生徒エージェンシーを測定する尺度の作成し、コンピテンシーや知識獲得量との関連について調査した論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:7件 (2024年8月13日時点))
扇原貴志, 柄本健太郎, & 押尾恵吾. (2020). 中学生における生徒エージェンシーの関連要因および中学生が重視するウェルビーイングの分野. 東京学芸大学紀要・総合教育科学系, 71, 669-681.


2019年にOECDにより定義が示された生徒エージェンシー(Student Agency)。新しい概念であり、測定方法がないことから、本研究ではその尺度を作成することに挑戦しています。
英語で探しまくったけれども全然見つからなかった生徒エージェンシーの尺度。日本語で作られていたなんて。
尺度については、高い信頼性係数が得られ、内的整合性も高いとのことでしたが、3項目だけで構成されているのが若干気になりました。エージェンシーの概念はもっと広く様々な要素を含んでいるようにも思うので、果たして網羅できているのだろうかと。この点については自分でももう少し調べてみたいと思います。
とは言え、尺度開発だけでなく、メタ認知力、協働する力、より良い社会への意識、知識獲得量の自己評価が生徒えージェンシーに与える影響を分析している点などは非常に参考になりました。


【目的】
①生徒エージェンシーの程度とコンピテンシーおよび知識獲得量の自己評価との関連を検討し、コンピテンシーおよび知識獲得量の自己評価が生徒エージェンシーの程度に及ぼす影響について検討すること
②中学生が社会をより良く生きる上で大事だと考えるウェルビーイングの分野を明らかにすること

【方法】
北信越地方の国立大学附属中学校の生徒347名(1年生118名、2年生112名、3年生117名)を対象とした質問紙調査

【質問紙の構成】
・エージェンシー尺度:OECDの定義を基に、生徒エージェンシーを測定するための項目を作成。学習の「目標設定」、「ふり返り」、「責任感・自己決定」の3つの視点から1 項目ずつ合計3項目を作成
・コンピテンシー尺度:関口(2018)が作成した生徒のコンピテンシー(資質・能力)を測定する尺度のうち、「メタ認知力」(2項目)、「協働する力」(3項目)、「より良い社会への意識」(2項目)の3つの下位尺度を使用
・知識獲得量の自己評価:生徒が当該学期の学習状況をふり返り、どの程度、知識を獲得したと思うかについて1項目で尋ねた
・ウェルビーング:OECDが提唱したウェルビーングの指標(Better Life Index)11分野をそれぞれ提示


table1

【結果】
下位尺度の平均値、標準偏差、信頼性計数(Cronbachのα係数)を算出。学年ごとにも平均値を算出し、学年差を検討するため、1要因分散分析を実施(表2)
α係数は.72以上であり、十分なない適性合成が示された
table2

・下位尺度・項目間の相関係数
各下位尺度・項目間の関連を検討するため、相関係数を算出(表3)
生徒エージェンシーとコンピテンシー及び知識獲得量の自己評価の間には正の相関が見られ、学年によって相関の強さには差があることが示された。
table3

・重回帰分析
コンピテンシーと知識獲得量が生徒エージェンシーに及ぼす影響について検討するため、「メタ認知力」「協働する力」「より良い社会への意識」、「知識獲得量の自己評価」を説明変数、生徒エージェンシーを目的変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)を実施。(図1〜4)
すべての説明変数が生徒エージェンシーに対して正の影響を与えていた。
その中でもメタ認知力の標準偏回帰係数の値が最も高かった。
いずれの学年においても知識獲得量の自己評価から生徒エージェンシーへの影響は見られなかった。
fig1-4

・生徒が大事だと思うウェルビーングの選択数
生徒は、11の各分野の選択数と選択率を算出(表5)
幸福感、収入、健康が大事なものとして多く選択された。
市民参加の選択数は非常に少なかった。
table5

・生徒が大事だと思うウェルビーイングの対応関係
生徒が社会をより良く生きる上で大事だと思うウェルビーングの反応パターンの対応関係について検討するため、回答をウェルビーングの11分野のそれぞれにおいて「選択あり」「選択なし」の2値にコード化し、コレスポンデンス分析を実施(表6)
tabel6
カテゴリースコア(重み)を図にプロット(図5)
fig5

【考察】
(生徒エージェンシー尺度について)
3項目で測定した生徒エージェンシー尺度の信頼性係数は高い値が得られ、内的整合性は高かった。
再検査法等の方法を用いて尺度の信頼性について詳しく検討していく必要がある。
類似概念を測定し、関連を検討する併存的妥当性の確認は行わなかった。
今後、学習の自立性や学習の動機づけなどとの関連を検討することで明らかにしくことができる。

(生徒エージェンシーの関連要因について)
生徒エージェンシーとコンピテンシーおよび知識獲得量の自己評価の間には中〜強の正の相関
重回帰分析の結果、すべてのコンピテンシーおよび知識獲得量から生徒エージェンシーに正の影響
→生徒エージェンシーとコンピテンシーの間には関連が見られるとするOECDの主張は支持された

(社会をより良く生きる上で大事だと思うウェルビーングとその対応関係について)
市民参加の選択数が少ない:より良い社会の実現よりも、まず、具体的に想像しやすい経済的・社会的自立や個人としてのより良い暮らしを実現することの方に主眼が向いている可能性
生徒が大事だと考えるウェルビーングの分野は3パターンに分かれる可能性が示唆された
「生活を営む上で必要」「安全で健康に生活する上で必要」「社会とのつながり」



【メモ】
Education2030の中間報告というべきポジション・ ペーパー(日本語版)では、日本の教育基本法第2条 第3項にある「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」という条文を生徒エージェンシーの考え方に合致するものである

関口(2019)は、コンピテンシーの構成要素を明らかにすることを目的に、教科教育を専門とする大学教員に各教科等で育成可能なコンピテンシーについて自由記述による調査を行い、得られた回答を汎用的スキルと態度・価値の2側面について、それぞれ以下のようにカテゴリー分類
・汎用的スキルの7つの下位概念:①批判的思考力、②問題解決力、③協働する力、④伝える力、⑤先を見通す力、⑥感性・表現・創造の力、⑦メタ認知力
・態度・価値の8つの下位概念:①愛する心、②他者に対する受容・共感・敬意、③協力しあう心、④好奇心・探究心、⑤困難を乗り越える力、⑥向上心、⑦正しくあろうとする心、⑧より良い社会への意識