学生のエンゲージメントと学習成果を高めるために、分析化学実験の授業にプロジェクト型学習(Project-based Learning)を取り入れ、授業デザインの効果検証した論文のレビューです。

論文はこちら(被引用数:598件 (2025年3月21日時点))
Robinson, J. K. (2013). Project-based learning: improving student engagement and performance in the laboratory. Analytical and Bioanalytical Chemistry, 405, 7–8 

学習の妨げとなる可能性のあるモチベーションやエンゲージメントの欠如。
上記は、多くの大学で直面している課題だと思いますが、本論文では、その課題解決のために、大学の分析化学実験の授業にProject-based learningの導入を試み、その効果について検証した内容です。
全体をざっくりまとめます。

【対象大学】
・インディアナ大学

【対象授業】
・2単位の機器分析ラボコース(実験コースは、毎週50分の講義と4時間のラボ実習があり、60人の学生はティーチング・アシスタントが指導する5つのラボセクションに分かれて実習を行う)

【対象者】
・2年生から4年生までの化学、生化学、バイオテクノロジー専攻の60人の学生

【コース構成】
・2つのプロジェクトを核とするPBLを導入しており、学生が学期を通して主体的に関与するような設計
 ・コース開始時に1つのプロジェクトを実施し、学期末にもう1つのプロジェクトを実施する
 ・学期の半ばには、最終プロジェクトに必要なスキルを習得するためのさまざまな技術や機器に学生が触れる機会として、従来の実験が行われる
 ・学期末の最終プロジェクトでは、学生は地元の地ビール醸造所に関する分析を行い、研究室で参照用に掲示できる科学的なポスターを作成する
Figure1
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・Week 1
 ・内容:分析の基礎:正確さと精度の学習 (はかり、ピペット、分光光度計などの使い方)
 ・成果物:食品用色素の濃度測定
・Weeks 2–5
 ・内容:第1プロジェクト(Baxter BioPharma Solutions):企業と連携したバリデーション実習
 ・成果物:バリデーション報告書とSOP(標準作業手順書)
・Weeks 3–9
 ・内容:伝統的な分析実験:蛍光、原子吸光、ELISA、キャピラリー電気泳動、質量分析(GC-MS, MALDI-TOF)
 ・成果物:実験ごとのレポートと技術習得
・Weeks 10–14
 ・内容:第2プロジェクト(地元ブリュワリーとの連携)
 ・学術ポスターの作成と発表

【ラボでの学習目標】
1. 分析用天秤、ガラス製容量器具、ピペットを正しく使用し、標準溶液を正確に調合する 
2. 統計的手法を用いてデータを評価する 
3. さまざまな分析技術から得られたデータを分析し、物質の濃度または同定を決定する 
4. UV-可視分光光度計、蛍光光度計、炎光光度計、クロマトグラフィー、電気泳動システム、質量分析計など、化学測定に使用される機器の構成要素と設計を理解する 
5. 測定の物理的原理と、ノイズ、検出限界、直線性、干渉に影響を与える制御可能な変数について理解する 
6. 適切なプロトコルを文献から検索し、高い精度と正確性をもって指定された分析を行う 
7. 検証報告書、標準作業手順書、学術誌スタイルの報告書、学術ポスターなど、科学分野で使用されるさまざまな形式で、実験の理論、手順、結果を伝える

【PBLの構成要素と実践戦略】(Buck Instituteに基づく)
①Driving Question(探究課題)
・実世界のニーズに基づく問い(例:「ヘパリン検査法は使えるか?」)
②Essential Skills(技能)
・分析技術の他に統計処理、文書作成、プレゼン、チーム協働
③Entry Event(導入イベント)
・企業担当者の訪問授業、試料提示、現場見学(任意)
④Know & Need-to-Knowリスト
・学生が「何を知っていて」「何を学ぶ必要があるか」を自ら明確化
⑤Voice and Choice(選択と主体性)
・分析方法の選択や手法改良の自由度 → 探究心・責任感を刺激

【大規模授業での工夫】
・プロジェクトは教員が統一テーマを設定し、学生グループが方法を選定
・グループ間の情報共有ノートを設置し、再現性・効率を向上
・グループ内評価とピア評価を導入し、責任感を育成

【主な結果(Findings)】
・学生の77%が「PBLによって実験をより丁寧に行った」と回答
・約84%が「未知の課題に挑戦できたことは価値があった」とポジティブに評価
・16%は「不確実性が不安」と感じたが、それも「現実世界の科学のリアル」として受容 

(学生の分析結果と実社会への貢献)
・Upland Brewing社のプロジェクトでは、学生の測定値はビールに含まれる成分の予想値と概ね一致し、チーム間でも高い一貫性が確認された
・学生のデータにより、流量計の誤りが発見・修正され、ビールの品質向上とバッチごと40リットルの損失防止につながった
・Baxter BioPharma Solutionsのプロジェクトでは、2種のマイクロプレートタンパク質アッセイを評価
 ・Lowry法:直線性の基準は満たしたが、感度が不十分
 ・Coomassie法:感度は良好だが、非線形性とヘパリンによる干渉により、正確性が基準に届かなかった
・結論として、どちらの方法も品質保証基準を満たすには不適とされ、学生たちはその結論に全会一致で同意した

(学生の反応:アンケートより)
・質問1:未知の結果を伴うプロジェクト型の実験への感想
 ・非常にやりがいがあった(26%):「実生活との関連を感じた」「自由でスリリング」
 ・最初は難しかったが価値があった(58%):「本物の科学に触れた」「現実の仕事に通じる経験」
 ・不安があった(16%):「自信が持てなかった」「確認の機会がほしかった」
・質問2:PBL導入により実験の取り組み方は変わったか?
 ・より慎重になった(77%):「プロの現場のように責任を持って取り組んだ」「計算やデータを丁寧に確認した」
 ・変わらなかった(23%):「もともと慎重に行っていた」

(総合評価)
・多くの学生が現実的・不確実な課題に取り組むPBLの価値を認識
・PBLは、学生のモチベーション向上、科学的思考、問題解決能力の育成に寄与した
・約半数の学生が、企業との連携プロジェクトをコースで最も印象的だった点として挙げている

ここまで。
Buck Instituteに基づいたPBLの設計や、実在する企業との連携(今回は地元ビール会社)によるプロジェクトの内容は、良い復習になるとともに参考になりました。実験室の中だけで研究するのではなく、実在する企業と連動しながらプロジェクトを行うことで、PBLの特徴であるオーナーシップや責任感が生まれ、学生のエンゲージメントやモチベーションが喚起される良い例だと思いました。そして、長期にわたってプロジェクトが設計されており、必要な知識を他の授業から学び、その知識を活用しながらプロジェクトで実践できるような設計が素晴らしいと思いました。
また、【大規模授業での工夫】において、新たな気づきがありました。
・プロジェクトは教員が統一テーマを設定し、学生グループが方法を選定
・グループ内評価とピア評価を導入し、責任感を育成
については既に取り入れていたのですが、「グループ間の情報共有ノートを設置し、再現性・効率を向上」という観点は良い内容だと思いました。
これまでグループ内の協働・協力は意識していましたが、各グループ間で協働・協力する仕組みも取り入れることができれば、授業全体がより良い学習コミュニティになっていくと感じたので、是非自身の授業にも取り入れたいと思いました。
最後に、PBLの評価については学生のアンケートの内容から考察されていましたが、心理尺度を用いた定量分析の結果も見てみたいと思いました。

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