PBLの学習カリキュラムがどのように大学生のリーダーシップ育成を高めるかを検証した論文。
これまで色々PBLの論文を見てきましたが、リーダーシップに焦点を当てたものは少なかったので、こちらは非常に参考になりました。
ちなにみ当論文は修士論文ですが91件も引用されています。すごい。

論文はこちら(被引用数:91件 (2023年12月30日時点))
Cocco, S. (2006). Student leadership development: The contribution of project-based learning. Unpublished Master’s thesis. Royal Roads University, Victoria, BC.

Appendixも入れると120ページにも及ぶため、数回に分けてまとめたいと思います。
まずは、Chapter 1・2から。

Chapter 1では、「FOCUS AND FRAMING(焦点と枠組み)」と題して、研究の全体像が述べられています。
まず、対象となる学校は、カナダのConestoga College Institute of Technology and Advanced Learning。
こちらのようなコミュニティカレッジは、以前は技術的なスキルを教えることが目的とされてきました。
しかし、時代の変化とともに、高等教育機関には、技術面だけでなく、コミュニケーション能力、チームワーク、問題解決能力、リーダーシップなど、雇用に繋がるスキルが求められるようになってきました。
その中でも、本研究ではリーダーシップに焦点が当てられているわけすが、その背景には以下のような研究や教育動向があったようです。
・Evers, Rush, and Bedrow(1998)による縦断的研究では、企業就職に必要な18のスキルの中で、リーダーシップが改善の必要性の第1位であることが示唆された
・オンタリオ州の高等教育の最近のレビューでも、リーダーシップの育成が質の高い教育の共通目標として挙げられるようになってきている

その上で、以下のような理由から、リーダーシップ開発の手段としてPBLに着目したようです。
(利点・可能性)
・PBLは、計画、コミュニケーション、問題解決、意思決定などの複雑なプロセスや手順を教えるのに効果的な方法(Thomas, 2000)=これらは、効果的なリーダーシップを促進するために必要なものと一致
・PBLの重要な利点は、新しい概念の優れた習得や想起にあるのではなく、新しい概念と既存の知識との統合や、概念の一貫性の再構築や強化の可能性に反映される、より大きな理解の可能性にある(Capron and Kuhn, 2004)
(課題)
・PBLは40年近く前に生まれたが、これまでに行われた研究の大半は一貫性がない(Lam, 2004)
・PBLの結果、リーダーシップの発達がどのように促進されるのか、教育者は具体的に知らない

・PBLは能動的な学習であるため、学生たちの経験は、最終的に当校にとって、PBLが彼らのリーダーシップ開発をどのように高めるかを明らかにする優れた資料となる

リサーチクエスチョン及びサブクエスチョンは以下のとおりです。

中心的なリサーチクエスチョン
Conestoga College Institute of Technology and Advanced Learningの統合先端製造技術応用学位プログラムの学生のリーダーシップ開発は、PBLの学習カリキュラムによってどのように強化されるのか?

サブクエスチョン
1. 統合先端製造技術応用学位プログラムの学生は、リーダーシップの概念をどのように定義しているか
2. 雇用主は、新入社員のリーダーシップ開発を支援する上で、自分達の役割をどう説明しているか
3. PBLの学習カリキュラムには、学生のリーダーシップ能力の育成を阻害したり、高めたりするような特徴や特質があるか
4. 参加者の視点から得られた知見は、リーダーシップ能力のさらなる育成に向けた当校の取り組みをどのように高める可能性があるか

このリサーチクエスチョンが導き出された根底には、
「リーダーシップの理解を、地位のあるリーダーだけが創造できるものとして限定することは、組織が学習する組織になることをしばしば妨げる前提を永続させる」(p.2)と、リーダーシップはリーダーだけのものという認識に対しての問題提起があります。
その上で、「PBLの対話的で能動的な性質は、この特別な教育実践を経験するすべての学生のリーダーシップ能力を高める可能性を秘めている」(p.2)と、全員がリーダーシップを発揮する機会を有するPBLの特徴にも注目が集められています。

Chapter 2は、Leterature Review(文献レビュー)です。
・PBLとは何か?:PBLの起源、その哲学的枠組み、その効果
・リーダーシップ(レビュー、限界、機会)
・大学におけるリーダーシップ開発
・ミレニアル世代(割愛します)
という項目で文献レビューが記載されています。
以下、気になった部分をメモしておきます。

【PBLとは何か】
PBLに関して新たな学びとなったのは、構成主義の部分。
・構成主義者にとって、学習は「理解とは環境との相互作用の中にある」という信念に支えられている
・PBLが開発された背景に繋がる構成主義の3つの原則(Savery and Duffy, 2001)
①文脈:小グループの環境
②活動:プロジェクトを完了するために必要なタスク
③刺激や目標:学習の目的は、何らかの形で知識やスキルの不足が理解の障壁を作り出していることを認識することから
※「認知的葛藤または困惑(cognitive conflict or puzzlement)」という認知的ギャップを感じて初めて、人は学ぶ
※「目的は、刺激として、また学習者の学習内容を決定する主要因として作用する」(Savery & Duffy, 2001)
※社会的環境は、生徒が個人レベルで学んだことを加速させたり、強固にしたりする有効な材料となる
・構成主義のイデオロギーは、PBLカリキュラムの背後にある理論を形成し、教育研究者を教室でのPBLの実践の発展へと向かわせた

刺激・目標は、Deweyの言う衝動と同じようなことかと思いました。
学びたい意欲が湧いていない人に無理やり知識を詰め込むことが学習と言えるのでしょうか。
やはり学びの本質は、学習者本人が学びたいと思うところがスタートなのだと思いますし、そのための鍵の1つが認知的葛藤を感じる場面を作ることなのだと理解しました。

【リーダーシップ】
続いて、リーダーシップの文献レビューです。
リーダーシップには多くの定義があるが、ほとんどの主流理論は、「個人的支配原理」と「対人的影響原理」の2つのカテゴリーに分けられる(Drath, 2001)とまとめられていました。

◆個人的優位の原理(Personal Dominance Principle)
リーダーシップを個人的な資質や「リーダー」と呼ばれる特定の人物の特性として理解していた「特性アプローチ」がリーダーシップ理論の古典的なモデル。以下のような特徴があったようです。
・リーダーシップを発揮できる唯一の人物である
・私たちは「持っている」か「持っていない」かのどちらかだと考える
・リーダーシップ理論に関する学術的な言説の多くを、個人的優位の原理が占めている
・19世紀初頭には、「偉人」リーダーシップ論が大いに流布していた(Kirkpatrick & Locke, 1991)
・リーダーシップは、リーダー、特に上流階級の人間だけが創造できるものと見なされていた(Drath, 2001)
・リーダーシップの概念的基盤は、統治、白人男性支配、社会秩序といった封建的パラダイムを前提に発展してきた(Barker, 1997)

しかし、特性論的アプローチは、60年近く前にStogdill(1948)によって否定され、さらにKirkpatrick and Locke(1991)やYukl(2002)といった他の学者によっても否定されることとなります。
理由としては、以下のようなものが挙げられていました。
「一般的に合意された特性セットはない」
・全体として、特性理論に関する文献は結論に至っておらず、暗黙のうちに "リーダー "を生み出すような、一般的に合意された特性のセットを発見した研究はないと指摘されている

「特性は、前提条件であり十分条件ではない」
・Kirkpatrick and Locke(1991)は、「特性だけではビジネス・リーダーシップには不十分であり、それは前提条件に過ぎない」(p.45)と主張

「現在の状況下において特性だけで完璧な判断はできない」
・フォロワーの成熟(リーダーと異なるアイデンティティを持つ)、VUCAのような情勢変化などから、リーダーがその人の特性だけで間違いない方向性を示せなくなった。
適応的な課題(リーダーの枠組みの外にある新たな課題)が頻繁に登場するようになり、それには特性だけでは対応できなくなった。

このように、特性だけで、最終的にリーダーシップを発揮するリーダーが生まれることを示唆する証拠はほとんどないにもかかわらず、リーダーシップの実践者たちは、特定の特性を身につけるように人々を訓練したり、特定の行動スタイルを実践することの価値を宣伝し続けたりしています。

続いて出てくるのが、「対人影響原理」です。
◆対人影響原理(Interpersonal Influence Principle)
リーダーがフォロワーに影響を与える行動に着目するのが当アプローチです。
特性アプローチとは対照的に、フォロワーを説得して共通の見解に同意させるためにリーダーがとる行動を検討することで、リーダーシップが理解できるという考え方です。
・リーダーシップとは、リーダーが世界観の異なるフォロワーの間で影響力を交渉するプロセスを通じて、普遍的な見解を作り上げるときに起こるもの

ただし、行動アプローチにも限界があります。
それは、リーダーの行動に対して、フォロワーが常に同じような反応を示すわけではないことから、どのようなスタイルを用いるべきかを正確に把握できるリーダーなど存在しないということ。
加えて、現代の多くの職場では、グローバル市場の性質や、直接顔を合わない仕事スタイルの増加などにより、リーダーが実際にフォロワーの好みに会い、その好みを十分に理解することができない可能性があることも指摘されていました。
ちなみに、統計的には「行動アプローチを使用するリーダーは、成功する確率は66%にすぎず、失敗する確率は33%」なのだそうです。(個人的には結構高いやんと思ってしまいました)
このような限界からら、Drath(2001)とGemmill and Oakley(1992)は、関係性の観点を考慮することを勧めているそうです。↓

◆関係性の視点(Relational Perspective)
リーダーシップの新たな提案は、特性でも行動でもなく「関係性」に着目したものです。
「グループが共有された目的を追求するために相互作用するとき、リーダーと協力者の間にプロセスが生まれる - そのプロセスこそがリーダーシップ」という考え方が基盤にあります。
別の言葉では、「リーダーシップとは、ダイナミックな協働の社会的プロセスであり、そこでは、個人や組織のメンバーが、知的で社会的な意味の新しい形態を試すようなやり方で、自分自身と他者とが相互作用することを承認するものである」(Gemmill and Oakley, 1992)とも表現されています。
ただ、この視点は、プロセスに重点を置き、リーダーの特性や行動の重要性を低下させるものの、スキルや行動がリーダーシップを生み出す条件にならないわけではないという点には留意する必要があります。
要は、特性や行動も大事だということですね。それを押さえた上で、リーダーとフォロワーの関係性・プロセスに着目することが大事であると。
ちなみに、『The Rise of the Network Society (ネットワーク社会の台頭)』(Manual Castells, 1996) の著書では、 ネットワークの概念が、リーダーシップを、選ばれた少数の者の特権ではなく、関係性のプロセスとして考えるべきだという主張を強化しているとのこと。権力や地位よりもプロセスの重要度が増してきているのだそうです。
また、別の書籍『リーダーシップの神話(The Myth of Leadership)』(Nielsen, 2004)では、関係性リーダーシップ・モデルをうまく取り入れて成功している組織の例がいくつか紹介されているそうです。
この関係性モデルでは、リーダーは自分1人ではリーダーシップを生み出すことができないという考え方になります。これに同意するならば、リーダーシップ他者との関係なくしては開発できないということになります。この視点もPBLのリーダーシップ開発に大いに繋がってくるなと思います。

【大学・カレッジにおけるリーダーシップ開発】
続いて、大学でのリーダーシップ開発におけるレビューです。
まず、注目したのは、大学のリーダーシップ開発の研究のほとんどが、
企業やコミュニティベースの組織内のプログラムの有効性の調査であり、大学生を対象としたプログラムは少ないということ。ここがまず課題ですよね。
次に、学生のリーダーシップ開発理論の研究において指摘されている4点のギャップも気づきでした。
・第1に、大学におけるリーダーシップ開発の取り組みの長期的な成果に関する評価がほとんどされていない(多くの研究は短期的な効果の調査で、範囲は通常小規模)
・第2に、研究結果の多くが大学レベルでしか報告されないため、学術雑誌に掲載されたり、より広範な読者に普及するために文書化されたりすることがほとんどない(DiPaolo, 2000)
・第3に、アメリカのカレッジや大学では、学生のリーダーシップ開発に対する取り組みがかなり盛んであるため、存在する研究は主にアメリカの視点から書かれたもの(アメリカ以外の国の場合注意)
・第4に、わずかな質的研究が実施されたとしても、たいていは簡単な調査であり、参加者へのインタビューは行われていない(DiPaolo, 2000, p.7)。
まとめると、より広い範囲で、長い期間での研究が今後求められると言えそうです。

その他、気になった点をメモしておきます。
【効果的なリーダーシップ開発プログラムのヒント】
・Berg(2003)は、学生、リーダー、教育者の認識を分析した結果、効果的なリーダーシップ育成プログラムには、生徒がコミュニケーション、チームビルディング、意思決定のスキルを高めることができるような機会が含まれていなければならず、同時に、生徒が他の生徒のリーダーシップを育成できるような機会が提供されていなければならないことを発見
・Brungardt(1996)は、研究結果から、経験的アプローチ(experiential approach)が、望ましいトレーニングの成果を満たす上で最も成功しているようだと結論づけている
・ポストモダンの理論家の多くが、リーダーシップ能力の開発プロセスにおいて経験が重要な役割を果たすことに同意している
Outcalt (2000)は、理論と実践を統合した体験的学習を提供するプログラムを支持している
・リーダーシップ理論が進化していることを教育者が理解し始めると、大学という環境において、学生がリーダーシップの複雑さを理解する機会をどのように作るかについて、進歩が見られるようになる
・リーダーシップ開発プログラムには、すべての学生がリーダーシップを体験できる機会を創出する可能性があり、その結果、大学制度におけるリーダーシップ研究に新たな意味を与えることができる
・AstinとAstin (2000)は、学生がコミュニケーション能力、共感力、正直さ、誠実さ、共同作業能力などのスキルをさらに高めることができるような場を、すべてのプログラムに含めるべきだと主張
・他の多くのポストモダン・リーダーシップ研究者 (Barker, 1997; Drath, 2001; Heifetz, 1994; Komives et al., 1998; Outcalt et al., 2001; Rost, 1993)とAstinとAstin (2000)は、「協調(collaborative approach)は、効果的なリーダーシップ開発プログラムの基本要素であるべきだ」と主張

【大学のリーダーシップ開発における課題】
・リーダーシップとは何か、リーダーシップをどのように教えることができるのかということに関して、前述のような思い込みや意見の相違がある。
→ここ何年もの間、技術的なスキルの習得に重点が置かれ、リーダーシップが生まれやすい状況を作り出すプロセスの開発には、比較的注意が払われてこなかった


【リーダーシップ教育(Leadership Education)】
・リーダーシップ教育とは、「特定のリーダーシップの概念や理論を教えることを目的とした具体的な学習活動」(Brungardt, 1996, p. 83)を指す意味で、より焦点を絞ったもの(例:カリスマ型リーダーシップ理論、偶発的リーダーシップ理論、行動的リーダーシップ理論などを支える前提を学生に教えること等)
・Brungardtは、リーダーシップ教育とは、リーダーシップ開発を支援し、評価するためにデザインされた介入であると示唆。produceやcreateといった言葉と比較して、supportやevaluateというキーワードが使われている

【リーダーシップ開発(Leadership Development)】
・リーダーシップ開発の中で、リーダー研修もまた、支援と評価のツールとして使用することができる
・Brungardt(1996)は、リーダー研修を、特定のスキルを開発する機会を個人に提供するあらゆる活動と定義(活動の例:紛争解決能力、コミュニケーション能力、説得力を高めることなど)

リーダーシップ教育やリーダー研修は、リーダーシップ開発に不可欠な要素であるにもかかわらず、多くの場合、文脈的な枠組みを持たないリーダーシップ教育やリーダー研修が、暗黙のうちにリーダーシップを引き出すという前提でプログラムが組まれている
・リーダーシップ教育やリーダー研修の要素だけで構成されたリーダーシップ・プログラムを提供することの難しさは、「理論的にはうまく理解できても、複雑な社会的・組織的プロセスの中ではうまく機能しないことがある」(Barker, 1997, p.348)ということ
・Heifetz(1994)、Drath(2001)、Senge(1990)のような学者の中には、このような複雑性を「適応的課題(adaptive challenges)」と表現する人もいる。
・「適応的課題とは、コミュニティや組織が直面する課題であり、その課題には、既存の資源、救済策、ツール、解決策、あるいは実際に課題を定義したり説明したりする手段さえもない」(Drath, 2001, p. 21)。
・「適応的行動(Adaptive action)とは、リーダーやフォロワーが協力者として行動すること。協力者は、適応的課題をともに解決するプロセスに参加する」(Burns, 1996, p. 156)

まとめると、大学もリーダーシップ開発においても、最近のパラダイムシフトに合致したプログラムを作成、実施してく重要な役割を担うようになってきており、そのプログラムの中には、以下のような要素を含むと良いと言えそうです。
・理論と実践を統合した経験学習
・「適応的課題」に直面させ、適応的行動をとらせる
・コミュニケーション、チームビルディング、意思決定のスキルを育む
・全ての学生がリーダーシップを発揮できる
・協同学習
・自分だけでなく、他者のリーダーシップを育む

結局のところ、リーダーシップは、理論を学んでも現場で活かせないことが大きな課題なのだと思います。この課題をクリアするためには、特性や行動(スキル)を座学で教えるだけではダメ。
理論と実践を結びつけ、経験するの中で学びを自分のものにしていく包括的な経験学習が必要です。
更に言うと、現代社会では、既存の知識では対応できない適応的課題が溢れているので、その対処法も学んでいく必要があります。
そのためには、学習者に適応的課題に直面させ、仲間とともにそれを乗り越える経験を付与すること。
チームを作り、仲間とうまくコミュニケーションをとり、協同しながら解決策を見出していく経験を積ませる(適応的行動)。その中で全員がリーダーシップを発揮する機会を設け、相互フィードバックなどを通して仲間のリーダーシップ育成にも貢献する。
こういう要素を含んだプログラムが大学のリーダーシップ開発においても求められてきているんですね。
なんとなく、全体像がうっすら見えてきた感じがします。続いてChapter3以降もまとめたいと思います。


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