社会情動的スキルとエンプロイアビリティスキルの重なる部分を特定し、成人教育に対する可能性について言及した論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:12件 (2024年12月1日時点))
Wisniewski, R., & Foster, L. R. (2021). Addressing the Social-Emotional Needs of Adult Learners to Ensure Workplace Success: Combined Practices That Integrate Social Emotional Learning and Employability Skills. American Association for Adult and Continuing Education.

本論文では、SELとエンプロイアビリティスキルの交差点に焦点を当て、成人の職場で働く準備と職場における成功のために、これらをどのように統合できるかが説明されています。
内容としては、SELとエンプロイアビリティ・スキルの概念の研究基盤を説明した後、SELとエンプロイアビリティ・スキルの重複領域に取り組むための統合的な枠組みを提示し、成人教育の学習への示唆が論じられています。

まず、社会情動的スキルについてのまとめです。社会情動的スキルについては様々なまとめがありますが、CASELの情報を中心にまとめられています。
【the Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning(CASEL)】
・1994、1995年のニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー『Emotional Intelligence』で知られる情動知性の研究者ダニエル・ゴールドマンがCASELを共同設立
・CASELの使命は、学校における若者の育成ニーズに応えるため、情動学習と社会学習を統合し、その根拠となる基盤を構築すること
・SELとは「すべての若者および大人が、健全なアイデンティティを育み、感情を管理し、個人的および集団的な目標を達成し、他者への共感を示し、支援的な人間関係を築き、維持し、責任感のある思いやりのある意思決定を行うために必要な知識、スキル、態度を習得し、応用するプロセス」である
・SELは、自己管理、自己認識、社会認識、人間関係スキル、責任ある意思決定という5つの能力に重点を置く
・その後20年間、CASELと協力者はSELの研究を進め、2015年にギルフォード・プレス社から出版された『Handbook of Social Emotional Learning Research and Practice』(Durlak et al., 2015)でその成果を結実(これはまた読む)
・K-12の環境におけるSELの効果に関する研究は、成人教育や雇用状況にも適用できる
・SELに関する複数の研究レビューやメタ分析では、生徒の達成スコアの向上や、社会的スキル、態度、行動、全体的な幸福度の改善といった分野での成果が示されている(Durlak et al., 2011; Taylor et al., 2017)
・SELスキルを雇用に適用すると、問題解決や自己制御(「批判的思考の素質」、Arslan & Demitras, 2016)や、雇用スキル、情報開発、能力(「生涯学習」、Akcaalan, 2016)と関連付けられる
・仕事上では、SELは雇用されている教師の仕事に対する満足感の向上やストレスの減少と関連付けられている(Collie et al., 2015)。

続いて、エンプロイアビリティスキルについて。
【エンプロイアビリティスキル】
・エンプロイアビリティスキルは、大学およびキャリアへの準備の重要な要素として連邦法で認められている
・労働力革新・機会法(2014):労働力準備活動の定義にエンプロイアビリティスキルが挙げられている
・21世紀のキャリア・技術教育強化法(2018):その目的においてエンプロイアビリティスキルが参照されており、生徒の学術的、技術的、およびエンプロイアビリティスキルを育成する上でキャリア・技術教育プログラムが果たす役割について説明
・カナダの最大手企業25社を対象とした初期のスキル需要調査(McLaughlin, 1995)】
 (a)コミュニケーション、批判的思考、生涯学習
 (b)積極的な態度と行動、責任感、適応力
 (c)チームワークである
・エンプロイアビリティのスキルセット(米国教育省のキャリア・技術・成人教育局, 2012)
table1

そして、本論文のメインディッシュ、SELとエンプロイアビリティスキルの統合についてです。
【SELとエンプロイアビリティスキルとの統合】
・CASELの5つのSELの主要スキルと、エンプロイアビリティスキルフレームワークで特定されたスキルとの間には明白なつながりがあり、筆者らはそれをFigure1にまとめています(左:社会情動的スキル、右:エンプロイアビリティ)
・中央の列は、各社会性と情動の能力と関連するエンプロイアビリティスキルを結びつける重複する実践
Figure1
上から順番に見ていきます。

①自信につながる成長志向を示す(社情:自己認識、エ:個人の資質)
・Growth Mindset(Dweck, 2007)とは、課題に積極的に取り組み、挫折を経験してもあきらめず、努力を習得への道ととらえ、批判から学び、他者の成功から教訓やインスピレーションを得ることを指す
・このマインドを持つ成人学習者は、高校時代に分数の学習に苦労した経験があっても、仕事の課題をこなすために分数を使わなければならないという課題に自信を持って取り組むだろう

②率先して行動し、自己規律を持って管理する(社情:セルフマネジメント、エ:個人の資質)
・目標を達成するには、目標を設定し、それに向かって努力する自主性と、進捗状況を監視し、複数のタスクに粘り強く取り組む自己管理能力が必要

③個人とシステムの視点(社情:自己認識、エ:個人の資質、システム思考)
・他者の視点の理解は、特に自分自身の視点から離れることが難しい場合があり、困難を伴う場合があるが、その能力は、紛争の解決やコミュニケーションの改善に役立つ
・システムの視点とは、機関や組織の視点に立つことを意味し、成人学習者は、選択したキャリアパスに沿って、多くの組織、サービス、リソースと関わる可能性があり、そのシステムが提供する視点について理解する必要がある

④協力する、交渉する、対立する、コミュニケーションする(社情:関係構築、エ:個人の資質、コミュニケーションスキル)
・同僚、上司、顧客と上手くやっていくには、明確なコミュニケーションスキルと、生産的に対処し、解決する能力が必要・適切な社会的スキルや感情的スキルがなければ、個人ではそうしたことはできない

⑤問題の解決と責任ある意思決定
(社情:責任ある意思決定、エ:批判的思考力)
・目標について批判的に考える能力には、問題解決と意思決定が含まれる

最後に、様々なリソースについても紹介されています。

【成人教育の文脈におけるSELの実践のためのリソース】

CASELがSEL指導を支援するために開発したリソースは成人教育の文脈にも応用できます。これもめちゃくちゃ参考になりました。

1. 地区リソースセンター(https://drc.casel.org)
 ・学校システム向けの厳選されたリソースを提供しており、成人教育者にも活用可能
 ・SELの体系的な実施を支援するための14の主要な活動を含むフレームワークを提供
 
①明確なビジョンと目標を設定する:学区全体のSEL実施に向けた明確なビジョンと長期的な目標を定義する

 ②リーダーシップチームを構築する:SELを推進するための責任者や専門家からなるリーダーシップチームを設置
 ③SELの優先順位を明確化する:SELを教育政策や学区の優先事項に統合し、教育目標と整合させる
 ④教育者を対象としたSELトレーニング:教員やスタッフに対し、SELの理論や実践方法を学ぶためのトレーニングを提供する
 ⑤学区全体のSEL基準を設定する:生徒が習得すべきSELスキルに関する明確な基準を作成する
 ⑥SELカリキュラムを開発・採用する:SELを含む教材やプログラムを開発、または既存のものを採用する
 ⑦データ駆動型アプローチの活用:SELの進捗や成果を評価するためにデータ収集と分析を行う
 ⑧学校と家庭・地域の連携:保護者や地域社会と協力し、SELの価値と実践を共有する
 ⑨安全で支援的な学習環境を作る:生徒が安心して学び、成長できる環境づくりを促進する
 ⑩社会的正義と文化的敏感性を考慮する:学区や学校のSEL実践が多様性と公平性を尊重することを確認する
 ⑪継続的な改善プロセスを構築する:SEL実施プロセスを定期的に見直し、改善を行う
 ⑫コミュニケーション戦略を設計する:学区内外でSELの取り組みを効果的に伝えるためのコミュニケーション戦略を設計
 ⑬SELの推進を支援するリソースを確保する:SELを実施するために必要な予算、人材、時間などのリソースを確保
 ⑭教育者の社会情動的スキルを高める:教員やスタッフ自身の社会情動的スキルを向上させるための支援を提供

2. K-12の教師向けの評価ガイド(https://measuringsel.casel.org):SELの評価方法を理解し、使用するためのリソース

3. CASEL CARES Initiative(https://casel.org/weekly-webinars/):毎週開催されるウェビナーシリーズ


【エンプロイアビリティスキルフレームワークをサポートするリソース】

・米国教育省はエンプロイアビリティスキルの指導と評価をサポートする新たなリソースLINCS(https://lincs.ed.gov/state-resources/federal-initiatives/employability-skills-framework)に公開収

・指導プログラムをエンプロイアビリティスキルフレームワークに整合させるためのツール、エンプロイアビリティスキルを測定するための評価の選択、就職面接でエンプロイアビリティスキルをアピールするための学習者の準備など、エンプロイアビリティスキル指導と評価をサポートする新しいリソースが含まれている


ここまで。
社会情動的スキルとエンプロイアビリティを紐づけて整理している点は、自分も探していた情報だったため非常に参考になりました。
この整理を参考にすることで、社会で求められるスキルを意識しつつ社会情動的スキルの育成するための授業を設計できそうです。特に大学教育に良さそう。
参考となる様々なWebsiteも紹介してくれていたので、また読み込んで活用していきたいと思います。

【メモ】
・17カ国43の研究を対象としたグローバルかつ体系的な研究レビューから、4つのスキルカテゴリー(対人およびコミュニケーションスキル、関係管理能力、認知および問題解決スキル、生産的な自己管理能力)でまとめられている(Sarfraz  et al., 2018)
・1991年に、米国労働省が「必要なスキル習得に関する長官委員会(SCANS)」を招集し、個人がより雇用に適応し、雇用主の有資格労働者に対する高まるニーズに応えるための一連の就業準備スキルを特定
・多数の雇用主を対象とした調査では、労働市場における雇用適性スキルに対するニーズが記録されており、雇用主は学術的または技術的な知識よりも、これらの一般的なスキルを優先することが多いことが示唆されている(Bauer-Wolf, 2019; Casner-Lotto & Barrington, 2006)

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