教育指導者の養成を目的としたPBL(問題解決型学習)を通したリーダーシップ開発についての書籍を数回に分けてレビューしていきます。

書籍はこちら(被引用数:388件 (2024年5月1日時点))
Bridges, E. M., & Hallinger, P. (1995). Implementing Problem Based Learning in Leadership Development. ERIC Clearinghouse on Educational Management, 5207 University of Oregon, Eugene, OR 97403-5207.

書籍の全体構成・目次は以下のようになっています。
1.問題解決型学習:専門能力開発への有望なアプローチ
2.PBL教材の開発
3.問題解決型学習の授業への導入
4.学生の評価
5.教育博士の研究の焦点として問題解決型学習の活用
6.問題解決型学習の実施課題

今回は第1・2章のまとめです。

第1章:問題解決型学習:専門能力開発への有望なアプローチ
では、PBLの最新の主要な構成要素や、それらの要素が教室でどのように機能しているかが説明され、PBLとケースメソッドの対比が記述されています。
また、PBLに不慣れな人と共に仕事をする際に生じる疑問について学んだことについても述べられています。

教育行政における伝統的な教育プログラムの根幹には、
「教育は知識の伝達であり、学習はその知識の習得である」という思想があります。
対して、PBLでは、学習には「覚えること」と「実行すること」の両方が含まれると仮定しており、プログラム設計者は、生徒がそれぞれの学習体験に知識を持ち込むことを前提としています。
そして、生徒が新しい知識を学ぶ可能性が高まる条件として以下の3点が挙げられています。
(1)予備知識が活性化され、新しい知識を既存の知識に組み込むよう促される
(2)その知識を応用する機会が数多く与えられる
(3)新しい知識が、その後に使用される文脈に類似した文脈の中で、新しい知識を符号化する

さらに、PBL研究者は、生徒が将来の職業実践で遭遇する可能性の高い問題が、新しい知識を習得し使用するための有意義な学習状況を提供すると想定しています。

続いて、PBLの構成要素です。
本書では、①職場の現実、②目標、③内容、④内容を教え、学ぶプロセス、⑤学生の評価、の5つが挙げられています。

①職場の現実
・PBLの原則に根ざしたプログラムを作成するには、職場の現実について多くの前提を置く必要がある
・校長は、教師や保護者と協力してこれらの問題を解決し、多様化する生徒のニーズに効果的かつ人道的に応える教育環境を整えることが期待されている

②目標
・校長のための専門能力開発目標は、次のようなものが適切であると思われる
1. 校長候補者に、将来直面するであろう問題に慣れ親しんでもらう
2. 影響の大きい問題に関連する知識を生徒に教える(単一ではなく、さまざまな学問分野から)
3. この知識を応用するスキルを身につける:知識を活用し、現実の専門的な問題に対処する際にその有用性を検証する機会を提供する
4. 問題解決能力を養う:問題を発見し、枠組みを作り、分析し、解決するスキルを促進する
5. 解決策を実行するスキルを身につける:生徒は提案した解決策を実行に移すべきである
6. 協力を促進するリーダーシップスキルを身につける:協力に不可欠なスキルは、プロジェクトの計画と組織化、会議の運営、コンセンサスの達成、対立の解決、傾聴など
7. 様々な感情的能力を開発する:協働に対する強いコミットメント、忍耐力、フラストレーションや怒り、失望に建設的に対処する方法を知っておく必要があり、この厳しい職業的役割のさまざまな局面に対処する自分の能力に自信を持つ必要がある
8. 自己学習能力を身につける:自分の知識のギャップを特定し、必要なリソースを探し出し、直面している問題に対するリソースの適合性と適切性を評価するスキルを身につける

③内容
・PBLカリキュラムにおける知識(コンテンツ)は、専門的実践におけるインパクトの大きい問題を中心に構成される
・PBLの信奉者は、「問題を発見し、次に内容を理解する」という原則に従っている
・問題は、以前に学習した内容を適用するための文脈としてではなく、新しい内容を学習するための刺激として使用される
・コンテンツ選択の大きな基準:問題の理解、問題の原因、解決策を検討する際に考慮しなければならない制約、あるいは可能性のある解決策を育成する上で重要なものでなければならない
・生徒は、焦点となる問題を理解し、それに対処するのに役立つさまざまな情報源を活用する。これは、PBLが育成を目指す実地学習のタイプと一致する実践である。

④指導プロセス
・PBLのカリキュラムでは、生徒は自分自身の学習に大きな責任を負う
・生徒が内容を学ぶプロセスは、職場の現実と指導目標を反映したものである
・従って、その過程では、今日の学校を指導するために必要なスキル、すなわち、協働、協力的な問題解決、変革の実行を促進するスキルを実践し、磨く機会が学生に繰り返し与えられる
・伝統的な教育管理プログラムとは異なり、PBLにおける授業の基本単位はプロジェクトである
・各プロジェクトには、インパクトの強い問題、学習目標、問題のさまざまな側面を照らし出す読み物が組み込まれている
・問題は通常、厄介で、定義が不明確で、生徒が校長として直面する問題の代表的なものである
・学生はプロジェクト・チームに配属され、問題を設定し、読書や教材から得た知識をどのように活用するかを決定する
 
⑤評価
・生徒の評価は、目標、内容、指導プロセスと同様に、職場の現実を反映する
・各PBLプロジェクトの一環として、生徒には、職場で問題を解決しながら行うことに近いタスクを実行し、製品を作成することが求められる
・プロジェクト中の生徒のパフォーマンスとその成果物は、形成的評価の基礎となる
・それに応じて、自分のパフォーマンスについて、仲間や講師、実務家からフィードバックを受ける
・生徒へのフィードバックでは、誰もが生徒が特にうまくいった点を強調し、生徒が自分のパフォーマンスに関して熟考すべき問題を提起する
・PBLプロジェクトの性質上、生徒は先に述べた8つの目標のいずれかに関連したパフォーマンスについてフィードバックを受けることができる
・生徒が学んだことを定着させ、新しく得た知識を将来の役割に生かすことを考えるように促す方法として、各生徒は各プロジェクト終了時に振り返りの作文を作成する

これら5つの課題に同時に取り組むことで、学生が新しく習得した知識やスキルを職場の状況に移行できる可能性を高めることができる、と述べられています。

続いて、PBLとケースメソッドとの違いについて。
PBLをよく知らない先生方と議論していると、ケースメソッドとどう違うのかという質問をよく受けるそうで、以下のTABLE1で違いが整理されています。
table1


続いて第2章です。
第2章は、「PBL教材の開発」と題して、教材開発のためのテンプレートや使用の際のプロセスについて説明、図解されています。また、教材の準備にかかる時間を短縮する方法について述べられています。

まず、PBLカリキラムを作成する際、指導者が費やす時間や労力を決定するのは、次の3つの主要な選択であると述べられています。
1. 誰がプロジェクトを開発するのか? (教員か学生か)
2. ゼロから始めるべきか、それとも既存の教材に合わせるべきか? (テンプレ教材使用で効率化)
3. どのバージョンのPBLを使うべきか?(問題刺激型か学生中心型か)

2については、テンプレを使用することで、プロジェクトを作成する労力がかなり削減できるのは理解できると思います。1と3については、教員中心か学生中心かがポイントとなります。プロジェクトの準備や関わる内容を教員から学生に移せば移すほど、学生はより高いレベルの学びを教授できますが、学生のレベルなどに応じて適切な設計をしていく必要があります。この件について、プロジェクトには問題刺激型と学生中心型の2つの形態があると述べられています(Waterman, Akmajian, and Kearny 1991)。
問題刺激型プロジェクトでは、教員が学習目標、リソース、指導的な質問を特定する主な責任を負い、学生中心のプロジェクトでは、学生がこれら3つの構成要素の主な責任を負うとされます。
学生中心プロジェクトの場合、教員ではなく学生が上記の3つを実施するため、教員にとっては、時間や労力の削減になりますが、教員が望ましいと考える内容を学生がカバーできなくなる可能性がある点には注意が必要です。
各プロジェクトの構成要素がTABLE2にまとめられています。
table2

続いて、PBLプロジェクト開発のガイドラインについてです。
テンプレート
問題刺激型プロジェクトには、導入、問題、学習目標、リソース、製品仕様、ガイドとなる質問、評価演習、時間制約の8つの主要な構成要素があります。

①導入
・学生にプロジェクトの焦点となる問題を紹介し、その問題をカリキュラムに含める根拠を提供
・プロジェクトが管理者の業務にどのように、なぜ関連しているのかを述べ、問題と学習目標を職場の現実に結びつける

②問題
・各プロジェクトは、管理者が将来直面する可能性のある、影響の大きい問題を中心に構成される
・問題は、以下のような形態をとる:
 ・沼地(The swamp)(多数の下位問題を含む複雑な混乱)。
 ・ジレンマ(管理者は何が間違っているかわかっているが、重要な個人的目的および/または組織的目的の犠牲やトレードオフを伴う選択肢の中から選ばなければならない)
 ・日常的な問題(ほとんどの管理者が毎年遭遇するタイプの問題)
 ・実施問題(新しい方針やプログラムを実施し、成功させる方法を考えなければならない) 

③学習目標
・プロジェクト期間中に学生がどのような知識やスキルを習得することが期待されているかを示す
・これらの目標は、知識の習得だけでなく、高次の思考スキル(例えば、評価や応用)を重視する

④リソース
・各プロジェクトにおいて、学生は、書籍、論文、映画、コンサルタントなど、1つまたは複数のリソースを入手する
・資料の具体的な性質は、学習目標、プロジェクトの焦点となる問題、最終成果物や業績により異なる
・学生はプロジェクトに専門的な知識や技能を持ち込むことが多いため、自分のプロジェクト・チームに存在するリソースを把握し、これらのリソースを活用するよう奨励すべき

⑤製品仕様
・各プロジェクトは、パフォーマンス(口頭発表など)、成果物(メモなど)、またはその両方で集大成を迎える
・これらの集大成となる経験は、焦点となる問題とともに、学生がプロジェクト中に何を学ぶかに大きな影響を及ぼす
・プロジェクト設計者は、かなり注意して製品やパフォーマンスを選択することが不可欠
・成果物(メモ、プレゼンテーション、会議、アドバイザリー・グループ、授業観察報告書など)を変えることで、多くのPBLプロジェクトに参加した結果として生じる学びを高めることができる
・これらの製品は、チームの努力の焦点となり、学習の動機づけとなり、リーダーとチームメンバーが努力の効果を判断する手段となる
・実世界の製品はあいまいなことが多いので、製品の仕様にも同じようなレベルの不正確さが反映される
・将来の管理者は、タスクが不明確なときに効果的に機能する方法と、そのような不確実性にしばしば伴う心理的不快感に対処する方法を学ぶ必要がある

⑥ガイドとなる質問
・各プロジェクトには、いくつかの指導的な質問を用意する
・これらの質問にはいくつかの目的がある
 (1)学生を重要な概念に導く
 (2)学生が問題を通して考えるのを助ける
 (3)学生に別の視点から問題を見るよう促す
・これらの質問をどのように使うかは、すべて学生の自由である

⑦評価演習
・PBLにおける評価は学習に役立ち、それによって個人の成長とパフォーマンスの向上を促す
・この哲学に沿って、評価は相互に関連するいくつかの目的を達成するために使用される
 - プロジェクトを修正し、学生にとってより生産的で有意義な学習体験にする
 - 学習の定着、移行、応用を促進する
 - 内省と反省を促す
 - 知識と技能の適切な活用を培う
・これら4つの目的は、さまざまな方法で達成される
・プロジェクトを通して、学生はプロセス・スキル(会議の進行、議題の設定、対立への対処など)や、問題に関連する知識の活用についてフィードバックを受ける
・各プロジェクトの終了時には、最終成果物やパフォーマンスについて、様々な情報源からフィードバックを受ける
・各プロジェクトには、学生の経験に対する反応を引き出し、何を学んだか、将来これらの洞察をどのように生かすことができるかについて考えるよう促す評価課題が含まれている

⑧時間の制約
・プロジェクトは、学習目標と製品目標が達成された時点で終了する
・問題解決型学習プロジェクトでは、時間は常に敵である
・チームメンバーは、良心的なマネジャーなら誰しもが直面するジレンマ、すなわち、厳しい時間的制約の中で、いかにして極めて高いレベルのパフォーマンスを達成するかというジレンマと常に格闘していることに気づく
・このジレンマに対処するには、参加者は難しい選択を迫られ、優先順位を決めなければならない(家庭と仕事、アウトプットの量と質、学習目的と製品目的など)
・さらに、このジレンマは、効率的に仕事をし、時間を節約する手段を採用する必要性を強調する

ここまで。
「教員がプロジェクトのどこまで関与するのか?」ということは以前から気になっていた点ですが、それも問題刺激型と学生中心型という2つのタイプで整理されていて非常に参考になりました。
加えて、PBLの構成要素については他の論文でも色々なものが提唱されていますが、本書で紹介されている問題刺激型PBLの8つの構成要素についても気づきをいただきました。時間的制約については、他ではあまり触れられていない要素だと思います。

第3章以降についてもまたまとめていきます。

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