大学生版自己調整学習方略尺度を開発し、その尺度を用いて自己調整学習と自己効力感の因果関係について考察した論文のレビューです。

論文はこちら(被引用数:1件 (2025年1月5日時点)) 
畑野快, & 斎藤有吾. (2021). 自己効力感と自己調整学習方略の因果の方向性の検討 : 大学生版自己調整学習方略尺度の開発を通して. 大学教育学会誌, 43(2), 31-39.

学習方略の中でも大学生の主体的に学ぶ力と関連すると予測される自己調整学習方略(Self-Regulated Learning Strategy:SRLS)。このSRLSを大学生がいかに獲得できるかという示唆を得ることを目的に以下の2つの研究についてまとめた論文です。
・研究①:大学生版自己調整学習方略尺度の開発(認知、動機づけに加え、行動、感情を含めて)
・研究②:開発した尺度を用いて自己効力感とSRLSの因果の方向性を実証的に検討

まず、研究①の尺度開発論文のメモから。
【SRLSを測定する尺度】
・課題に取り組んでいる際の状況を俯瞰し、その考え方・認知の調整に焦点(批判的思考・メタ認知; Pintrich et al., 1991)
・学習に対する動機づけの調整に焦点(梅本・田中, 2012)
→認知や動機づけの他にも感情の調整も含まれる(Pintrich, 2004)
→本研究では、感情の調整も含めてSRLSを測定するための尺度を開発する

【自己効力感とSRLSの関連(先行研究のまとめより)】
自己効力感は、
①他の学習方略よりもSRLSと強く関連
②後のSRLSを予測
③実践的に介入可能な要因

【SRLSの整理(認知・動機づけ・行動・感情・環境の5側面)】(Pintrich, 2004)
・認知:学習過程において自らの目標を達成するために、学習の進捗状況や理解の程度を意識し、調整し、変化させようとする方略
・動機づけ:退屈あるいは達成困難な課題を完遂するために自らの動機づけを調整し、変化させようとする方略
・行動:学習に関する自分自身んお外在的行動を計画することで意図的に調整し、変化させようとする方略
・感情:恐怖や不安といったネガティブな感情に対処するための様々なコーピングストラテジーを使うことで感情や情動を調整しようとする方略
・環境:目標を達成するために大学で学習するための場所を確保することや授業におけるグループワークに対する関わり方を調整し、変化させようとする方略
※環境は、大学の設備や授業形態によって、用いられる機会が限定される特殊な方略であることから、本論文では、認知・動機づけ・行動・感情の4側面で尺度を作成
※SRLSの定義に沿ってPintrich et al.(1991)の下位次元を整理し、不足している下位次元については先行研究を参考に項目を開発

【尺度開発】
・認知:MSLQ(Pintrich et al., 1991)の下位尺度のうちメタ認知と批判的思考力を参考
 ・学習方略使用尺度(佐藤・新井, 1998)における作業方略を使用(11項目)
・動機づけ:MSLQには動機づけはなく努力調整がある。本論文では同義であると解釈
 ※努力調整は内的一貫性がやや低いため、著者が新たに項目を作成(8項目)
・行動:MSLQには「時間と学習環境」の下位尺度があり、学習環境を除き、時間パスポ何里に対して焦点を当てた8項目を作成(8項目)
・感情:Warr & Downing(2000)の学習方略尺度における情動方略の定義及び測定尺度(5項目)と対応

・上記の32項目について探索的因子分析(最尤法、Promax回転)を行った結果、4因子構造を確認
・「①因子負荷量が.40以上」「②複数の因子にまたがって.40以上の負荷を持たない」という2つの基準に合致しない項目を削除し、合計23項目に整理
↓「大学生版自己調整学習方略尺度(SRLS尺度)とした(表1)
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・信頼性について、尺度の内的整合性を表すクロンバックのα係数を下位尺度ごとに算出し、結果は十分な値を示した
・SRLS尺度の妥当性を基準関連妥当性の側面から検討するため以下の尺度との相関係数を算出
 ・認知的方略(作業方略):学習方略使用尺度(佐藤・新井, 1998)
 ・情動焦点型コーピング:情動焦点型コーピング尺度(尾関, 1993)
 ・主体的な学修態度:主体的な学修態度尺度(畑野・溝上, 2013)
(結果)
 ・「認知調整方略」「努力調整方略」「行動調整方略」は全ての変数と有意な正の相関
 ・「感情調整方略」は情動焦点型コーピングのみと有意な正の相関
・SRLS尺度は、SRLSの認知・動機づけ・行動・感情の4つの下位次元が因子構造として見出されつつも、SRLSとして相互に関連していることを示した


続いて、研究②開発した尺度を用いて自己効力感とSRLSの因果の方向性を実証的に検討
二時点の縦断データを用いた交差遅延効果モデルによって因果の方向性を検討
・対象:京都の私立大学の1年生124名
・時期:2011年11月上旬(T1)、2012年1月下旬(T2)の二時点で回答
・尺度:研究①のSRLS尺度と英語に対する自己効力感尺度(森, 2004)

交差遅延効果モデルによる自己効力感とSRLSの因果の方向性の検討
・T1の自己効力感→T2のSRLSに対して有意な正のパス係数が示されるなら、自己効力感が高いほど、SRLSが高まる因果の方向性が示唆される
・T1のSRLS→T2の自己効力感に対して有意な正のパス係数が示されるなら、SRLSが高いほど、自己効力感が高まるという因果の方向性が示唆される
・もし両方のパスが有意であるなら双方向の関連性が示唆される

結果(図1)
・T1のSRLS尺度の各下位次元はそれぞれT1の自己効力感と中程度の有意な正の相関
・T2のSRLS尺度の各下位次元はそれぞれT2の自己効力感と中程度の有意な正の相関
・T1のSRLS尺度の各下位次元と自己効力感は、T2におけるSRLS尺度の各下位次元と自己効力感と有意な正の相関
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T1の自己効力感の高さはT2のSRLSの高さを予測し、その逆は見出せず、単方向的な関連性が示唆された

ここまで。
大学生向けの自己調整学習方略の尺度を開発してくれたとても有難い論文でした。
また、自己効力感が認知調整・努力調整・行動調整・感情調整方略に先行する可能性を示したということも重要な気づきでした。つまり、大学生の自己調整学習方略を高めようとするならば、まずは自己効力感を高めることから始めた方が良いという可能性を示しているからです。
自己効力感を高める方法として、バンデューラが4つの要因(達成経験、代理体験、言語的説得、生理的情緒的喚起)を挙げているので、この辺りも参考にしつつ授業にも取り入れていきたいです。


以下、メモ

【学習方略】
・学習方略とは学習の効果を高めることを目指して意図的に行う心理操作あるいは活動を指す(辰野, 1997)

【学習方略は3つに大別される】(瀬尾・植阪・市川, 2008)
・認知的方略:学んだ内容を身につけるための工夫に関わる方略
・リソース管理方略:学びに関わる仲間や教師、環境を活用する際に用いる方略
・メタ認知方略:学習状況を確認したり、意欲を調整したりするメタ認知に関わる方略
これら3つの方略の中でメタ認知的方略、さらにその中でも認知・動機づけ・感情と行動を調整する自己調整学習方略(SRLS)が、大学生が主体的に学力との関連で特に重要と考えられる(畑野・斎藤, 2021) なぜなら、大学生は、教員や親によって学びの程度や態度が管理されなくなるから。

「自己効力感とは、結果に対して学習者が行為可能と考える期待認知である(Bandura, 1997)」
「学習者は、自己効力感が動機づけとなり、知識や技術の獲得を目指してSRLSを適用し、成果を得ることで再び自己効力感が高まるとされる(Zimmerman, 2008)」
「大学生を対象とした縦断研究では、自己効力感の高さが、半年後のメタ認知方略の高さを予測し、その2週間後の数学の成績の高さと関連する結果を報告」(Roick & Ringeisen, 2018)
「中学生を対象とした研究では、二時点の縦断調査に基づき、自己効力感とメタ認知的方略の因果の方向性を検討した結果、自己効力感がメタ認知的方略に先行する要因であることを見出した」)Berger & karabenic, 2011)