプログラム、モデルなど)を生み出す;
(4) 作業がかなりの期間にわたって行われることが多い;
(5) 教員は、開始、実施、終了のいずれかまたはすべての段階において、権威主義的ではなく、助言的な役割で関与している。

【教育目的のプロジェクトワークの3つの一般的なモデル】Morgan(1983)
(1)プロジェクト演習(Project excercise) :習得した知識や技術を身近な分野の学術的な問題に適用
(2)プロジェクト・コンポーネント(Project component):実世界の問題に関連しより学際的。科目学習と並行して行うことが多い。
(3)プロジェクト・オリエンテーション(Project orientation):PJが大学教育の全基盤を形成。PJにより学習する科目が決定される。
→このProject orientationは正に従来型教育とは逆のアプローチだと感じました。
つまり、「科目を学び、それを活用するためにPJを行う」のではなく、「PJを達成するために必要な科目を学ぶ」というもの。
社会に出ると、「何かしら解決したい問題があり、そのために手段として何かを学ぶ」ことが多いので、Project orientationの流れはより社会での活動と近しいものがあると感じました。

【プロジェクト型学習の動機】(Heitman 1996)
・プロフェッショナルな動機(実践志向やワークベース学習等)
・民主的・人道的動機(サービスラーニングや人文科学を取り入れた国際プロジェクト等)
・批判的思考の育成動機(理系・科学志向等)
・教育学的動機(教科の理解を深める)

【認知心理学に関するPBLの特徴】
・特徴1:問題志向(問題や疑問が学習活動の原動力となる)
・特徴2:具体的成果物(問題解決型学習にはなくプロジェクト型学習にはある)
・特徴3:学習者が学習プロセスをコントロールする
・特徴4:学習の文脈化:認知論、状況論(正統的周辺参加)の双方で支持
・特徴5:複数の表現形式を組み合わせて使用:プロジェクトメソッドの強みは、異なる分野の知識を統合するだけでなく、理論と実践を統合することができる点にある
・特徴6:動機づけ志向 :学生の好ましい動機づけ志向(タスク志向や深い学習志向など)の適用を促進する可能性

【プロジェクトメソッド:Project Method】
Kilpatrickが建築や工学の学校に導入された教育メソッドを教育哲学へと拡大。4つのタイプに分類した。
タイプ1:アイデアを物質的な形で具現化(手紙を書く、曲を作る等)
タイプ2:ある経験を目的を持ち楽しんだり、利用する(音楽や花火を楽しむ等)
タイプ3:問題を解決することが主な目的であるプロジェクト
タイプ4:知識や技術を習得することを目的とした経験
※本論文では、Killpatrickの定義には、意識的な内省と行動が欠けていると指摘。
→タイプ2は、プロジェクト型学習には適さない

プロジェクト型学習には、協力的(cooperative)な要素と協調的(collaborative)な要素の両方が含まれる。
協同学習(collaborative learning)の理論的基盤は、2つの主要な源にさかのぼることができる。
①新ピアジェ派(Neo-Piagetian)の社会的認知的葛藤:自分の考えやアイディアが他の人の見解や新しい情報と矛盾していることに気づく内的葛藤は、個人に自分の思考を振り返らせ、概念的な変化を引き起こす
②ヴィゴツキー:学習は主に社会的、心理学的側面で行われ、学習者が社会的相互作用の中で初めて経験したことを内面化するときにのみ、心理学的側面で二次的に行われる。
「最近接発達領域」社会的相互作用を通じて、生徒が自分一人で作業や勉強をするよりも高い発達状態に到達する可能性がある

第2部
数多くの高等教育におけるPBL論文のシステマティックレビューを行い、以下のような疑問を投げかけています。
①適切なインパクト分析や費用対効果分析に必要な詳細が欠けている(クラス/スタッフの人数、費用等)
→十分なエビデンスを有した論文がまだまだ少ないそうで、この点を明らかにしていくのは今後の課題になりそうです。

②目標の多さと曖昧さ
PBLの目標は、一般的に、教科内容の習得、知識の応用、批判的思考、コミュニケーション能力など多岐にわたることが確認され、そのすべてに集中しようとするのは実現不可能だと思われる。
さらに、目標の中には概念的に不十分なものもある。(コミュニケーション能力や問題解決能力等)
公式の学習目標と個々の学習者が学ぼうとしていることが異ならないように、学習目標の定義のプロセスに学生を参加させることが良い。

③評価
形成的評価と修正のための複数の機会を持つことが重要です。(定期的なチューターによるディスカッションや形成的な中間評価等)

④PBLが十分に概念化されていない
コルブのサイクルのような非常に一般的な学習理論へのカジュアルな言及はあったが、十分ではない。
PBLの実践の基礎をさらに説明するための概念化がまだまだ課題と言えそうです。

【プロジェクト型学習の目的】
(1)プロセスの具体的・全体的な経験の付与:建設プロセスや社会人への移行時など
(2)教科の統合の促進:コースやカリキュラムの最後に''キャップストーン''として科目知識の応用や統合。
(3)自律的な深層学習の促進のための発見学習:小中高の探求学習はこれかも
1つのコースで3つの目的すべてを達成しようとするのは、必ずしも合理的ではない。

---以下、翻訳・引用---
概要(Abstract)
本研究の目的は、プロジェクト型学習とは何か、それを支える教育学的あるいは心理学的動機は何か、どのように実施され、高等教育における学習にどのような影響を与えたかを探ることであった。
本研究は、発表された論文の質的レビューに基づくものである。
その結果、プロジェクトベースラーニングに関する論文の大半は、個々のコースの実施に焦点を当てたコース説明であり、このテーマに関する本格的な研究は事実上存在しないことが明らかになった。
また、プロジェクト型学習という言葉は、さまざまな目的を持ったさまざまな活動を包含している。
したがって、実践者やカリキュラム開発者は、学生とともにプロジェクト型学習の目的や可能性を考え、現実的で明確な目標を設定することが望まれる。
また、実践者や研究者は、より注意深くコースを記録することが望まれる。
今後の研究課題として、いくつかの項目を挙げている。

はじめに(Introduction)
教育界では40年周期で進歩的なアプローチの潮流が押し寄せているようで、今まさにそのピークを迎えている可能性があることがわかる。
このような流れは、従来型論者(the conventionalists)、幻滅者(the disillusioned)、懐疑論者(the sceptics)から非難されるはずである(懐疑論者については、Colliver 2000を参照)。
しかし、これらが単なる傾向であるとすれば、プロジェクト・メソッドのような進歩的なアプローチが、革新的な教師や生徒の間で相当な熱狂を生み出しているのはなぜだろうか。
なぜ、Blumenfeldら(1991)が言うように、「動機づけと思考の間の重要な関係に配慮した指導とカリキュラムの組織的原則を探すために、研究者は繰り返しプロジェクトのアイデアに目を向ける」のだろうか。
本研究の目的は、次のような問いを立てることである:
(1)プロジェクト型学習とは一体何なのか?
(2)それを支える教育学的、心理学的な動機は何か?
(3)高等教育(post-secondary education)ではどのように実施されてきたか?
(4)学習への影響について、何かエビデンスはあるのか?
私たちは、教育学のプロジェクトをめぐる議論の中で、意外にも軽視されているように思われる認知心理学や社会構成主義の観点から、主にこれらの問いにアプローチしている。
本研究の成果は、文献の質的レビューに基づいている。
本稿は2部構成となっており、第1部ではプロジェクト型学習を定義し、このタイプの教育学を実践するための最も顕著な教育学的または心理学的根拠を区別することを試み、第2部は高等教育におけるプロジェクト型学習に関する実証研究の系統的レビューで構成されている。

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