暗黙の発言理論(Implicit voice theories)についての論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:1,225件 (2024年10月22日時点))
Detert, J. R., & Edmondson, A. C. (2011). Implicit voice theories: Taken-for-granted rules of self-censorship at work. Academy of management journal, 54(3), 461-488.

昨日、学術的貢献について学ぶ勉強会でこちらの論文担当になったのでこちらでも短縮版として記録しておきます。
暗黙の発言理論とは、「人々が職場や組織で意見や提案をする際に、潜在的なリスクや可能性を無意識に評価し、それに基づいて「声を上げるか否か」を決定する心理的なメカニズム」のこと。
心理的安全性の提唱者であるエイミー・エドモンドソンもこちらの論文の著者のひとりです。
組織のパフォーマンス向上には従業員が健全に意見を言い合えることが重要で、そのためには組織の心理的安全性が重要であることはこれまでの研究で有名になっていますね。
本論文は、リーダーの行動や組織文化、組織の心理的安全性といった「外側」ではなく、従業員個々の内面「内側」に焦点を当て、「人々がなぜ発言しないのか」という点について掘り下げて研究されています。

論文の構成は、「暗黙の発言理論の紹介」後、帰納的分析から演繹的分析へと進む4つの研究を提示し、以下の3つの一般的なリサーチクエスチョンに対して考察されています。
RQ①:上層部への意見具申が危険または不適切である理由について、共通した暗黙の理論があるか?
RQ②:暗黙の発言理論は、効率的かつ正当に測定できるか?
RQ③:暗黙の発言理論は、職場での沈黙に関連する他の理論に関連する個人差や組織の影響を制御した上で、職場での沈黙に関連するのか?

これら3つのRQに対して、以下の4つの研究が行われました。
研究4本を1つの論文にまとめているので29ページと長文なのですが、さくっとポイントだけまとめます。

研究1:1つの大企業で様々な部署・役職の従業員に探索的インタビューを行い、声を上げない理由を調査
→分析の結果、以下の5つの声を上げない主な理由が導き出されました。
①マネージャーが現状維持を当然視する信念から、声を上げることは危険であると考える
②発言する前に確固としたデータ、練り上げられたアイデア、または完全なソリューションを用意しておく必要があると認識している
③上司のその上の立場の人の前で、質問、反論、暴露するような発言(たとえ不注意によるものであっても)は、不誠実で容認できないものと見なされる
④上司は、事前の通知や個人的な相談なしに、グループ内の他者の前で悪い知らせや批判を聞くことを嫌う
⑤声をあげることによるキャリアへの悪影響につながるという懸念

研究2:研究1で特定された暗黙的理論について一般化可能性を検証(より広範な企業・職種・役職の人々185人にインタビューを実施
→研究1とほぼ同様の結果となり、一般化できることが示唆されました
※5つ以外の発言しない理由も出てきましたが、研究1の5つが最も多く観察されました
table1

研究3:研究1・2で特定した5つの暗黙の発言理論を尺度化
→尺度開発し、信頼性と妥当性が示されました

研究4:研究3の尺度について、他の個人的・文脈的な説明を統制しても職場での沈黙を予測できるかを調査
→様々な変数を統制しても、暗黙の発言理論尺度は有効であることが示唆されました
table3

組織で多くの人々の発言を促すには心理的安全性が重要だという認識はもはや全世界共通となりつつあると思いますが、個人の内的な信念に焦点を当てた本論文によって、その解像度がよりクリアになったと感じます。
インタビューから明らかになった5つの暗黙の発言理論、すなわち
①マネージャーが現状維持を当然視する信念から、声を上げることは危険であると考える
②発言する前に確固としたデータ、練り上げられたアイデア、または完全なソリューションを用意しておく必要があると認識している
③上司のその上の立場の人の前で、質問、反論、暴露するような発言(たとえ不注意によるものであっても)は、不誠実で容認できないものと見なされる
④上司は、事前の通知や個人的な相談なしに、グループ内の他者の前で悪い知らせや批判を聞くことを嫌う
⑤声をあげることによるキャリアへの悪影響につながるという懸念
ということが、人々が組織で声を発さない主な理由として観察されました。
また、尺度も開発されているので、従業員がどの程度これらの信念を持っているのかも測定することができるようになりました。
「暗黙のリーダーシップ論」について以前軽く勉強したことがありますが、やはり片方だけの視点ではダメですね。つまり、「リーダーはこうするべき」というリーダー視点だけでは効果的な組織運営は難しく、フォロワーが「リーダーに対してどのような信念を抱いているか」も重要だということです。
「シェアドリーダーシップが良い」「サーバントリーダーシップが良い」とリーダー自身が考え、そのように行動したとしても、部下(フォロワー)が「引っ張ってくれるリーダーが良い、自分はついていきたい」という信念を持っていては、双方の思いがマッチせず、うまく機能しないことが予想されます。発言にしてもこれは同様で、フォロワーがどのような信念を持っているのかを認識しないと、組織内で活発な発言を引き出すことは難しいということなのでしょう。

最後に、この論文は学術的貢献を学ぶ勉強会で選定されたものでした。
学術的言説を変えるにはいくつかのパターンがあるのですが、こちらは「新しい切り口を提供」するひとつのモデル論文でした。
沈黙行動に対する既存の研究はリーダーシップスタイルや組織文化などの「外的要因」に焦点を当ててきたのに対し、個人の心理的信念という「内的要因」に着目したというのが正に新しい切り口。
研究の新規性を探る上で、新しい視点で眺めてみることの大切さもこの論文から学ばせていただきました。
他には、以下のようなパターンがあるそうで、こちらも併せて頭に入れておきたいです。
・会話を深める:既存の構成概念を詳しく説明したり、ニュアンスを変える
・会話を明確にする:既存の構成を整理し、明確にする
・会話を問う:既存の概念に疑問を投げかける
・新たな方向性を打ち出す:新しいコンストラクトを導入する

勉強会を開催、参加してくださった皆様に感謝です!

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