リーダーシップとポジティブ組織論(POS: Positive Organization Scholarship)の関連性についての学びを深めるPBLについての論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:45件 (2023年10月22日時点))
Lucas, N., & Goodman, F. R. (2015). Well-being, leadership, and positive organizational scholarship: A case study of project-based learning in higher education. Journal of Leadership Education, 14(4), 138-152.

当論文では、Leadership and Positive Organization Academic Courseというコースにおいて、リーダーシップとポジティブ組織論(POS: Positive Organization Scholarship)が交差する部分について大学生の知識を深めることを目的に実施されたプロジェクト学習(PBL)の事例が紹介されています。
ざっとポイントをまとめます。
当コースでは、POSと現代のリーダーシップ・モデルとの関連性を探りながら、高度に機能するチーム、質の高い人間関係、生産性の向上、個人と組織の幸福度の向上をもたらす、エビデンスに基づく応用について学習しました。

【コースの目的】
・POSとリーダーシップ理論の接点について、中核となるトピックと現代の基礎理論に焦点を当てながら研究する
・POSとリーダーシップの理論と枠組みを批評するための分析レンズを開発する
・より高いレベルの幸福を促進する組織、ユニット、チームを作り、維持するための戦略を学ぶ
・ケーススタディ、クラスでのディスカッション、チームプロジェクト、アセスメント、個人的な振り返りなどを用いて、受講生と講師がコースのコンセプトやアプローチをモデル化し、適用するための実験室に教室を変える

【コース概要】
・『Positive organizational scholarship: Foundations of a new discipline)』というテキストでPOSの基礎概念を学習
・現代のリーダーシップ理論やモデル、ウェルビーイングの構成要素、ポジティブ組織研究、ポジティブ組織行動などに関連する、査読付き学術誌の記事や一般誌記事など、さまざまな外部リーディングが割り当てられた
・学生はチームに分かれて、「職場のウェルビーイングやエンゲージメントにおける強みの役割とは何か」、「なぜ、どのように組織で人や集団が成長するのか」、「職場において感情はどのような役割を果たすのか」といった、実社会で応用可能な重要な問いを個人と組織の文脈から探究
・学生には『Becoming a Resonant Leader』(McKee, Boyatzis, & Johnston, 2008)という副読本が割り当てられ、学期を通して内省的な日誌やワークブックとして機能し、学生の個人的・職業的成長を促した
・このコースでは、個人学習と組織学習を融合させることで、学生は組織の文脈と焦点を当てたPBL活動に従事し、同時に自分自身の幸福とリーダーシップの発達について振り返りを行なった。
・コースの中心は、様々なリーダーシップやPOSの概念や理論をより統合し、自己調整学習を促すことを狙いとしたクライアントワークのPBLであった

【クライアントワーク】
・学生は5、6人のチームに分かれ、大学の4つの部署から1つをクライアントとして選択
・以下の3つのクライアント・プロジェクトに取り組んだ
・クライアントへの主な成果物は、学生が収集したデータを要約・分析した報告書と、クライアントへのプレゼンテーションであった
・学生の評価は、報告書とクライアント・プレゼンテーションの両方で行なった
・レポートの執筆とクライアントへのプレゼンテーションの進行は、学生チームが共同で実施した

☑️クライアントワーク①性格的強みのアセスメント
・クライアントは、ストレングスファインダーに回答し、トップ5の強みプロフィールを受け取る
・学生チームは全従業員の強みをまとめ、全員の強みをマッピングしたチーム・プロフィール・マトリックスを作成(チームプロフィールを作成することで、チームメイト一人ひとりの強みを認識することができます)
・学生たちは、個人のリーダーシップを最大限に伸ばし、人生の他の側面(対人関係など)で強みを活用するために、強みを活用する方法を学習
・学生たちは、リーダーシップの4領域に沿った強みを持つクライアントのチームプロフィールを設計する方法と、クライアントのためにそれらのプロフィールを解釈する方法を学習

☑️クライアントワーク②アプリシエイティブ・インクワイアリ面接
2つ目のプロジェクト課題は、アプリシエイティブ・インクワイアリ(AI)面接です。
※AIについてはこちらを参照ください
・学生たちは、クライアントの組織のメンバーに半構造化AIインタビューを実施
・質問は、個人レベルと組織レベルの両方を対象に、問題ではなく、うまく機能している点に焦点
・PJ課題は、インタビューから得た情報を整理し、組織のテーマを抽出すること
(※例:コラボレーションを重視する組織、成長や拡大を志向する組織、伝統を重んじる組織等)
ユニット内のポジティブなテーマを特定することで、組織内にすでにあるポジティブな行動や態度を強調し、強化することができる。
・学生たちは、これらのテーマとインタビューから得た一般的な見解に基づいて、推奨事項を提示
・それぞれの提言は、クライアント独自のニーズを満たすように調整された。

☑️クライアントワーク③従業員のポジティブな実践と行動の調査
・学生はクライアントにPositive Practice Survey(Cameron, Mora, Leutscher, & Calarco, 2011)を実施
・各従業員は、29の異なる行動がどの程度自分の部署らしいかを評価
・学生は評価結果から、クライアント組織における従業員の行動をまとめ、適切な提言を実施

【コースの事前事後のアセスメント】
・学生の学習と個人の成長の効果を実証的に裏付けるため、コースの前後にWell-being competency assessment(WCA)を実施
・目的は、Well-beingの理解促進と、学生のWell-beingの測定の2つであった
・20人のうち14人の学生が事前事後双方に回答した
・WCAの第1部は、幸福に関する8つのトピックについて、個人の知識を測定した
・WCAの第2部は、個人のポジティブな心理的機能のレベルを測定するため、Scales of Psychological Well-being(Ryff, 1989)を実施した

(第1部:Well-beingの理解の結果)
・ウェルビーイングの各トピックについて、平均して学生がより知識を深めたと感じていることが示唆された
・t検定の結果、学生はレジリエンス(t=2.51, p<0.05)とソーシャル・サポート(t=2.46, p< 0.05)の知識において、より高い能力を獲得したことが示された
・これらの結果は、PBLが生徒の学習、特に幸福に関する学問の深化に有効であることを後押しするものであった
Figure1

(第2部:個人のポジティブな心理的機能のレベル測定の結果)
・個人の幸福は、生徒の幸福度は6領域中5領域で平均的に増加(ポジティブな人間関係は例外)
・t検定の結果、個人的成長(t=2.34, p<.05)、および人生の目的(t=1.84, p=0.09)は、有意に増加
・コース終了後、学生たちは自分の人生には意味があり、明確な方向性があるという感覚をより強く持つようになった
・興味深いことに、生徒は肯定的な人間関係の減少(t=6.03, p<0.001)。学術コースでWCAが実施されるたびに、学生は個人的な人間関係における幸福度が有意に低下したと報告
※この結果を説明するひとつの理由は、学期末になると学生はストレスを感じやすくなり、対立しやすくなっているのだろう。この傾向をよりよく理解するためには、さらなる研究が必要である。

【ディスカッション】
・学生は、ポジティブ組織を構築し、成長させるために必要なリーダーシップのあり方について知識を得るだけでなく、コースのコンセプトの戦略立案と実践を通じて、クライアントの組織文化やリーダーシップに影響を与える機会を得た
・このようなPBLの経験学習は、ポジティブ組織行動の原則とポジティブなリーダーシップの実践を通じて、学生自身のリーダーシップ開発を促進することが期待される
・学生たちは、PBLの経験学習を通して、教室外の状況に学習やスキルを移行する準備がより整った
・講師の課題は、指示を与えることと学生の自主性を育てることのバランスをとること
・学生は、PBLの経験を通じて実社会で応用することの価値を強調し、このコースを肯定的に評価したが、コースに割り当てられた学術単位に基づく不釣り合いな作業負荷について、多くの学生がコメント
※PBL課題以外の作業量を減らすか、体験学習の追加単位を提供することで変更することができる(典型的な大学では、クラスを合計4単位とし、1単位をPBL課題のみに充てることができる)。
・高等教育では、学生がまず入門コースを履修し、次にシニア・キャップストーン・プロジェクトのようなPBLアプローチを用いたコースを履修するのが一般的
・PBLが理解や参画の手段として有用であることを考えると、学部教育の早い段階でPBL課題を完了することで、学生の学習効果が高まる可能性がある。


ここまでが論文のまとめです。
PBLを通して、リーダーシップとポジティブ組織論(POS: Positive Organization Scholarship)について学ぶというアプローチは、どちらも興味大アリの分野だったので、とても興味深く読ませていただきました。
論文の欲を言えば、リーダーシップの変化なども定量的に見れたらよりよかったなと思いましたが、PBLのクライントワークは、大学の部署がクライアントだったり、ストレングス・ファインダー等をツールとして用いて、組織の状況を分析したりと、実際にやってみたいと思えるような授業のヒントが満載でした。
AI的アプローチも良きですね。学生にネガティブな部分を指摘されると怒る人もいるでしょうから(汗)

また、このPBLは3段階の構造になっているように思いました(論文にはそんな風には書いていませんが)
レベル1:本や論文で知識を得る(教室内/座学)
レベル2:知識に関するツールを自分達で使用し、個人やチームを開発(教室内/AL)
レベル3:教室外の他者にツールを使用して働きかける/教える(教室外/AL)

1から3にいきなり行くのではなく、2の自分達自身で試してみることで、スムーズに3に移行できるように思いました。

また、授業の終盤になると、他授業のテストなどの関係で、PBLの作業量が多くなりすぎると学生から不満の声が出るばかりでなく、人間関係が悪くなる可能性があるということも新たな気づきでした。
PBLの授業だけでなく、大学全体の中の1つという認識を持ち、全体感を意識すべきであることを考えさせられました。
今後の授業の参考にさせてもらおうと思います。


以下、メモ
ポジティブ心理学の定義:「人、グループ、組織の繁栄や最適な機能に寄与する条件やプロセスを研究するもの」(Gable & Haidt, 2005, p.104)

【Positive Practice Survey】
・ポジティブ・プラクティスとは、ポジティブに逸脱したパフォーマンスを示す、組織によって支援され、組織に特徴的な行動や活動のことで、弱点や問題点ではなく、強みや可能性に焦点を当てる
・ポジティブ・プラクティス・サーベイでは、6つの側面について評価する:
 ・思いやり(友人として互いを気遣い、関心を持ち、責任を維持する)
 ・思いやりのある支援(他人が苦しんでいる時に親切心や思いやりを含め、互いを支援する)
 ・寛容(人々は非難を避け、過ちを許す)
 ・インスピレーション(人々は仕事で互いを鼓舞する)
 ・意義(仕事の意義が強調され、人々は仕事によって高揚し、新たな気持ちになる)
 ・尊敬、誠実さ、感謝(人々は互いに敬意をもって接し、互いへの感謝の気持ちを表現する)

【Scales of Psychological Well-being(Ryff, 1989)】
この尺度の6つの下位尺度
・自己受容(自分自身と過去の人生に対する肯定的評価)
・他者との肯定的関係(対人関係の質)
・自律性(個人的基準で自分を評価する能力を含む自己決定と自立性)
・環境支配(自分の人生と周囲の世界を効果的に管理する能力)
・生きがい(自分の人生には意味や目的があり、明確な方向性があると信じること)
・自己成長(自分の人生には意味や目的があり、明確な方向性があると信じること)

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