経験学習サイクルとPBL(Project-based learning)をベースとした、ペンシルバニア州立大学の「起業家リーダーシップ(Entrepreneurial Leadership)」という授業についての論文をレビューします。
論文はこちら(被引用数:277件 (2024年3月2日時点))
Okudan, G. E., & Rzasa, S. E. (2006). A project-based approach to entrepreneurial leadership education. Technovation, 26(2), 195-210.
対象となる「起業家リーダーシップ(Entrepreneurial Leadership)」という授業は、ペンシルバニア州立大学工学部のアントレプレナーシップ専攻の1科目。
2001年秋学期に初めて開講された当科目は、当初はクラス全体をベンチャーチームとして、1つのビジネスプランを考えるという後半の山場が設けられていましたが、その後、様々な改訂を経て、現在は3〜4人グループでプロジェクトに取り組むPBL型で実施されているようです。
プロジェクトは4つ用意されていて、少なくとも1度はリーダーシップを発揮する機会が与えられるような設計になっています。
中でも最も難しいとされるプロジェクトは、各学生チームがシードマネー(0ドルから200ドルの間)を獲得するために2人の投資家によって審査されるコンペでビジネスプランを競い合います。
更に、製品の事業計画を立てるだけでなく、実際に製品を製造し、販売まで行います。利益が上げられたかどうかは、成績の10%に影響するとのこと。
プランを立てるだけでなく、製品の製造〜販売まで行うところが特に秀逸だと思います。できれば詳細な授業内容を見てみたいと思うほどでした。
学習効果分析については、リッカート尺度による定量分析と、フォーカスグループインタビュー(グループ単位のインタビュー)での定量分析を合わせた混合研究アプローチが実施されています(Teddlie and Tashakkori, 2003)。
3つのフォーカスグループインタビューの内容は、文字起こし、コーディングされ、グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて内容分析が行われました(Strauss and Corbin, 1998)。
その後、学生に匿名で背景に関する質問票と、コースの効果に関する学生の認識を測定するために作成された22項目のリッカート尺度へのアンケート調査が実施されています。
分析結果は以下の通り。
定量分析からは、PBL型のアクティブラーニングスタイルへの評価の高さが際立っています。
学生からは以下のような生声が上がっていました。
「このクラスで学んだことは、他のどのクラスで学んだことよりも多い。他の授業では、本に書いてあることをたくさん学んだ。でも、実際に外に出て、自分の知識や技術を使うことで、他のどの授業よりも多くのことを学んだと思う」
「授業に最終プロジェクトがあり、そこで学んだことを実践することができれば、授業はより面白く、より良いものになる。ただ座って本を読んだり、講義を受けたりするだけの授業では、すべてが水の泡になってしまいます」
また、起業家についての理解も深まったこと、リーダーシップやチームワーク、コミュニケーション能力の向上も高い数値を示していました。
「自分と同じ専攻ではない人たちと一緒に仕事をすることになる。それこそ、就職して仕事をするようになったときに、幅広い経歴を持つ人たちと仕事をすることになる。必ずしも同じ学位とは限らない人たちと一緒に働くことを学ぶのです」
この授業は学部混合のメンバー編成だったので、営業とエンジニアといった部署を超えた仕事の体験にも近い環境が作り出せていたのかもしれません。
一方、低い評価だったものには、「人のアドバイスよりも自分の本能や直感を頼る」「より創造的な思考をするようになった」等があります。この点については、インタビュー内容から「自分自身で問題を解決するのではなく、依然として講師のアドバイスに大きく依存している」ことが見てとれます。他者にアドバイスを求めることはもちろん大事ですが、社会に出ると自分自身で問題を解決していくことも必要となるため、「分からないと、学校で先生に聞く」という慣習から少しずつ独立していくことも必要なのだろうと思いました。
創造性については、以下のようなコメントが学生から出ていました。
「プロジェクトは段ボールで作らなければならなかった。実際の起業家なら、好きなものを作ればいい。私たちには制約がありました」
「私たちに与えられた制限は具体的すぎたと思う。もっと一般的なものだったら、もっと効果的だったかもしれない」
プロジェクトの制限を強めれば強めるほど、学生の創造性は発揮されにくくなる。一方で、制限なく完全にフリーなプロジェクトとなれば範囲が広すぎて、学生は何から着手すれば良いか分からなくなる可能性もあります。この辺りのバランスをいかにとるのかが重要となるのでしょう。
また、学生からの不満点としては、「時間が足りないこと」と「非現実的なこと」の2点が主に挙げられていました。学生のナマ声はこんな感じ。
時間不足については教員も悩むところだと思います。授業時間を引き延ばすことが困難な場合は、プロジェクトの内容を決められた時間内で実施できるようにレベル調整する必要があるのだと思います。
また、「非現実的」という問題においても難しいポイントです。 プロジェクトの現実的な要素を強めるためには、学外とのより強い連携が必要になり、調整コストが膨らんでいきます。また、学外との連携が増えれば、予期せぬトラブルが起こる可能性も高くなり、マネジメントも難しくなります。この辺りをどう折り合いをつけるかは課題なのだと思います。
当研究の限界点としては、一群事後テストによるデザインであったため、「対照群を設けること」「事前・事後テストとすること」が今後の展望として書かれていました。
全体の総括として、PBL型の「起業家リーダーシップ(Entrepreneurial Leadership)」の授業は以下のような学習効果が確認されたとまとめられています。
1.リーダーシップ、モチベーション、イノベーション、コミュニケーション・スキル、チームワーク、ビジネスプランの作成といった分野における知識とスキルの開発を促進した
2. 起業家としての行動を促すような知識やスキルが開発された
起業家を育てようと思うと、実際に起業するの体験を積ませるのが最も効果的であり、そのための効果的な手法のひとつがPBLなのだと思います。当授業では、特にリバースエンジニアリングの体験(実際の製品を分解して構造を学ぶ)などは、自分にはない発想だったので非常に参考になりました。
起業家育成の観点でもPBLが活用できるということは新たな発見でした。
【メモ】
「成功する起業家育成のフレームワーク」(Hood and Young, 1993)
①コンテンツ:マーケティングが最重要
②スキルと行動:リーダーシップが最重要
③メンタリティ:創造性が最重要
④パーソナリティ:
論文はこちら(被引用数:277件 (2024年3月2日時点))
Okudan, G. E., & Rzasa, S. E. (2006). A project-based approach to entrepreneurial leadership education. Technovation, 26(2), 195-210.
対象となる「起業家リーダーシップ(Entrepreneurial Leadership)」という授業は、ペンシルバニア州立大学工学部のアントレプレナーシップ専攻の1科目。
2001年秋学期に初めて開講された当科目は、当初はクラス全体をベンチャーチームとして、1つのビジネスプランを考えるという後半の山場が設けられていましたが、その後、様々な改訂を経て、現在は3〜4人グループでプロジェクトに取り組むPBL型で実施されているようです。
プロジェクトは4つ用意されていて、少なくとも1度はリーダーシップを発揮する機会が与えられるような設計になっています。
中でも最も難しいとされるプロジェクトは、各学生チームがシードマネー(0ドルから200ドルの間)を獲得するために2人の投資家によって審査されるコンペでビジネスプランを競い合います。
更に、製品の事業計画を立てるだけでなく、実際に製品を製造し、販売まで行います。利益が上げられたかどうかは、成績の10%に影響するとのこと。
プランを立てるだけでなく、製品の製造〜販売まで行うところが特に秀逸だと思います。できれば詳細な授業内容を見てみたいと思うほどでした。
学習効果分析については、リッカート尺度による定量分析と、フォーカスグループインタビュー(グループ単位のインタビュー)での定量分析を合わせた混合研究アプローチが実施されています(Teddlie and Tashakkori, 2003)。
3つのフォーカスグループインタビューの内容は、文字起こし、コーディングされ、グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて内容分析が行われました(Strauss and Corbin, 1998)。
その後、学生に匿名で背景に関する質問票と、コースの効果に関する学生の認識を測定するために作成された22項目のリッカート尺度へのアンケート調査が実施されています。
分析結果は以下の通り。
定量分析からは、PBL型のアクティブラーニングスタイルへの評価の高さが際立っています。
学生からは以下のような生声が上がっていました。
「このクラスで学んだことは、他のどのクラスで学んだことよりも多い。他の授業では、本に書いてあることをたくさん学んだ。でも、実際に外に出て、自分の知識や技術を使うことで、他のどの授業よりも多くのことを学んだと思う」
「授業に最終プロジェクトがあり、そこで学んだことを実践することができれば、授業はより面白く、より良いものになる。ただ座って本を読んだり、講義を受けたりするだけの授業では、すべてが水の泡になってしまいます」
また、起業家についての理解も深まったこと、リーダーシップやチームワーク、コミュニケーション能力の向上も高い数値を示していました。
「自分と同じ専攻ではない人たちと一緒に仕事をすることになる。それこそ、就職して仕事をするようになったときに、幅広い経歴を持つ人たちと仕事をすることになる。必ずしも同じ学位とは限らない人たちと一緒に働くことを学ぶのです」
この授業は学部混合のメンバー編成だったので、営業とエンジニアといった部署を超えた仕事の体験にも近い環境が作り出せていたのかもしれません。
一方、低い評価だったものには、「人のアドバイスよりも自分の本能や直感を頼る」「より創造的な思考をするようになった」等があります。この点については、インタビュー内容から「自分自身で問題を解決するのではなく、依然として講師のアドバイスに大きく依存している」ことが見てとれます。他者にアドバイスを求めることはもちろん大事ですが、社会に出ると自分自身で問題を解決していくことも必要となるため、「分からないと、学校で先生に聞く」という慣習から少しずつ独立していくことも必要なのだろうと思いました。
創造性については、以下のようなコメントが学生から出ていました。
「プロジェクトは段ボールで作らなければならなかった。実際の起業家なら、好きなものを作ればいい。私たちには制約がありました」
「私たちに与えられた制限は具体的すぎたと思う。もっと一般的なものだったら、もっと効果的だったかもしれない」
プロジェクトの制限を強めれば強めるほど、学生の創造性は発揮されにくくなる。一方で、制限なく完全にフリーなプロジェクトとなれば範囲が広すぎて、学生は何から着手すれば良いか分からなくなる可能性もあります。この辺りのバランスをいかにとるのかが重要となるのでしょう。
また、学生からの不満点としては、「時間が足りないこと」と「非現実的なこと」の2点が主に挙げられていました。学生のナマ声はこんな感じ。
時間不足については教員も悩むところだと思います。授業時間を引き延ばすことが困難な場合は、プロジェクトの内容を決められた時間内で実施できるようにレベル調整する必要があるのだと思います。
また、「非現実的」という問題においても難しいポイントです。 プロジェクトの現実的な要素を強めるためには、学外とのより強い連携が必要になり、調整コストが膨らんでいきます。また、学外との連携が増えれば、予期せぬトラブルが起こる可能性も高くなり、マネジメントも難しくなります。この辺りをどう折り合いをつけるかは課題なのだと思います。
当研究の限界点としては、一群事後テストによるデザインであったため、「対照群を設けること」「事前・事後テストとすること」が今後の展望として書かれていました。
全体の総括として、PBL型の「起業家リーダーシップ(Entrepreneurial Leadership)」の授業は以下のような学習効果が確認されたとまとめられています。
1.リーダーシップ、モチベーション、イノベーション、コミュニケーション・スキル、チームワーク、ビジネスプランの作成といった分野における知識とスキルの開発を促進した
2. 起業家としての行動を促すような知識やスキルが開発された
起業家を育てようと思うと、実際に起業するの体験を積ませるのが最も効果的であり、そのための効果的な手法のひとつがPBLなのだと思います。当授業では、特にリバースエンジニアリングの体験(実際の製品を分解して構造を学ぶ)などは、自分にはない発想だったので非常に参考になりました。
起業家育成の観点でもPBLが活用できるということは新たな発見でした。
【メモ】
「成功する起業家育成のフレームワーク」(Hood and Young, 1993)
①コンテンツ:マーケティングが最重要
②スキルと行動:リーダーシップが最重要
③メンタリティ:創造性が最重要
④パーソナリティ:
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