前回に続き、Pulse of PBL: Cultivating Equity Through Social Emotional Learningの第8章をレビューしていきます。
書籍はこちら

1. Introduction(イントロダクション)
2. Transformative Social and Emotional Learning(変容的SEL)
3. Components of PBL(PBLの構成要素)
4. Developing Self-Awareness(自己認識の育成)
5. Building Self-Management(自己管理の構築)
6. Sharpening Social Awareness(社会的認識の向上)
7. Forging Relationship Skills(人間関係スキルの養成)
8. Exercising Responsible Decision-Making(責任ある意思決定のエクササイズ)
9. Assessing SEL Comptetencies(SEL能力の評価)
10. How Will You Revolutionize the World(あなたはどのように世界を変革するか)
第8章は、PBLを通した「責任ある意思決定の実践」として、以下の5点でまとめられています。
・生徒によるドライビング・クエスチョン(DQ)の生成
・構造化された探究
・フィードバックと改善
・サービスプロジェクト
・省察
責任ある意思決定とは、倫理的責任、社会的規範、安全性に基づいて前向きな選択をする力を指します。
SEL(社会性と情動の学習)における責任ある意思決定は、しばしば、教師が「教室運営のための管理手段」として限定的に用いられがちであり、生徒の中にこのスキルを育成するという本質的目的が失われているそうです。
この「責任ある意思決定」をPBLでは教室を超えて「社会的課題」に適用します。「社会的認識(Social Awareness)」を原動力として意思決定を促すのがPBLの特徴です。
では、ひとつずつ見ていきます。
DQ設定のポイント
・現実的かつ地域に根差した問題に焦点を当てる必要がある(PBLでは、地域社会のリアルな課題に取り組むことが重要)
・生徒自身にDQを作らせることは、責任ある意思決定スキルを育むことに繋がる
・生徒がDQを作ることに慣れていない場合は、教師側で作るのもOK
・プロセスに慣れてくると、幼稚園児でさえ教師と共にDQを共創できるようになる
・オープンエンド型PBL:「地域の環境をどう改善できるか?」といった広いテーマを設定し、生徒がその中から特定の課題を見つけて個別にDQを立てていく方法
「知りたいこと(Need to Knows:N2Ks)」リスト作成のポイント
・N2Kリストが「生きた文書」であり、探究の過程で更新されるべきものであることを生徒に思い出させる必要がある
・最良のN2K質問は、初日ではなく、プロジェクトの途中で背景知識が増したタイミングで出されることが多い
・N2Kをもとに、教師と生徒は協働で、次にどのように問題を調査していくかのステップを計画する
「プロジェクトの混沌とした中盤こそが、責任ある意思決定と自己管理が交差する場所である」
・構造化された探究とは、強力なDQを核として、生徒が系統立てられた問い→調査→データ収集→分析→考察→発表へと進むプロセスを意味する
・PBLにおいては、生徒の興味が中心であり、探究のすべての段階で情報とDQを評価していく
・教師の役割は「知識を一方的に教える人」から「深い思考を引き出す質問をする人」へと変化する
・この変化に戸惑う生徒もいるが、これこそが真の探究である
・教師は、生徒が自力でリサーチできるようになることを前提とせず、構造化された方法によって探究の進め方を訓練すべき
構造化された探究の反復ラウンド
DQとN2Kリストに基づいて、以下に示す方法を組み合わせて問いを構造化し、探究を深めていく一連の段階
第1ラウンド:資源の探究(理解段階):
フィールドワーク、観察、インタビュー、講義、専門家の訪問、実体験、証言、気づきと問い、読書、アンケート作成、映像視聴、リフレクション・プロトコル、アイデア出しと提案、エグゼクティブ・サマリー、計画、フィードバック、ディスカッション・プロトコル
第2ラウンド:データ収集と分析(定義段階):
アンケート結果、観察記録とフィールドノート、事例調査、実験データ、分類・検証された結果、専門家への検証、コンセプト・マップ、テンプレート、フィードバックおよびディスカッション・プロトコル、アイデア出し、プロトタイピング、テスト
第3ラウンド:発見内容の適用(DQへの対応):
フィードバック・プロトコル、設計、改善、プロトタイピング、試作の再テスト、繰り返しの設置、発表、デモンストレーション、指導、チュートリアル、ワークショップ、地域の改善活動、ポジティブな社会変革への参加
・PBLにおける構造化された探究は、生徒に重要な内容を学ばせながら、批判的思考力を育てることを目的としている
・多くの教師はPBLとデザイン思考を組み合わせており、筆者らが好んで使うデザイン思考の枠組みは、National Equity Projectが開発した「Liberatory Design for Equity Process」(ユーザーの共感から始まり、その人が置かれている環境の公平性または欠如を分析する、人間中心のプロセス)

例:ミシガン州の田舎にあるSchoolcraft Elementary SchoolのMatt McCullough氏の全校生徒が関わるプロジェクト
・幼稚園児は、各ジャガイモ品種の保存可能期間(月数)を数えた
・1年生は、試験圃場の地図を作成した
・2年生は、1エーカーあたりの収量をグラフにした
・3年生は、使用された肥料の量を計算した
・4年生は、全校を対象に味覚テストを実施し、他の学年が収集した数学的データをまとめて、最終的な推薦を導き出した
このように、各学年が探究プロセスの中で役割を担い、段階的に貢献していったのである。
生徒は、前章で紹介されたさまざまなフィードバック・プロトコルのいずれかを使ってフィードバックと洗練の過程に取り組むことができる。これらは、互いの作業を振り返り、評価する絶好の機会となる。
「チューニング・プロトコル(Tuning Protocol)」(フィードバックのなかでも筆者たちが最も好む)
・的確で詳細なフィードバックを与えるように設計されたもの
・プロジェクトの大部分、あるいはプロトタイプのドラフトが完成した段階が最も効果的
・特に、地域社会への発表の3日前に導入するのがよい
・生徒たちは、その後数日間でフィードバックを反映し、最終成果物を洗練させていくことができる

・Tuning Protocolを初めて導入する際は、自信のある学生グループを選び、発表練習として行うとよい
・クラス全体でフィッシュボウル形式で実施し、他の生徒が聴衆としてフィードバックを行う
・発表者が5分前に話し終えてしまった場合でも、残り時間は沈黙のまま過ごすよう促す
・これにより、発表者が思考を整理し、さらなる共有が可能となる
・全体での体験後は、生徒を3人程度のグループに分け、プロトコルを自分たちで回せるようにする
・教師はタイマーを使って各ステップの時間を管理し、生徒が段階的に進行できるように指導する

・あらゆるフィードバックプロトコルの終わりには、生徒にすべてのフィードバックを「役立つもの」と「役立たないもの」に分けて考えるよう促す(完璧主義の生徒ほど、「捨ててもいい」という許可を必要とする)
・生徒たちは、このプロトコルが自分の作品を大きく向上させるとすぐに実感するため、真剣に取り組むようになり、最終発表の日に自信を持つことにもつながる
SELにおけるTuning Protocolの利点のひとつは、生徒同士の会話の言葉遣いが変化すること
「つまらなかった」が「もっと声に抑揚をつけるといいかもしれない」に変わる。 「最悪だった」が「スライドにもっと色彩を加えると良くなるかもしれない」に変わる。
・言っている内容は同じでも、「I wonder〜」という丁寧で具体的かつ非対立的な言い方にすることで、クラス全体の雰囲気が穏やかになる
・Tuning Protocolの場だけでなく、プロジェクトを通じて生徒たちは「I wonder〜」の言語を自然に使うようになり、それがRelationship Skillsの土台となり、教室の文化が変わる
・Tuning Protocolは教員同士で新プロジェクトを始める前にフィードバックし合う際にも有効
・強く推奨するのは、タイマーを使い、インフォーマルな会話ではなくプロトコル形式で行うこと
・タイマーを使うことで、発表者も聞き手も簡潔かつ目的意識を持って取り組むことができる。(時間切れになっても、本当に重要なフィードバックは後でまた伝えてくれる)
・最終的に、フィードバックと改善のプロセスは、生徒の最終成果物の質を大きく高めることにつながる。そしてそのことは、生徒の自己効力感の向上にもつながる。
・生徒たちは、自己表現の力を実感したことで自信を持ち、変化を起こす側に回る
・この転換点を越えると、もはや傍観者ではなくなり、正義や公平性のために行動する生涯の旅に出るようになる。彼らはすべてのことに対して卓越を追求するようになる。
本書を通じて私たちが一貫して主張してきたのは、「成果物よりもプロセスが重要だ」ということである。ただし、フィードバックとリファインメントによって成果物の質が高まれば、それが自信の源となり、持続的な成功へとつながる。
注意すべきは、最終成果物が常に輝かしく完璧なものであるとは限らないという点である。多くの場合、生徒の解決策は現実的ではなく、さらなる改良が必要である。だからこそ、教師は最終成果物ではなく、プロセスの理解と実践に注目すべきである。Responsible Decision-Makingを通じて生徒は、たとえ人生経験がまだ乏しくても、問題を捉え、行動する方法を身につけていくのである。
・教師が社会情動的スキル(SEL)の育成に価値を置き、それに焦点を当てるとき、生徒たちは「変革を担うエージェント(agents of change)」としての自覚を持ち始める
・多くの生徒にとって、責任ある意思決定とは、学校の中で自己管理をすること
・教師が「プロジェクトは君たち自身のものだ」と生徒に伝えると、生徒たちはプロジェクトに真剣に向き合うようになる。(「プロジェクトは誰のもの?」という問いかけを何度も繰り返すのも効果的)
・プロジェクトが自己の延長となるとき、生徒たちは誇りを持ち、積極的に取り組むようになる
・サービス・プロジェクトは、特定の団体と連携する形でも実施できるし、より広範な社会課題に取り組むこともできる
・後者の場合は、生徒の興味関心に合わせてチームを分けるとよい
・複数のテーマにまたがる「分科型」のプロジェクトにすることで、生徒は自分にとって意義ある問いに取り組むことができる

事例①:ハートサイド貧困プロジェクト(Heartside Poverty Project)
・「ハートサイド」地域を対象にした貧困研究
・「ホームレスについて学ぶことが、将来どんな役に立つんだ?」と疑問を抱く生徒もプロジェクトが進行するにつれ、考え方に変化が生まれていった
・生徒たちはハートサイド地域を訪れ、観察やインタビューを行い、貧困に関する統計や政策を調査
・彼らは地元のNPOや支援団体と連携し、現場の実情を目の当たりにした。その過程で生徒たちは、貧困やホームレス問題が決して「他人事」ではなく、自分たちの社会の一部であると気づいた。
・プロジェクトの終盤、生徒たちはポッドキャストを制作し、地域の人々や行政関係者に向けて発信
・サービス・プロジェクトは生徒の視野を広げるだけでなく、彼らのアイデンティティや使命感にも働きかける力を持つ
・責任ある意思決定とは、自分の利益のためだけでなく、他者や社会のために行動することでもある
事例②:Pick Your Path Project(PYPプロジェクト)
・PYPプロジェクトでは、生徒たちは独自のテーマを選び、構造化された探究を通じて責任ある意思決定を行う
・最初は戸惑いや不安を見せる者もいるが、適切な足場かけ(スキャフォールディング)と励ましがあれば、彼らは自らの声と選択に自信を持つようになる
・初期段階では、過去のプロジェクトを紹介することで、生徒にアイデアの種を与える
・生徒から生まれた問いの例:
・「公共の場における監視カメラの設置は、人権侵害にあたるのか?」
・「学校における服装規定は、ジェンダー平等にどのような影響を与えているのか?」
・「SNS依存と精神的健康の関係には、どのような因果があるのか?」
・これらの問いは、表面的な好奇心から始まり、徐々に構造化された探究へと深まっていく
・生徒は自分の問いに対して仮説を立て、調査を行い、情報源を精査し、分析を加えていく
・最終的には、自らの問いに対する見解を、説得力ある形で提示する
・生徒は誤りを通じて、批判的思考、情報リテラシー、そして責任ある意思決定の重要性を実感する
【PYPプロジェクトを設計する際の3つの原則】
①生徒に完全な自由を与えるのではなく、関心のありそうなテーマ群を提示し、その中で選ばせる。こうすることで、生徒は迷いすぎずに一歩を踏み出せる
②構造化された問いの設計:問いを深めるためのフレームワーク(例:5W1H、KWHLAQなど)を用意する
③定期的なチェックインとフィードバック:生徒の探究が方向性を失わないように、定期的に進捗を確認し、適切な助言を行う
このプロジェクトでは、生徒が「自分の問い」を探究することで、内発的動機が引き出され、学びが深くなる。そして何よりも、生徒が「自分には変化を生み出す力がある」と実感できる。
(ツールの使用)
・グループ契約やスクラムボードは重要だが、実際にそれらを日々活用しなければ効果がない
(リフレクションのタイミング)
・リフレクションは、プロジェクトの終盤だけでなく、全体を通して埋め込まれていなければならない
※ただし、それに多くの時間を割く必要はない
(リフレクションのプロセス)
・授業冒頭で、特定のSEL(社会性と情動の学習)の学習目標を示し、焦点を当てる(「返答の前に、相手の話に集中して耳を傾ける」等)
・授業終了時には、「ファイブフィンガー・チェック(Fist to Five)」やエグジットチケット、あるいはペアでの話し合いを通じて、その日の行動について個々に省察させる
(グループの違い)
・リフレクションは、うまくいっているグループにとっても、苦戦しているグループにとっても、自分たちに何が起きているかを理解し、それをどのように修正するかに気づかせてくれる
・グループがうまくいっていないとき、教師がすぐに介入して問題を解決してしまうのではなく、生徒自身に「どうやって困難を乗り越えるか」を学ばせることが重要
・例:前日にある分野で困難を抱えていた場合は、その日の授業を昨日の課題から始め、生徒に「どうすればうまくいくか」を振り返らせるとよい。
・もし生徒が授業中に意欲を失っているようであれば、「KARE Gap ILeva」を用いて、スキルのギャップに対処するワークショップを行うのが良い
振り返りの問い
・PBLは、責任ある意思決定をどのようにして単なる個人的な行動選択から意味のある問題解決へとシフトさせることができるか?
・生徒がプロジェクトのためのオーセンティックなドライビング・クエスチョン(DQ)をどのように開発・共同開発できるか?
・教師としての役割を、生徒の探究を支援する方向へどのように転換するか?
・生徒の探究を構造化するために、どのようなプロトコルや足場かけ(スキャフォールディング)を用いるか?
・生徒の作品の質を最大限に高めるために、どのようにしてフィードバック・振り返り・改善を一貫して活用するか?
・生徒が地域社会の課題に取り組む際、どのようなローカルイシューを扱うことができるか?
・教室文化の中で、振り返りを一貫した要素としてどのように位置づけるか?
ここまで。
まず、Schoolcraft Elementary Schoolのジャガイモの品種を提案するプロジェクト事例に深く感動しました。生徒達は自ら評価基準を設計し、収穫・肥料効率・味などに基づいて分析した内容を、企業の株主総会で発表。生徒達の推奨した品種が全会一致で採用されたという内容です。これは生徒達の大きな成功体験となり、自信や問題解決能力の獲得に繋がったことでしょう。また、企業との協働について尋ねられたウェブスター校長の
「たとえ田舎の小さな地域であっても、本物の学びの機会は探せばいくらでもある」
という言葉にも深く共感しました。まだまだ、自分の授業も発展させられるなぁ。
印象に残った点をいくつか。
DQは、生徒自身で作るのが理想ですが、PBLに慣れていない場合は教師側で作るのもOKということは既に知っていましたが、教師側が広いテーマを設定し、生徒がその中から特定の課題を見つけて個別にDQを立てていく方法を「オープンエンド型PBL」と呼ぶということは初めて知りました。
また、PBLとデザイン思考を組み合わせて使用しているということも大きな気づきでした。以前より、PBLとデザイン思考は相性が良さそうだなとは思っていたものの、実際にこのコラボを実施している先生は多いという事実に驚きました。「Liberatory Design for Equity Process」のデザイン思考のフレームワークについては、今後の授業でも使ってみたいと思います。
他には、チューニング・プロトコルについても是非とも取り入れたいと思いました。ピア・フィードバックによって、自分たちの作品を改善する機会が与えられ、フィードバックするスキルも高まる。そして何より、以下のような変容が起こる。
「生徒たちは、自己表現の力を実感したことで自信を持ち、変化を起こす側に回る。この転換点を越えると、もはや傍観者ではなくなり、正義や公平性のために行動する生涯の旅に出るようになる。」
これは正に社会変革に向けて行動しようとするAgencyの表れであり、自己変容そのもの。こういう学習機会をいかにして創出するかということを色々考えて来ましたが、やはりPBLにはその要素は含まれていると再確認しました。
書籍はこちら

1. Introduction(イントロダクション)
2. Transformative Social and Emotional Learning(変容的SEL)
3. Components of PBL(PBLの構成要素)
4. Developing Self-Awareness(自己認識の育成)
5. Building Self-Management(自己管理の構築)
6. Sharpening Social Awareness(社会的認識の向上)
7. Forging Relationship Skills(人間関係スキルの養成)
8. Exercising Responsible Decision-Making(責任ある意思決定のエクササイズ)
9. Assessing SEL Comptetencies(SEL能力の評価)
10. How Will You Revolutionize the World(あなたはどのように世界を変革するか)
第8章は、PBLを通した「責任ある意思決定の実践」として、以下の5点でまとめられています。
・生徒によるドライビング・クエスチョン(DQ)の生成
・構造化された探究
・フィードバックと改善
・サービスプロジェクト
・省察
責任ある意思決定とは、倫理的責任、社会的規範、安全性に基づいて前向きな選択をする力を指します。
SEL(社会性と情動の学習)における責任ある意思決定は、しばしば、教師が「教室運営のための管理手段」として限定的に用いられがちであり、生徒の中にこのスキルを育成するという本質的目的が失われているそうです。
この「責任ある意思決定」をPBLでは教室を超えて「社会的課題」に適用します。「社会的認識(Social Awareness)」を原動力として意思決定を促すのがPBLの特徴です。
では、ひとつずつ見ていきます。
生徒によるDQ(Driving Question)の生成
生徒が現実の課題に対してドライビング・クエスチョン(DQ)を立てることが、責任ある意思決定の出発点となります。PBLの流れとして「DQ設定」→「N2Ksリスト作成」→「導入イベント」→「調査」・・・と進んでいきますが、DQの設定がまずは大きなポイントとなります。DQ設定のポイント
・現実的かつ地域に根差した問題に焦点を当てる必要がある(PBLでは、地域社会のリアルな課題に取り組むことが重要)
・生徒自身にDQを作らせることは、責任ある意思決定スキルを育むことに繋がる
・生徒がDQを作ることに慣れていない場合は、教師側で作るのもOK
・プロセスに慣れてくると、幼稚園児でさえ教師と共にDQを共創できるようになる
・オープンエンド型PBL:「地域の環境をどう改善できるか?」といった広いテーマを設定し、生徒がその中から特定の課題を見つけて個別にDQを立てていく方法
「知りたいこと(Need to Knows:N2Ks)」リスト作成のポイント
・N2Kリストが「生きた文書」であり、探究の過程で更新されるべきものであることを生徒に思い出させる必要がある
・最良のN2K質問は、初日ではなく、プロジェクトの途中で背景知識が増したタイミングで出されることが多い
・N2Kをもとに、教師と生徒は協働で、次にどのように問題を調査していくかのステップを計画する
構造化された探究(Structured Inquiry)
2016年にPayScaleが6万人以上のマネージャーを対象に実施した調査では、大学卒業者に最も欠けているスキルの筆頭は「批判的思考/問題解決」であるとされているように、問題解決スキルを教室内で具体的かつ建設的に教える必要性が強調されています。そして、PBLがそれを補完する教育機会となり得ます。「プロジェクトの混沌とした中盤こそが、責任ある意思決定と自己管理が交差する場所である」
・構造化された探究とは、強力なDQを核として、生徒が系統立てられた問い→調査→データ収集→分析→考察→発表へと進むプロセスを意味する
・PBLにおいては、生徒の興味が中心であり、探究のすべての段階で情報とDQを評価していく
・教師の役割は「知識を一方的に教える人」から「深い思考を引き出す質問をする人」へと変化する
・この変化に戸惑う生徒もいるが、これこそが真の探究である
・教師は、生徒が自力でリサーチできるようになることを前提とせず、構造化された方法によって探究の進め方を訓練すべき
構造化された探究の反復ラウンド
DQとN2Kリストに基づいて、以下に示す方法を組み合わせて問いを構造化し、探究を深めていく一連の段階
第1ラウンド:資源の探究(理解段階):
フィールドワーク、観察、インタビュー、講義、専門家の訪問、実体験、証言、気づきと問い、読書、アンケート作成、映像視聴、リフレクション・プロトコル、アイデア出しと提案、エグゼクティブ・サマリー、計画、フィードバック、ディスカッション・プロトコル
第2ラウンド:データ収集と分析(定義段階):
アンケート結果、観察記録とフィールドノート、事例調査、実験データ、分類・検証された結果、専門家への検証、コンセプト・マップ、テンプレート、フィードバックおよびディスカッション・プロトコル、アイデア出し、プロトタイピング、テスト
第3ラウンド:発見内容の適用(DQへの対応):
フィードバック・プロトコル、設計、改善、プロトタイピング、試作の再テスト、繰り返しの設置、発表、デモンストレーション、指導、チュートリアル、ワークショップ、地域の改善活動、ポジティブな社会変革への参加
・PBLにおける構造化された探究は、生徒に重要な内容を学ばせながら、批判的思考力を育てることを目的としている
・多くの教師はPBLとデザイン思考を組み合わせており、筆者らが好んで使うデザイン思考の枠組みは、National Equity Projectが開発した「Liberatory Design for Equity Process」(ユーザーの共感から始まり、その人が置かれている環境の公平性または欠如を分析する、人間中心のプロセス)

例:ミシガン州の田舎にあるSchoolcraft Elementary SchoolのMatt McCullough氏の全校生徒が関わるプロジェクト
・幼稚園児は、各ジャガイモ品種の保存可能期間(月数)を数えた
・1年生は、試験圃場の地図を作成した
・2年生は、1エーカーあたりの収量をグラフにした
・3年生は、使用された肥料の量を計算した
・4年生は、全校を対象に味覚テストを実施し、他の学年が収集した数学的データをまとめて、最終的な推薦を導き出した
このように、各学年が探究プロセスの中で役割を担い、段階的に貢献していったのである。
フィードバックと改善
責任ある意思決定を行う上で重要な要素は、データの分析、批判的思考の適用、そして解決策の吟味である。生徒がデザイン思考のプロセスにおいてプロトタイプを作成し終えた段階で、「試行(try)」ステージに入り、フィードバックを受ける準備が整う。生徒は、前章で紹介されたさまざまなフィードバック・プロトコルのいずれかを使ってフィードバックと洗練の過程に取り組むことができる。これらは、互いの作業を振り返り、評価する絶好の機会となる。
「チューニング・プロトコル(Tuning Protocol)」(フィードバックのなかでも筆者たちが最も好む)
・的確で詳細なフィードバックを与えるように設計されたもの
・プロジェクトの大部分、あるいはプロトタイプのドラフトが完成した段階が最も効果的
・特に、地域社会への発表の3日前に導入するのがよい
・生徒たちは、その後数日間でフィードバックを反映し、最終成果物を洗練させていくことができる

・Tuning Protocolを初めて導入する際は、自信のある学生グループを選び、発表練習として行うとよい
・クラス全体でフィッシュボウル形式で実施し、他の生徒が聴衆としてフィードバックを行う
・発表者が5分前に話し終えてしまった場合でも、残り時間は沈黙のまま過ごすよう促す
・これにより、発表者が思考を整理し、さらなる共有が可能となる
・全体での体験後は、生徒を3人程度のグループに分け、プロトコルを自分たちで回せるようにする
・教師はタイマーを使って各ステップの時間を管理し、生徒が段階的に進行できるように指導する

・あらゆるフィードバックプロトコルの終わりには、生徒にすべてのフィードバックを「役立つもの」と「役立たないもの」に分けて考えるよう促す(完璧主義の生徒ほど、「捨ててもいい」という許可を必要とする)
・生徒たちは、このプロトコルが自分の作品を大きく向上させるとすぐに実感するため、真剣に取り組むようになり、最終発表の日に自信を持つことにもつながる
SELにおけるTuning Protocolの利点のひとつは、生徒同士の会話の言葉遣いが変化すること
「つまらなかった」が「もっと声に抑揚をつけるといいかもしれない」に変わる。 「最悪だった」が「スライドにもっと色彩を加えると良くなるかもしれない」に変わる。
・言っている内容は同じでも、「I wonder〜」という丁寧で具体的かつ非対立的な言い方にすることで、クラス全体の雰囲気が穏やかになる
・Tuning Protocolの場だけでなく、プロジェクトを通じて生徒たちは「I wonder〜」の言語を自然に使うようになり、それがRelationship Skillsの土台となり、教室の文化が変わる
・Tuning Protocolは教員同士で新プロジェクトを始める前にフィードバックし合う際にも有効
・強く推奨するのは、タイマーを使い、インフォーマルな会話ではなくプロトコル形式で行うこと
・タイマーを使うことで、発表者も聞き手も簡潔かつ目的意識を持って取り組むことができる。(時間切れになっても、本当に重要なフィードバックは後でまた伝えてくれる)
・最終的に、フィードバックと改善のプロセスは、生徒の最終成果物の質を大きく高めることにつながる。そしてそのことは、生徒の自己効力感の向上にもつながる。
・生徒たちは、自己表現の力を実感したことで自信を持ち、変化を起こす側に回る
・この転換点を越えると、もはや傍観者ではなくなり、正義や公平性のために行動する生涯の旅に出るようになる。彼らはすべてのことに対して卓越を追求するようになる。
本書を通じて私たちが一貫して主張してきたのは、「成果物よりもプロセスが重要だ」ということである。ただし、フィードバックとリファインメントによって成果物の質が高まれば、それが自信の源となり、持続的な成功へとつながる。
注意すべきは、最終成果物が常に輝かしく完璧なものであるとは限らないという点である。多くの場合、生徒の解決策は現実的ではなく、さらなる改良が必要である。だからこそ、教師は最終成果物ではなく、プロセスの理解と実践に注目すべきである。Responsible Decision-Makingを通じて生徒は、たとえ人生経験がまだ乏しくても、問題を捉え、行動する方法を身につけていくのである。
サービス・プロジェクト(Service Projects)
・生徒や教師にとって最もやりがいのあるプロジェクトは、地域社会への貢献に焦点を当てたもの・教師が社会情動的スキル(SEL)の育成に価値を置き、それに焦点を当てるとき、生徒たちは「変革を担うエージェント(agents of change)」としての自覚を持ち始める
・多くの生徒にとって、責任ある意思決定とは、学校の中で自己管理をすること
・教師が「プロジェクトは君たち自身のものだ」と生徒に伝えると、生徒たちはプロジェクトに真剣に向き合うようになる。(「プロジェクトは誰のもの?」という問いかけを何度も繰り返すのも効果的)
・プロジェクトが自己の延長となるとき、生徒たちは誇りを持ち、積極的に取り組むようになる
・サービス・プロジェクトは、特定の団体と連携する形でも実施できるし、より広範な社会課題に取り組むこともできる
・後者の場合は、生徒の興味関心に合わせてチームを分けるとよい
・複数のテーマにまたがる「分科型」のプロジェクトにすることで、生徒は自分にとって意義ある問いに取り組むことができる

事例①:ハートサイド貧困プロジェクト(Heartside Poverty Project)
・「ハートサイド」地域を対象にした貧困研究
・「ホームレスについて学ぶことが、将来どんな役に立つんだ?」と疑問を抱く生徒もプロジェクトが進行するにつれ、考え方に変化が生まれていった
・生徒たちはハートサイド地域を訪れ、観察やインタビューを行い、貧困に関する統計や政策を調査
・彼らは地元のNPOや支援団体と連携し、現場の実情を目の当たりにした。その過程で生徒たちは、貧困やホームレス問題が決して「他人事」ではなく、自分たちの社会の一部であると気づいた。
・プロジェクトの終盤、生徒たちはポッドキャストを制作し、地域の人々や行政関係者に向けて発信
・サービス・プロジェクトは生徒の視野を広げるだけでなく、彼らのアイデンティティや使命感にも働きかける力を持つ
・責任ある意思決定とは、自分の利益のためだけでなく、他者や社会のために行動することでもある
事例②:Pick Your Path Project(PYPプロジェクト)
・PYPプロジェクトでは、生徒たちは独自のテーマを選び、構造化された探究を通じて責任ある意思決定を行う
・最初は戸惑いや不安を見せる者もいるが、適切な足場かけ(スキャフォールディング)と励ましがあれば、彼らは自らの声と選択に自信を持つようになる
・初期段階では、過去のプロジェクトを紹介することで、生徒にアイデアの種を与える
・生徒から生まれた問いの例:
・「公共の場における監視カメラの設置は、人権侵害にあたるのか?」
・「学校における服装規定は、ジェンダー平等にどのような影響を与えているのか?」
・「SNS依存と精神的健康の関係には、どのような因果があるのか?」
・これらの問いは、表面的な好奇心から始まり、徐々に構造化された探究へと深まっていく
・生徒は自分の問いに対して仮説を立て、調査を行い、情報源を精査し、分析を加えていく
・最終的には、自らの問いに対する見解を、説得力ある形で提示する
・生徒は誤りを通じて、批判的思考、情報リテラシー、そして責任ある意思決定の重要性を実感する
【PYPプロジェクトを設計する際の3つの原則】
①生徒に完全な自由を与えるのではなく、関心のありそうなテーマ群を提示し、その中で選ばせる。こうすることで、生徒は迷いすぎずに一歩を踏み出せる
②構造化された問いの設計:問いを深めるためのフレームワーク(例:5W1H、KWHLAQなど)を用意する
③定期的なチェックインとフィードバック:生徒の探究が方向性を失わないように、定期的に進捗を確認し、適切な助言を行う
このプロジェクトでは、生徒が「自分の問い」を探究することで、内発的動機が引き出され、学びが深くなる。そして何よりも、生徒が「自分には変化を生み出す力がある」と実感できる。
リフレクション
リフレクション(生徒に「自分たちのグループがどのように機能しているか」を振り返らせること)は、責任ある意思決定(Responsible Decision-Making)を教える最も効果的な方法のひとつとされています。生徒達は、プロジェクト全体を通じて、グループの力学について省察することで、人間関係の課題を特定し、解決することができます。(ツールの使用)
・グループ契約やスクラムボードは重要だが、実際にそれらを日々活用しなければ効果がない
(リフレクションのタイミング)
・リフレクションは、プロジェクトの終盤だけでなく、全体を通して埋め込まれていなければならない
※ただし、それに多くの時間を割く必要はない
(リフレクションのプロセス)
・授業冒頭で、特定のSEL(社会性と情動の学習)の学習目標を示し、焦点を当てる(「返答の前に、相手の話に集中して耳を傾ける」等)
・授業終了時には、「ファイブフィンガー・チェック(Fist to Five)」やエグジットチケット、あるいはペアでの話し合いを通じて、その日の行動について個々に省察させる
(グループの違い)
・リフレクションは、うまくいっているグループにとっても、苦戦しているグループにとっても、自分たちに何が起きているかを理解し、それをどのように修正するかに気づかせてくれる
・グループがうまくいっていないとき、教師がすぐに介入して問題を解決してしまうのではなく、生徒自身に「どうやって困難を乗り越えるか」を学ばせることが重要
・例:前日にある分野で困難を抱えていた場合は、その日の授業を昨日の課題から始め、生徒に「どうすればうまくいくか」を振り返らせるとよい。
・もし生徒が授業中に意欲を失っているようであれば、「KARE Gap ILeva」を用いて、スキルのギャップに対処するワークショップを行うのが良い
振り返りの問い
・PBLは、責任ある意思決定をどのようにして単なる個人的な行動選択から意味のある問題解決へとシフトさせることができるか?
・生徒がプロジェクトのためのオーセンティックなドライビング・クエスチョン(DQ)をどのように開発・共同開発できるか?
・教師としての役割を、生徒の探究を支援する方向へどのように転換するか?
・生徒の探究を構造化するために、どのようなプロトコルや足場かけ(スキャフォールディング)を用いるか?
・生徒の作品の質を最大限に高めるために、どのようにしてフィードバック・振り返り・改善を一貫して活用するか?
・生徒が地域社会の課題に取り組む際、どのようなローカルイシューを扱うことができるか?
・教室文化の中で、振り返りを一貫した要素としてどのように位置づけるか?
ここまで。
まず、Schoolcraft Elementary Schoolのジャガイモの品種を提案するプロジェクト事例に深く感動しました。生徒達は自ら評価基準を設計し、収穫・肥料効率・味などに基づいて分析した内容を、企業の株主総会で発表。生徒達の推奨した品種が全会一致で採用されたという内容です。これは生徒達の大きな成功体験となり、自信や問題解決能力の獲得に繋がったことでしょう。また、企業との協働について尋ねられたウェブスター校長の
「たとえ田舎の小さな地域であっても、本物の学びの機会は探せばいくらでもある」
という言葉にも深く共感しました。まだまだ、自分の授業も発展させられるなぁ。
印象に残った点をいくつか。
DQは、生徒自身で作るのが理想ですが、PBLに慣れていない場合は教師側で作るのもOKということは既に知っていましたが、教師側が広いテーマを設定し、生徒がその中から特定の課題を見つけて個別にDQを立てていく方法を「オープンエンド型PBL」と呼ぶということは初めて知りました。
また、PBLとデザイン思考を組み合わせて使用しているということも大きな気づきでした。以前より、PBLとデザイン思考は相性が良さそうだなとは思っていたものの、実際にこのコラボを実施している先生は多いという事実に驚きました。「Liberatory Design for Equity Process」のデザイン思考のフレームワークについては、今後の授業でも使ってみたいと思います。
他には、チューニング・プロトコルについても是非とも取り入れたいと思いました。ピア・フィードバックによって、自分たちの作品を改善する機会が与えられ、フィードバックするスキルも高まる。そして何より、以下のような変容が起こる。
「生徒たちは、自己表現の力を実感したことで自信を持ち、変化を起こす側に回る。この転換点を越えると、もはや傍観者ではなくなり、正義や公平性のために行動する生涯の旅に出るようになる。」
これは正に社会変革に向けて行動しようとするAgencyの表れであり、自己変容そのもの。こういう学習機会をいかにして創出するかということを色々考えて来ましたが、やはりPBLにはその要素は含まれていると再確認しました。
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