論文はこちら(被引用数:1,025件 (2025年1月9日時点))
Greenberg, M. T., Domitrovich, C. E., Weissberg, R. P., & Durlak, J. A. (2017). Social and emotional learning as a public health approach to education. The future of children, 13-32.
論文の構成としては以下のような内容でまとめられています。
・社会情動的学習(Social and Emotional learing: SEL)の定義やメリット、必要性
・教育の公衆衛生的アプローチ
・SELの体系的な枠組み
・SELの実践に向けた提言
最も大きな学びは、SELの構成要素や効果などについてまとめられたこちらのFigure1。

まず、中心にCASELが提唱する社会情動的スキル(Social and Emotional Skills: SES)の5つのコアコンピテンシーが書かれています。
【CASEL(Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning)によるSESの5つのコアコンピテンシー】
・自己認識:自分の感情、価値観、個人的な目標を理解することを意味する。 これには、自分の長所と限界を正確に評価すること、根拠のある自己効力感と楽観性を備えること、努力によって学習できるという成長志向を持つことが含まれる。 自己認識能力が高いレベルにあるためには、自分の思考、感情、行動が互いにどのように関連しているかを認識する能力が必要
・自己管理:感情や行動を制御するスキルや態度が求められる。これには、欲求を先延ばしにする能力、ストレス管理、衝動の抑制、個人的な目標や教育目標を達成するための課題への忍耐などが含まれる
・社会的認識:異なる背景や文化を持つ人々の視点に立つ能力、他人に対して共感し思いやりを持って行動する能力が含まれる。また、行動に関する社会規範を理解し、家族、学校、地域社会のリソースを認識することも含まれる
・関係構築:子どもたちが健全で実りある人間関係を築き、維持し、社会規範に従って行動するために必要な手段を与える。これらのスキルの習得には、明確なコミュニケーション、積極的な傾聴、協調、不適切な社会的圧力への抵抗、建設的な対立の解決、必要に応じた助けを求めることが含まれる
・責任ある意思決定:どのような状況であっても、個人的な行動や社会的な交流について建設的な選択を行うための知識、スキル、態度が必要である。この分野における能力には、倫理基準、安全、危険な行動の規範を考慮する能力、さまざまな行動の結果を現実的に評価する能力、自分自身と他者の健康と幸福を考慮する能力が求められる
左側には、地域レベルでのSELのポイントについて、以下のようにまとめられ、
・SELに対するコミットメントと支援を育む
・SELのリソースとニーズを評価
・教室、学校全体、地域社会におけるSELプログラムを確立
・測定と継続的な改善のためのシステムを確立
右側には、SELによって促進される、短期および長期にわたる肯定的な学習効果が示されています。
・短期的:自己効力感と自信の向上、学校への愛着、献身、積極的な関与の向上、 より多くの共感と社会貢献的な行動、問題行動の減少、リスクテイクや精神的な苦痛の減少、テストの成績や成績の向上(Durlak et al., 2011; Farrington et al., 2012); Marcin Sklad et al., 2012)
・長期的:社会性と情動の能力が高まることで、大学進学への準備ができ、キャリアで成功し、家庭や職場での人間関係が良好で、精神衛生状態も良好になり、社会に積極的に関わる市民になる可能性が高くなる(Hawkins et al., 2008)
個人的に、社会情動的スキルが面白くかつ重要だなと思う点は、「時間軸を短期だけでなく長期的にも捉えている」ことと、「ポジティブの促進だけでなく、ネガティブを減少させる」という両方の要素を持っているということです。
・SELによって育成される思考、態度、スキルは、適応の主要な指標と関連しており、短期的にも長期的にも重要(Jones et la., 2015; Moffitt et al., 2011)
・肯定的な成果を促進するだけでなく、社会情動的スキルは、リスク要因への曝露の影響を緩和する(Domitrovich et al, 2017)
続いて、教育の公衆衛生的アプローチについて。
【治療介入】
・予防プログラムとは異なり、症状や診断可能な障害のレベルが高い子供を対象
①普遍的介入:個々のリスクの度合いに関係なく一般集団に対して実施される
②選択的介入:望ましくない結果の可能性を高めるリスク要因を持つ小集団を対象
③指示的介入:問題行動の初期兆候がすでに現れているが障害と診断される基準にはまだ達していない個人を対象
・各段階の介入には、それぞれ長所と限界がある
・包括的な公衆衛生モデルでは、普遍的介入、選択的介入、指示的介入のアプローチを慎重に組み合わせた一連の戦略を展開し、その後に治療を行う。このモデルが最終的に最も効果的で費用対効果が高い可能性が高い
②前向きな内容で、すべての子どもに提供されるため、スティグマ化(stigmatizing)を招くことはない
③情緒および行動の問題、早期の薬物使用、非行、学校での失敗など、共有または共通のリスク要因によって予測される複数の行動上の問題を軽減または予防できる
【学校を基盤とした3つの普遍的介入】
①学校の構造(方針や組織規則等)の改善
②教師の教授法と指導の質の向上
③特定のスキルを教えるSELカリキュラムを教室のすべての子どもたちに提供
・その効果が個人レベルを超えて、学校文化、家庭、仲間グループにまで広がる
・普遍的なSEL介入は、特定の子どもたちの健全なスキルを促進するだけでなく、集団全体の規範、スキル、態度を変えることによって、強力かつ持続的な効果をもたらし、その結果「持続可能な環境」を作り出す可能性がある
・例えば、普遍的な薬物防止プログラムが 防止プログラムは、思春期の若者たちの社会的ネットワークの構造を変えることができ、その結果、社会に貢献する若者、つまり薬物に肯定的な態度を取ったり問題行動を起こしたりする傾向の少ない若者が、より人気者となり、影響力を持つようになる。
・SELに対するこのような学校全体のアプローチはますます普及している
・その実現方法のひとつとして、複数の学年を対象に指導教材や実践を提供し、子どものSEL能力を向上させ、問題行動の発生を減らすエビデンスに基づくプログラムがある
・普遍的介入では一般的に家族も関与し、コミュニケーション、反応性、子どもの行動の管理と監視、子どもの学習支援などの子育てスキルを育成することを目指す
・生徒が貧困や不利な地域社会の中で暮らしていたり、トラウマを経験していたり、あるいは親がうつ病や薬物使用障害に苦しんでいる場合など
・こうした子どもたちに対しては、普遍的介入よりも選択的介入の方が、概念の精度、強度、焦点の絞り込みがより高いものとなる可能性がある
【指示的介入】
英文直訳ではちょっとニュアンスがわかりづらかったので、自分なりにまとめると、
【垂直統合】
・段階的な支援アプローチ
・全生徒対象の普遍的なプログラム(Universal Interventions)を基盤にし、必要に応じて特定の課題を抱える生徒に対して追加のターゲット支援(補助的・専門的サポート)を提供
【水平統合】
・学校全体や教育システム全体にわたって、さまざまなSELプログラムや実践、政策を統合的に組み込む
・クラス・学校・家庭・地域社会など、異なる環境でのSELの実施を連携させ、持続可能で包括的な枠組みを構築する
・懲戒政策や学校文化なども含め、SELを自然に促進する機会を作り出す
これを見て、なんだか小中高の探究学習のようだなと思いました。探究学習は「総合的な学習(探究)の時間」で実施することが多いですが、他の科目の中にも探究学習を組み込むこともできますし、探究学習を促進するような学校の方針や文化を作ることや、家庭や地域社会との連携も重要視されているからです。
続いて、教室・学校・レベル別の介入戦略についてです。
教室レベル
・SELに頻繁に用いられるアプローチの一つは、生徒の能力を向上させるために、教師が社会情動的スキルを明示的に教えるためのトレーニングを行う
・SELの指導は、英語、社会科、算数などの教科内容にも組み込むことができる(Bierman and Motamedi, 2013; Zins et al., 2004)
・教室にいるすべての生徒の社会情動的スキルの発達を促すために、教育者は社会情動的スキルを教え、手本を示し、生徒がそのスキルを練習し、磨く機会を与え、さまざまな状況でそのスキルを応用できるようにする
・例えば、生徒を精神的に支え、生徒が自分の声、自主性、達成感を経験できるようにすることは、生徒に教育プロセスへの関与意識を持たせ、生徒と教師の間に良好な関係を築き、生徒の学習への取り組みを促進する可能性がある
・協働や協調学習を取り入れた指導方法は、対人関係能力やコミュニケーション能力を促進することができる
・生徒の学業成績、行動、精神衛生にも良い影響を与える
・典型的な学校レベルのSEL戦略には、学校環境のこうした特性を育む方針、実践、構造が含まれる
・規律に対する修復的アプローチは、生徒のスキルを向上させるだけでなく、教師と生徒、生徒同士の関係にも良い影響を与える
・ピア・メンタリングやサービス・ラーニングなどの活動は、生徒同士の良好な関係とコミュニティ意識を育む
・学校のリーダーは組織構造を活用してSESを育成することもできる。例えば、定期的な朝の会合やアドバイザリー(少人数の社交グループで、教職員が生徒や教職員同士と個人的な関係を築くのに役立つ)は、コミュニティ意識を育むことができる
・SELに関連する質の高い教師の準備と現職研修には、SELの指導に不可欠な理論的知識や教授戦略、教師や管理職自身の個人的および社会的コンピテンシーの開発、同僚や管理職からの支援的なフィードバックなどの要素が含まれているべき
・生徒を対象としたSELの介入は、教師自身の有効性や能力に対する感覚にも二次的な利益をもたらす可能性があることを示す研究もある
・平等性、共通の目標、家庭や地域社会のパートナーにとって意義のある役割を特徴とする学校・家庭・地域社会のパートナーシップは、生徒のSESおよび学業成績の向上につながることが示されている
・学校関係者に対する研修と継続的な支援が極めて重要
・新しいプログラムを採用する前に、学校はそれを維持し、他のSEL介入と統合するための長期的な計画を立てる必要がある
・SELを成功させるには、それを支えるインフラとプロセスが必要。管理職は、ビジョン、政策、専門職学習コミュニティ、そして教室、学校全体、家庭、地域社会のプログラムを連携させるための支援を推進することで、個々の教師やスタッフの業務を強化することができる
最後に、結論として、SELを教育におけるより大きな公衆衛生の枠組みの中に位置づけるために不可欠な2つの要素について述べられています。
①教室の枠を超えて、学校全体や学区全体を巻き込み、家庭と連携し、地域プログラムと調整した包括的な普遍的なSELモデルを開発すること
②普遍的なSELモデルを他の段階のサービスと完全に統合し、学校にウェルビーングと学校の成功を促進し、精神疾患を予防するための共通の枠組みを与えること
「学校を基盤とした予防の科学と実践を発展させるには、研究者、教育者、政策立案者が協力して、地域社会の公衆衛生を大幅に改善できるエビデンスに基づく包括的なSELプログラムを設計する必要がある」
ここまで。
どちらかというとこれまではSESのポジティブな面に着目して文献調査してきたところですが、本論文を読んでSELは好ましくないネガティブな子ども達の言動を減少させることができることを改めて認識させられました。
ポジティブを伸ばし、ネガティブを抑制する、双方に効果のある点でSELは非常に面白く、重要な概念だなと思います。
また、具体的なSELの実施方法についても、垂直型と水平型あること、教室・学校・家庭・地域と様々なレベルがあることなども理解できました。これは日本の探究学習やPBLとも非常に通じるものを感じました。
「平等性、共通の目標、家庭や地域社会のパートナーにとって意義のある役割を特徴とする学校・家庭・地域社会のパートナーシップは、生徒のSESおよび学業成績の向上につながることが示されている」
「安全で、学問的にやりがいがあり、参加型で、情緒的に支えのある学校環境は、社会情動的スキルを促進する傾向がある」
「ピア・メンタリングやサービス・ラーニングなどの活動は、生徒同士の良好な関係とコミュニティ意識を育む」
大学でも、もっと家庭や地域社会との連携を強化し、やりがいを感じる参加型のサービス・ラーニングのような授業を展開し、学生の社会情動的スキルを育むことに加え、学生同士の関係構築やコミュニティ意識、大学への帰属意識などを育んでいきたいなと思いました。
以下、メモ
【SELが公衆衛生学的な教育アプローチを支援できる3つの理由】(Greenberg et al., 2017)
①学校は子どもへの介入を行うのに理想的な場所である
②学校を基盤とした SEL プログラムは、生徒の能力を向上させ、学業成績を向上させ、将来的に生徒が行動や情緒の問題を抱える可能性を低くすることができる
③すべての学校におけるエビデンスに基づくSEL介入(普遍的な介入)は、公衆衛生に多大な影響を与える可能性がある
これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。
コメント