PBLを通した大学生の問題解決スキルの転移について、その効果と原因を調査した論文をレビューします。
論文はこちら(被引用数:1件 (2025年1月13日時点))
小野和宏, 松下佳代, & 斎藤有吾. (2023). 専門教育で身につけた問題解決スキルの汎用性の検討—遠い転移に着目して—. 日本教育工学会論文誌, 47(1), 27-46.
内容を端的にまとめます。
【RQ】
①専門教育で身につけた問題解決スキルが、日常場面でどの程度適用できていると学生が考えているのか
②適用できていると考えている場合、専門教育の何がそれを可能にしたのかを推測する
【対象者】:X大学歯学部Y学科の学生
【対象授業】:3年後期のPBL(Problem-based learning)
・Y学科では、2年前・後期と3年後期の計3回PBLを行っている
・PBLは、MTJ(修正版トリプルジャンプ)型で実施している
(MTJのプロセス)
・ステップ1
①シナリオから問題を見出す
②解決策を立案する
③学習課題を設定し、ワークシートに記述する
・ステップ2
④設定した学習課題を調査する
⑤解決策を検討
⑥最終的な解決策を提案
・ステップ3
⑦解決策を実行
【問題解決プロセスの習得度の調査】
・MTJのステップ1,2で評価した問題解決プロセスの習得度を使用
・学生が提出したワークシートを4段階のルーブリックで教員が直接評価

・6つの観点×レベル3=18点満点として換算し、得点率を「問題解決プロセス習得度」とした
【インタビュー調査】
・2018、2019、2020年度の3年生計57名を候補者(それぞれ20、19、18名)
・上記からクラス平均+1、±1、-1の3クラスに分類し、各クラスから2〜3名を無作為に15名を抽出
・15名を対象に、問題解決プロセスの理解と適用に関して半構造化インタビューを実施
・インタビューの質問内容(表4)

【データ分析】
・SCAT(Steps for Coding and Theorization)(大谷, 2008)による質的分析を実施
【結果】
問題解決プロセスの習得度と学習
表6:問題解決プロセス習得度に関する教員評価と学生の回答

・教員の評価結果と学生音回答内容に矛盾や大きな乖離は見られなかった
表7:問題解決プロセスの学習

・問題解決プロセスを身につけるうえでPBLを多くの学生が挙げた(11名/14名)
・PBLについては、「プロセスを繰り返し行なったこと」や「教員を含めた他者との対話の効果」が挙げられた
・学生は、PBLでの協調学習のなかで他者に説明する過程で問題解決プロセスを理解・意識化し、さらにそれをさまざまなシナリオ(表1)で反復することを通じて、転移可能なスキルを獲得したと考えられる
問題解決プロセスの理解
表8:問題解決プロセスの理解

・問題解決プロセスを進める上で重視する点として、「現状や問題を把握すること」「解決策(仮説)を立案すること」「立案した解決策を検証しうる適切な学習課題を立てること」「信頼性の高い情報を得ること」「解決策の妥当性を検討すること」などが挙げられた。
問題解決プロセスの適用
表9:問題解決プロセスの適用

・問題解決プロセスの適用例として、「PBL以外の専門教育での経験」「サークル活動やアルバイト」等が挙げられた
・別の科目への適用は近い転移、サークル活動やアルバイトなど日常生活への適用は遠い転移と読み取れる
表10:問題解決プロセスの適用範囲

・専門教育で身につけた問題解決プロセスは、専門以外の領域でも活用できると学生全員が回答した
「問題解決プロセス習得度」とインタビュー結果のまとめ
表11:問題解決プロセス習得度とインタビュー結果まとめ

・問題解決プロセス習得度が高い学生ほど日常生活で問題に直面したとき、専門教育で学んだプロセスを適用して問題解決を行なっていた
・「遠い転移」「近い転移」「適用なし」の3軍で比較すると、平均値に大きな差が見られ、「問題解決プロセス習得度」と「問題解決プロセスの適用の度合い」の関連性の強さがうかがえた
・問題解決プロセスを深く理解し、形だけの模倣を超えた自らの主体的な活動にまで高まると、そのプロセスは専門教育にとどまらず、専門教育から遠い文脈でも自発的に適用されるようになると推察された
【結論】
・専門教育で問題解決プロセスの理解度・習得度が高まると、そこで獲得した問題解決スキルは専門教育から遠い日常の場面へも転移しうることが示唆された
・上記を高めるうえで、PBLでの協調学習や学習課題の設定・情報探索などが効果的であるという可能性が示された
・「分野固有性に根ざした汎用性」の形成過程を例証するものとなった
※「分野固有性に根ざした汎用性」とは、「専門教育は汎用的能力の育成に寄与するという見解」言い換ええれば、汎用性は「特定の分野で獲得・育成された知識・能力が分野を越えて適用・拡張されることで得られる」とする考え方(松下, 2019)
ここまで。
汎用的能力の中の問題解決スキルに着目し、非常に良く構造化されたPBLを通してそれらを育成し、その効果検証だけでなく、どのような内容が向上に寄与したのかを調査した非常に良い論文でした。
着目している内容(汎用的能力、PBL、転移など)は、どれも高等教育において重要な概念ですし、多くの大学関係者や実践者にとって気づきの多い内容だと思いました。
また、自身の研究計画に非常に近く、過去一と言って良いほど貴重な気づきをいただきました。
特に質的研究手法について。SCATについても検討しようと思いました。本当にこの論文に出会えて良かった。
以下、メモ
【転移の分類】(Bransford & Schwartz, 1999)
①「隔離された問題解決(Sequestered Problem Solving:SPS)」:過去の学習を新しい場面や問題に直接適用(Direct Application:DA)できるかのみを評価してきた
②「将来の学習への準備(Preparation for Future Learning:PFL)」:ある問題を解決した経験が、将来新たな学習を通して新規の問題を解決することを容易にするかどうか、すなわち「新しい情報を探求し、適用する力」を重視
【遠い転移の分類学】(Barnett and Ceci, 2002)

論文はこちら(被引用数:1件 (2025年1月13日時点))
小野和宏, 松下佳代, & 斎藤有吾. (2023). 専門教育で身につけた問題解決スキルの汎用性の検討—遠い転移に着目して—. 日本教育工学会論文誌, 47(1), 27-46.
内容を端的にまとめます。
【RQ】
①専門教育で身につけた問題解決スキルが、日常場面でどの程度適用できていると学生が考えているのか
②適用できていると考えている場合、専門教育の何がそれを可能にしたのかを推測する
【対象者】:X大学歯学部Y学科の学生
【対象授業】:3年後期のPBL(Problem-based learning)
・Y学科では、2年前・後期と3年後期の計3回PBLを行っている
・PBLは、MTJ(修正版トリプルジャンプ)型で実施している
(MTJのプロセス)
・ステップ1
①シナリオから問題を見出す
②解決策を立案する
③学習課題を設定し、ワークシートに記述する
・ステップ2
④設定した学習課題を調査する
⑤解決策を検討
⑥最終的な解決策を提案
・ステップ3
⑦解決策を実行
【問題解決プロセスの習得度の調査】
・MTJのステップ1,2で評価した問題解決プロセスの習得度を使用
・学生が提出したワークシートを4段階のルーブリックで教員が直接評価

・6つの観点×レベル3=18点満点として換算し、得点率を「問題解決プロセス習得度」とした
【インタビュー調査】
・2018、2019、2020年度の3年生計57名を候補者(それぞれ20、19、18名)
・上記からクラス平均+1、±1、-1の3クラスに分類し、各クラスから2〜3名を無作為に15名を抽出
・15名を対象に、問題解決プロセスの理解と適用に関して半構造化インタビューを実施
・インタビューの質問内容(表4)

【データ分析】
・SCAT(Steps for Coding and Theorization)(大谷, 2008)による質的分析を実施
【結果】
問題解決プロセスの習得度と学習
表6:問題解決プロセス習得度に関する教員評価と学生の回答

・教員の評価結果と学生音回答内容に矛盾や大きな乖離は見られなかった
表7:問題解決プロセスの学習

・問題解決プロセスを身につけるうえでPBLを多くの学生が挙げた(11名/14名)
・PBLについては、「プロセスを繰り返し行なったこと」や「教員を含めた他者との対話の効果」が挙げられた
・学生は、PBLでの協調学習のなかで他者に説明する過程で問題解決プロセスを理解・意識化し、さらにそれをさまざまなシナリオ(表1)で反復することを通じて、転移可能なスキルを獲得したと考えられる
問題解決プロセスの理解
表8:問題解決プロセスの理解

・問題解決プロセスを進める上で重視する点として、「現状や問題を把握すること」「解決策(仮説)を立案すること」「立案した解決策を検証しうる適切な学習課題を立てること」「信頼性の高い情報を得ること」「解決策の妥当性を検討すること」などが挙げられた。
問題解決プロセスの適用
表9:問題解決プロセスの適用

・問題解決プロセスの適用例として、「PBL以外の専門教育での経験」「サークル活動やアルバイト」等が挙げられた
・別の科目への適用は近い転移、サークル活動やアルバイトなど日常生活への適用は遠い転移と読み取れる
表10:問題解決プロセスの適用範囲

・専門教育で身につけた問題解決プロセスは、専門以外の領域でも活用できると学生全員が回答した
「問題解決プロセス習得度」とインタビュー結果のまとめ
表11:問題解決プロセス習得度とインタビュー結果まとめ

・問題解決プロセス習得度が高い学生ほど日常生活で問題に直面したとき、専門教育で学んだプロセスを適用して問題解決を行なっていた
・「遠い転移」「近い転移」「適用なし」の3軍で比較すると、平均値に大きな差が見られ、「問題解決プロセス習得度」と「問題解決プロセスの適用の度合い」の関連性の強さがうかがえた
・問題解決プロセスを深く理解し、形だけの模倣を超えた自らの主体的な活動にまで高まると、そのプロセスは専門教育にとどまらず、専門教育から遠い文脈でも自発的に適用されるようになると推察された
【結論】
・専門教育で問題解決プロセスの理解度・習得度が高まると、そこで獲得した問題解決スキルは専門教育から遠い日常の場面へも転移しうることが示唆された
・上記を高めるうえで、PBLでの協調学習や学習課題の設定・情報探索などが効果的であるという可能性が示された
・「分野固有性に根ざした汎用性」の形成過程を例証するものとなった
※「分野固有性に根ざした汎用性」とは、「専門教育は汎用的能力の育成に寄与するという見解」言い換ええれば、汎用性は「特定の分野で獲得・育成された知識・能力が分野を越えて適用・拡張されることで得られる」とする考え方(松下, 2019)
ここまで。
汎用的能力の中の問題解決スキルに着目し、非常に良く構造化されたPBLを通してそれらを育成し、その効果検証だけでなく、どのような内容が向上に寄与したのかを調査した非常に良い論文でした。
着目している内容(汎用的能力、PBL、転移など)は、どれも高等教育において重要な概念ですし、多くの大学関係者や実践者にとって気づきの多い内容だと思いました。
また、自身の研究計画に非常に近く、過去一と言って良いほど貴重な気づきをいただきました。
特に質的研究手法について。SCATについても検討しようと思いました。本当にこの論文に出会えて良かった。
以下、メモ
【転移の分類】(Bransford & Schwartz, 1999)
①「隔離された問題解決(Sequestered Problem Solving:SPS)」:過去の学習を新しい場面や問題に直接適用(Direct Application:DA)できるかのみを評価してきた
②「将来の学習への準備(Preparation for Future Learning:PFL)」:ある問題を解決した経験が、将来新たな学習を通して新規の問題を解決することを容易にするかどうか、すなわち「新しい情報を探求し、適用する力」を重視
【遠い転移の分類学】(Barnett and Ceci, 2002)

コメント