シュタイナー教育が日本でどのように展開されてきたのかについてまとめられた論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:3件 (2024年3月11日時点))
大野裕美. (2008). 日本におけるシュタイナー教育の動向. 人間文化研究, 10, 91-106.

シュタイナー教育についてほとんど無知な状態だったのですが、本論文のおかげで、ドイツでの設立の歴史や、日本に入ってきた経緯、根本にある人智学など概観を掴むことができました。
一方、重要な教育理論であろう7年周期ライフサイクルについては、まだ理解出来ていない点が多いので、もう少し別の書籍や論文でも調べてみたいと思います。
公教育の詰め込み型教育については私自身も疑問を持っていたので、シュタイナー教育の思想には共感する部分が多くありました。特に「自由への教育」という考え方が良いなと思いました。
素敵な思想であるシュタイナー教育ですが、今後は、公教育とどのように連携していくのかという点が課題になってくるのだと思います。そこで大事なるのが根底に流れる教育思想しっかりと理解すること。
他の教育理論・メソッド(PBL等)も同様ですが、その点を抜きにして表面的に手法だけを真似て展開が進んでしまうと、その先には破綻や衰退が待っています。それは過去の歴史を見ても明らか。
良い教育理論を見つけると、ついついHow toだけに飛びついてしまいがちですが、その背景や教育思想をしっかりと押さえつつ実践していく必要性を改めて感じました。(自戒を込めて)

以下、ポイントを思った箇所のまとめです。

【シュタイナー学校】
・最初の自由ヴァルドルフ学校(シュタイナー学校)は、ドイツのシュツットガルトに1919年に設立
・Rudolf Steiner(1861〜1925)の提唱する人智学(Anthroposophie)に基づく人間観による教育方法を実践する学校のこと
・今では世界58カ国に921校のシュタイナー学校が存在
・就学前の幼児教育としてのシュタイナー幼稚園は1,600以上
・シュタイナー生存中には叶わなかった幼稚園の設立を弟子たちが実行

【シュタイナー教育思想(人智学 Anthroposophie)】
・人智学の人間観は4つの構成要素から出来きていて、ほぼ21歳ですべてを兼ね備えた人間になる
①物質体(physischer Leib)
②エーテル体・生命体(Atherleib)
③アストラル対(Astralleib)
④自我(Ich)
・これらは誕生の際に同時並行的に獲得するのではなく、約7年ごとの周期がある(7年周期ライフサイクル)
・7年周期は誕生から死までだけでなく、死後も輪廻によって続く
(幼児教育:0歳〜7歳)
・第二7年期へのつながりを常に視野に入れながら、子どもの適切な時期を見過ごしたり、早めたりするのではなく「模範と模倣」の原理に基づいて行う
・獲得課題である「意志」を育て、次の課題の「感情」を育てることへとつながる
・「意志」とは、何かをしたいという衝動を含む子どもの主体的活動を指し、大人の「させる」保育で損なってはいけない
・幼児期の知的な早期教育による詰め込みは、子どもの成長を害してしまうと考える
・「自由の教育」や「自由な教育」ではなく、「自由への教育」と言われる
→「何かに依存してとらわれたりするのではなく、自分の判断で自由な自己決定が出来るような大人になるための教育」
・短期集中的な教育方法ではなく、長期的な視点で人間のライフサイクルをとらえ、円環的なつながりにおいて行われる

【シュタイナー教育の課題】
・最も重視されるのは、子どもの本質を人智学的に捉える思考方法そのものであり、教育実践マニュアルではない
・人智学の観点からの教育課題(表1)に示すように、それぞれの発達時期に応じた教育課題があり、課題を達成するためのキーワードが重要な指標
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【日本】
・日本でシュタイナー教育が始まったのは、「宗教的、道徳的情操の教養上見神派の心理学の応用」(隈本, 2012)
・その後、大正自由教育運動を追い風に、さまざまな教育学者がシュタイナー思想に注目
・1960年代に入り、しばらく途絶えていたシュタイナー教育の紹介が再開し、講演、勉強会、ワークショップが行われた
・高度経済成長を背景に、教育が国家に従属的に組み込まれ、産学協同の推進と教育における能力主義の徹底による人的開発能力施策が生み出されるが、後に、公教育のアンチテーゼとして、シュタイナー体験記の「ミュンヘンの小学生」(子安, 1975)が育児期の親達に大きく影響
・1990年代からシュタイナーの思想の実践が全国各地で展開
・「シュタイナーのおもちゃ」の販売で、思想とは切り離されたかたちで日常生活に入り込む(曲解や誤解も増える)
・1990年代後半から、不登校問題が社会現象となり、オルタナティブ教育運動などから公教育のアンチテーゼとしてシュタイナー教育がことさら注目を浴びる
・2000年前後から注目され始めたホリスティック教育論の源流にもシュタイナー教育が位置づけられる
・近代:オルタナティブ教育運動のなかでシュタイナー教育が芽吹く→現代:ホリスティックな視座へと広がる


・規制緩和により学校法人としてシュタイナー学校が公認され、2005年に日本初の公認シュタイナー学校が設立(小中一貫校)
・2008年8月時点では、全国に9校の全日制シュタイナー教育実践校がある
・日本では、シュタイナー学校の認知よりも、シュタイナー幼稚園をはじめとする幼児教育の方が認知度は高い
・シュタイナー幼稚園では文字教育を一歳行わず、テレビやビデオなどの教材は使用しないことなどから、効率の小学校に入学後、適応していくことが困難な子もいた(公立学校への適応という接続問題)

【まとめ】
・知識偏重のアンチテーゼとして支持を集めるシュタイナー教育。日本では、その教育思想に踏み込もうとすると異界のこととして敬遠される傾向がある
 →人智学の見方をどのように捉えるかという点こそが、今後の普及を左右する
・親達の自主的な活動の背景は、思想認識と実践は統合されているのか?
 →親達の共同体活動(実践)と、学校運営のための学び(思想認識)は、補完し合う関係でもあるので、両者が互いにフィードバックされることにより、双方向の交流が生じて変容を促す
・シュタイナー教育を推進する力は、「内発的動機づけ」と「試行錯誤」が少なくとも重要な要素


【メモ】
「ホリスティック」は定義づけしようとすればするほど捉えにくくなるという特徴があ り、シュタイナー 教育も背景に人智学の思想が根幹にあるものの、教育方法のマニュアルはなく画一的でない曖昧性要素がある」
「シュタイナー教育では気質に沿った教授法がとられるが、生徒たちの意図する考えに違いが有るのはマイナスではなく、どれも欠かすことのできない四季の彩りのような豊かさだとする」
「例えば、現代日本の受験教育においては、効率よくひとつの正解に到達することが求められる。〔中略〕それに対して、シュタイナー学校では、早く答えがわかってしまうことは、むしろ問題。その子の内側が働く暇がない。問いと答えとの間に、ゆっくり時間をかけて自分の内側に知識を自分のものにするこ とが求められる。だから、問題は知識の量ではない 。知識をつかみ取ること、内面の土壌を耕すことが大 切だ」
「親たちは子 どもを媒介にしながらシュタイナー学校建設への活動を通じて、自己変容が促進された」