職場学習のレビュー論文のまとめ第3弾。今回がラストです。

論文はこちら(被引用数:1,855件 (2024年3月15日時点))
Tynjälä, P. (2008). Perspectives into learning at the workplace. Educational research review, 3(2), 130-154.

今回は、第3章:セクション II 職場学習とフォーマル教育
3.1. 学生の職場体験の組織化モデル
3.2. 教育機関と職場との協力が直面する課題
そして、第4章:結論 のまとめになります。
では順番に見ていきます。

3.1. 学生の職場体験の組織化モデル
こちらでは、Guile and Griffiths(2001)が教育と就労の間に生じる学習の関係を分析し、提唱した、就労体験の5つの異なるモデルについて紹介されています。

【就労体験の5つのモデル】(Guile and Griffiths, 2001)
①伝統モデル(The traditional model)
・単に職場に「送り出される」だけで、職場の要求に適応することが課題
・学習は自動的に行われると想定されるため、特別な指導や促進は必要ない

②経験モデル(The experiencial model)
・経験学習理論(Kolb, 1984など)では、学習プロセスで職務経験の振り返りが重要な役割を果たす
・Guile and Griffithsは、リフレクションよりもむしろ、学生の対人的・社会的成長を職場体験の課題の最前線に置いている
・学生の成長を職場体験の中心的な目的と定義することで、教育と職場の対話と協力が深まった
・学生を仕事の世界に適応させるだけでなく、学生の自己認識や経済・産業意識をサポートする
・教育提供者の役割は職場体験に関するブリーフィングとディブリーフィングを行うこと

③ジェネリック・モデル(The generic model)
・職業体験は、社会生活で必要とされるジェネリックスキルを開発し、評価する機会と見なされ、学習成果が重視される
・学生は、重要なスキル習得における自己の成長を示すため、パーソナル・ポートフォリオ用の資料を収集し、自己のスキル評価にも参加する
・教師と教育提供者の役割は、このプロセスを促進することであり、その目的は、生徒の自己管理をサポートすること
 
④作業プロセスモデル(The work process model)
・学生が仕事のプロセスと仕事の背景について全体的な理解を深めることが目的
・様々な実践共同体に参加する機会を通じて、変化する仕事の状況に適応し、ある仕事の状況で得た知識や技能を別の仕事の状況に移す能力を身につける
・理論的学習と実践的学習を統合する必要があるため、教育機関と職場との連携が重要
・職場体験は学生のコーチングによって管理され、教育・訓練提供者の役割は、行動における内省と行動に関する内省を支援すること

⑤接続モデル(The connective model)
・社会文化学習理論に基づいた、職場体験を活用する理想的なモデル
・フォーマル学習とインフォーマル学習、「垂直的」学習と「水平的」学習を「内省的(reflexive)」に結びつける
・学生が形式的な学習と概念的な学習を活用するように、学習を位置づける
・共同作業を通じて、学生の「境界を越える(boundary crossing)」能力、変化する新しいコンテクストで活動する能力を可能にする、ポリコンテクスト的で連結的な能力を開発することが目的
・そのために教育機関と職場との緊密な協力が必要であり、教育・訓練提供者の中心的な役割は、職場とのパートナーシップを発展させ、学習のための環境を整備すること

この第5の「接続モデル」は、異なる教育的・職業的文脈の中で行われる学習のつながりを強調するように設計されたカリキュラムの新しい枠組みとして、著者らが提唱する新しいアプローチです。統合教育学(integrative pedagogics)と呼ぶ教育学的アプローチにより、専門知識の主要な要素である「理論、実践、自己調整」の理想的な連結・統合を実現するモデルとして以下の図のように整理されています。
fig3
この図は以下のような内容を示しています。
・専門的知識は,互いに密接に統合された3つの基本要素(理論的知識、実践的知識、自己調整的知識)から構成されている
理論的知識は、普遍的で、形式的で、明示的な性質(本や講義で説明できる)
実践的知識は、ケースに特化したものであり、理論的知識のように普遍的なものではない。実践的知識(手続き的知識や単にスキルとも呼ばれる)は、直感的あるいは暗黙的な性質を持つ
・プロフェッショナルの教育には、理論的知識を特定のケースで利用できる形に変換することと、実務経験から得られた暗黙知を説明し概念化することの両方が含まれるべきである(Gaie Leinhardtら, 1995)
・理論は実務経験に照らして考察されるべきであり、実務経験は理論に照らして考察されるべき
・伝統的な教育では、両者は別個に扱われてきたが、現代の教育学的思考では、理論と実践の一体性が強調されている(Guile & Griffiths, 2001; Griffiths & Guile, 2003; Tynja¨la¨ et al., 2003)
自己調整的知識は、メタ認知的スキルや内省的スキルを含む
・理論と実践を統合する過程では、仲介ツール(チューターやメンター、小グループとのディスカッションや、分析課題、ポートフォリオ、自己評価などの課題作成、振り返り日誌など)が必要
・教育で得た形式知が専門家の柔軟な非形式知に変わるのは、問題解決を通してである(Bereiter and Scardamalia, 1993)
・理論、実践、自己調整を統合するプロセスは、学生が実践的な問題とそれに関連する概念的な問題、つまり理解の問題を同時に解決する必要がある問題解決プロセスとみなすことができる
・Sternberg(2004)の知能の三階層理論(triarchic theory of intelligence)に照らし合わせると、これは分析的知能、創造的知能、実践的知能を統合的に使っていると言える
・フォーマルな知識は、実践的な問題を解決するために使用されるときにスキルへと変化し、問題を解決するために使用されるときにインフォーマルな知識へと変化し、問題に対する創造的な解決策が生まれる。従って、従来型の知識を提供する形式ではなく、問題解決課題を熟練労働者の教育の中核に据えるべきである
最後に、この接続モデルは、実社会生活場面での学習において以下の3つの意味があると述べています。
①職業的・専門的知識の開発は、理論を実践から切り離すことができない、あるいは実践を理論から切り離すことができない、全体的なプロセスとして捉えなければならない
②学生が実際の社会生活や模擬的な状況の中で現実の問題を解決する際には、理論的な知識と実践的な経験とを統合することを可能にする概念的・教育学的なツールが提供される必要がある
③実生活の場面に参加することは、高度な専門知識を身につけるための必要条件ではあるが、十分条件ではない。理論的知識、実践的知識、自己調整的知識の深い統合のみが、専門知識を生み出す

そして、接続モデルの授業例を示したのが図4です。
fig4
・仕事に関連した学習はカリキュラムの不可欠な一部であり、他のコースとリンクさせるべき
・実習や実践の期間は、他のコースの授業と切り離されるのではなく、互いに関連づけられる
・学期は3つの並行コース→実習や仕事に関連した学習→3つにコースと続く
・コース1、2、3では、理論的な概念を応用して、仕事の実践を検討する学習課題が与えられる
・業務に関連した学習期間終了後、課題が討議され、結果がまとめられ、学生の業務経験が理論に照らして再分析される
(各国の例)
・英国:実務経験に基づくファウンデーション・ディグリーが近年人気
・フィンランドのpolytechnics:実務に基づく開発プロジェクトが中心的な役割を果たす修士レベルの学位が新設(学士号取得後3年間の実務経験が基本的な入学要件)

【接続モデルの重要ポイント】
・職場学習は職業科目だけでなく、中核科目とも関連している(例:社会人プロジェクト学習では、学生はプロジェクト会議での議事録の取り方を練習したり、職場でのコミュニケーション慣行を分析したり、仕事関連の文書を外国語で書いたりする)
・学生を単に社会生活に送り出すのではなく、コーチングやガイダンスを受け、学習が促進されること(理想は、学生には教育機関のチューターと職場のメンターや職場トレーナーがつき、この3者が定期的に顔を合わせて話し合う)

また、職場での期間以外にも実社会生活の問題や手続きを経験させる教育学的アプローチとして以下の3つが紹介されていました。
①問題解決型学習(problem-based learning)
②ケース・ベース学習(case-based learning)
③プロジェクト学習(project-based learning)
「職場という場で行う学習」と「学校内で行うPBL等」を切り分けて整理するのは新たな発見でした。

・PBLはワーク・ベースド・ラーニングの手法そのものではないが、PBLのプロセスでは、社会生活で必要とされるスキルの多くを実践することになる
・PBLは、共同作業、協力、知識の共有、自主的な作業の組み合わせに強く依存しており、これらはすべて仕事の世界で非常に重要である
・専門知識の重要な側面である自己調整的知識(メタ認知スキルや内省スキル含む)はPBLを通じて発達する
・PBLは、概念的な理解と社会人としての汎用的なスキルの両方の育成に成功していることを示す多くのエビデンスがあるように思われる
・ケース・ベース学習とプロジェクト学習は、問題解決型学習よりもやや本格的で、学生は小グループで具体的な問題やケースに取り組むが、それらは企業や公的機関から依頼された本格的なものであることが多い
・問題解決型学習とプロジェクト学習を組み合わせることも可能。一つの方法として、製品や計画を作成するための具体的な課題に取りかかる前に、まず問題解決型学習を用いてプロジェクトに必要な理論的基礎を勉強する(Ja¨ntti, 2003)

3.2. 教育機関と職場との協力が直面する課題
ここでは、上述のような教育機関と職場が連動する学習設計を行う際にどのような課題が生じるかについて書かれています。様々な企業と共にPBLを実践してきた自身としても頷くものばかりでした。

・仕事関連の学習の場合、学校ベースの学習と比較して、学習に対する考え方や学生の実習の目的が異なる可能性のあるパートナーが関与すること(特に難しい問題)
・学習目標の交渉は必ずしも雇用者の利益になるとは限らない(Virolainen, 2006; Virtanen and Tynja¨la¨, 2007)
・雇用者の第一の目標は利益を上げることであり、学生が無料または安価な労働力と見なされれば、彼らの学習ニーズは軽視されることになるかもしれない
・実習生の受け入れ先が十分でない
・職業訓練は、学問的教育を好む若者にとって魅力を失っている
・学習が企業における実際の生産から切り離されている
・職場で学生の学習をサポートする担当者自身が教育学的な訓練を受けていない場合もある
・研修で教育を受けた職場トレーナーでさえ、学習指導や学生評価のスキルが不十分と感じていることが多い(Stenstro¨m & Laine, 2006; Tynja¨la¨, Nikkanen, Volanen, & Valkonen, 2005)
・職場トレーナーの訓練と指導(フィンランドの職業教育機関では、職業訓練生を対象とした数万人の職場トレーナーを養成しており、また、職業カリキュラムにトレーナー養成モジュールを自主的に組み込むというモデルもある)
・カリキュラムが最新の職業的・専門的要件に合致していることが重要(教師が社会生活のニーズと直接接触し、社会生活の代表者がカリキュラムの計画に参加しなければならない)
・教育問題は教育機関が第一義的な責任を負い、職場にとっては二次的な関心事でしかないため、職場は教師によって協力が開始されることを期待している(Tynja¨la¨, Nikkanen, et al, 2005; Tynja¨la¨, Virtanen, et al, 2005)。
・職場学習が直面する最も重要な課題のひとつは、職場教育学と呼ばれるものの開発(Billett, 2002; Fuller & Unwin, 2002)
・特定の状況においてどのような理論が必要かを認識することは、主に実践に参加し、自分の行動に対するフィードバックを受けることで学ぶことができる(Eraut, 2004a)
 
4. 結論
最後に結論です。気になった点をメモします。(非常に良い記述が多いためメモだらけですが汗)
・職場学習では、インフォーマル、偶発的、経験的、社会的、状況的、実践的といった性質がある
・社会変化から、生涯学習や職場学習は、組織、国家、個人のいずれにとっても必要不可欠なものとなっている
・職場学習は、様々なレベルで起こりうる(個人、グループ、組織全体、組織間のネットワーク、地域)
・学習の性質も様々で「知識やスキルの習得」「実践コミュニティへの参加」「知識創造」という3つのメタファーで説明できる
・知識習得の視点はフォーマル教育において典型的なものであるが、参加と知識創造のメタファーは職場学習をよりよく説明する
・フォーマル学習とインフォーマルな職場学習は性質が異なるが、どちらも職業・専門知識の開発にとって同様に重要
・フォーマル学習は主に形式知を生み出すが、インフォーマル学習は主に暗黙知を生み出す
・様々な理論的枠組みに由来する考え方は、形式知と非形式知、あるいは形式知と暗黙知の相互作用と統合の重要性を強調しており、これは、職場学習と専門知識の開発を促進する1つの鍵だと思われる
・フォーマル学習とインフォーマル学習の相互作用は、フォーマル教育にも関係する。学校ベースの学習と職場ベースの学習がより緊密な関係になることが重要で
・フォーマル教育では、実際の生活状況をシミュレートするような教授法や学習法を採用すべき
・教育プログラムは、すべての学生に本物の社会生活体験を提供し、仕事に関連した学習では、統合教育学のモデルで提案したように、理論的、実践的、自己調整的知識を統合するような方法で計画されるべき
・職場学習をある程度形式化(学習プロジェクト、組織間の学習ネットワーク、人材開発プログラムなど)することで、組織における知識の共有、内省、イノベーションを促進することができる
・教育と仕事の連携は、学生に実地訓練を提供するプログラムから、社会人に実地外訓練を提供するプログラムまで、様々な形態をとることができる(Helle, 2007)
・学生には、職場における本物の実践共同体に参加する機会が必要であり、従業員には、自分の実践を振り返り、概念化し、専門的な知識やスキルを更新するための時間と空間が時々必要である
・この両者にとって、理論的、実践的、自己調整的な知識の統合と、フォーマル学習とインフォーマル学習の統合は不可欠である

ここまで。


今までは、学生・学校目線から社会・仕事とどのように接続するのかという視点でPBLについて調べてきましたが、今回の論文では「職場学習」という逆の視点から考察されており、非常に学びの多い論文でした。
ざっと、頭に入れておきたいと思った気づきポイントを書き出すだけでもこんなにてんこ盛り。
・フォーマル教育とインフォーマル教育の違い(table1)
・職場学習のレベル(個人、グループ、組織全体、組織間のネットワーク、地域)
・職場学習で人はどのように学ぶのか(仕事そのもの、同僚との協力や交流、顧客との仕事、新しい仕事に取り組み、仕事経験を振り返り、フォーマル教育、仕事外の文脈)
・職場における学習成果の類型論(タスク・パフォーマンス、気づきと理解、自己開発、チームワーク、役割遂行能力、学術的な知識と技能、意思決定と問題解決、判断力)
・実践共同体、学習する組織、ノット・ワーキング
・インフォーマル学習の3つのタイプ:①暗黙的学習、②反応的学習、③熟慮的学習
・偶発的学習(incidental learning)
・インフォーマル学習だけでは十分でない3つの理由:①意識的な努力なしに行われることが多く、主に暗黙知が得られるため、望ましくない結果(組織目標に貢献しない悪い習慣や機能不全等)となることも、②インフォーマル学習だけでは、組織や人々の知識やスキルが時代に追いつくことができない、③フォーマル教育によりインフォーマル学習を効果的に活用し、暗黙知を形式的な知識に変え、概念的な知識と実践的な経験を統合することが可能になり、これが専門知識開発の基礎となる
・組織における知識創造の4つの方法:①社会化、②外部化、③結合、④内面化
・拡大的学習環境の構築の3つのタイプ:①多様な実践コミュニティ参加、②知識と専門性を共同構築する機会を提供する職務の組織化、③職務外で理論的知識を扱う機会
・仕事関連の学習に影響を与える3つの要因:①組織的要因、②機能的要因、③個人的要因
・就労体験の5つのモデル:①伝統、②経験、③ジェネリック、④作業プロセス、⑤接続モデル(理想)
・専門的知識の基本要素:①理論的知識、②実践的知識、③自己調整的知識

特に接続モデルと専門的知識の基本要素は大きな収穫でした。
やっぱり1,800件以上も引用されているだけあって、良い論文は多くの示唆を提供してくれますね。
感謝!

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