高等教育における「エンプロイアビリティ」の概念と、それを測定する方法に関する現状と課題、そして代替的なアプローチを提唱した論文をレビューします。
論文はこちら(被引用数:1,721 (2025年6月10日時点))
Harvey, L. (2001). Defining and measuring employability. Quality in higher education, 7(2), 97-109.
この論文は、エンプロイアビリティという概念とその測定法に関して、卒業生の就職率を中心とした成果主義的アプローチを批判し、より包括的でプロセス志向の評価方法の必要性を論じた内容となっています。
以下、各項目ごとにまとめます。
What is ‘Employability’?
・エンプロイアビリティの議論は、1990年代初頭から起こった高等教育の「質」についての議論と、同様のプロセスを経ている
・雇用主と学術関係者は「互いに話がかみ合わない」状態にあり、適切な言葉遣いを巡って終わりのない議論が続いている
・エンプロイアビリティのプロセスは、成果と混同されることも多い
・エンプロイアビリティに関連した学習は、今後も、一定期間内にフルタイムの職に就いた卒業生の割合といった、粗雑な成果指標に基づく傾向にさらされ続けるであろう
・例:英国の「first-destination returns)」は、卒業後6ヶ月以内に記録され、エンプロイアビリティのパフォーマンス指標として使われている
・実質的に、エンプロイアビリティは「満足のいく仕事を得て、維持すること」と同義であるとされつつある(Hillage & Pollard, 1998)
・このような測定は、二つの密接に関連する問題がある
・①エンプロイアビリティは、最近の卒業生の就職率という成果で測定されるべきだという主張
・②エンプロイアビリティを、学生個人の就業可能性ではなく、教育機関の達成として捉える見方に陥る傾向がある
Analysing Employability
もしエンプロイアビリティという概念が高等教育の質に貢献しようとするのであれば、それが何であるか、どのように測定され促進されうるかについての相反する先入観を解きほぐすことが重要
・エンプロイアビリティという語は、明確かつ明示的に定義されることは稀で、複数の暗黙の定義が存在
・いずれの場合も、その核心となる考え方は「学生が仕事を得る傾向(propensity of students to obtain a job)」に関係
・エンプロイアビリティの捉え方には以下のような複数の次元がある
1. 職種(Job type):全ての職を指すのか?大卒レベルという職で見るのか?
2. 時期(Timing):卒業後一定期間内か?再訓練が必要になる前に就職できることか?
3. 採用時の属性(Attributes on recruitment):採用時点の「即戦力」か?それとも、開発的(developmental)な可能性を意味するのか?
4. さらなる学習(Further learning):「学び続けようとする意欲」も見るのか?
5. エンプロイアビリティ・スキル:基本的コアスキルか?より広義の汎用的スキルか?特定の雇用者(分野連関型、業種特有型、企業文化型)が要求するスキルを持つことか?
・多くの定義や指標は、エンプロイアビリティを「仕事を得る能力」とは明示的に捉えていない
・就職率は測定しやすいことから評価指標として選ばれてきたが、実際に測定されているのは学生個人の能力ではなく、教育機関の成果(本質を捉えていない)
・エンプロイアビリティを「卒業時点での能力(graduate attributes)」として捉える場合は、以下の視点があり、それらにより評価や支援のあり方が異なる
(i)すでに獲得(あとは磨くだけ)
(ii)現在、発達の途上にある
(iii)そもそも欠けている
・伝統的企業の採用:未熟でも学ぶ意欲がある卒業生を対象((ii)および(iii))
・現在の企業の採用:即戦力としての能力をすでに持つ人材が求められる ((i))
Institutional Employability
・エンプロイアビリティは高等教育機関に帰属させられる傾向がある(就職率ランキング等)
・エンプロイアビリティの育成が教育課程に明示的かつ統合的に組み込まれている。一方で、そうでないところもある。
・医学、看護、ソーシャルワーク、教員養成などは、将来の職業と結びついた実習型の学習課程を持つ
・哲学、文学、社会科学の多くのプログラムは、特定の職業との直接的な関連を持たない傾向にある
→法的に定められた職業実習を含まない分野においても、インターンシップ、企業連携プロジェクト、職場見学やワークシャドウイングといった仕組みを通じて、エンプロイアビリティがカリキュラムの中に組み込まれている場合もある
・卒業生の就職結果は、「制度としてのエンプロイアビリティ(institutional employability)」の指標とはならず、大学が学生のエンプロイアビリティ向上のために行っている支援の指標にすらなり得ない
操作的定義の欠如と指標の問題
・本来、測定可能な指標を設計するためには、まず明確な定義が必要
・Operationalisation(操作的定義)とは、理論的概念を測定可能な指標へと転換するプロセス(Harvey & MacDonald, 1993)
1. 理論的概念を定義する(Define)
2. その概念の意味を網羅するように、複数の側面(dimensions)に分解する
3. 各側面に対して、指標の候補を列挙する
4. 各側面に対して、1つまたは複数の指標を選択する
5. 各指標について情報を収集するための調査手段(instruments)を設計する
6. 複数の指標セットにするか、指標群・単一の指標にするか、また必要に応じて指標を組み合わせて総合指標にするかを決定する
・しかし政策主導では、定義よりも先に既存の指標(就職率など)を使ってしまう
・結果として「就職率」=「大学の教育成果」という誤った図式が定着してしまっている
大学生のエンプロイアビリティの有効性の測定
・大学における「エンプロイアビリティ・パフォーマンス指標(就業力指標)」は、大学が卒業生の就業力をどれだけ育成できているかを示すもの
・その有効性の測定方法は、エンプロイアビリティの定義によって大きく異なる
・定義① 就職できる能力 → 卒業生の就職率など成果ベースの指標で測定
・定義② 卒業生の資質(能力・スキル) → 大学が提供する能力育成の機会を監査
・定義③ 卒業生の就職満足度 → 学習プログラムの満足度や仕事への準備度で評価
・このうち①と②は本文で詳述する
・③満足度の測定方法は(Harvey & Knight, 1996; Harvey et al., 1997b)で論じられている
・就業力の測定方法の違いは、教育の内容・支援体制・大学への資金配分に影響する
・英国では、政府や資金審議会によって指標化が進められ、大学は「就職に直結する能力育成」に重点を置かざるを得なくなっている
・特にウェールズでは、大学内部で提供されるエンプロイアビリティ機会の内容が報告・評価対象となっており、就業力の定義と測定が教育設計に大きな影響を与えている。
・大学は、学生にどのような種類の機会を提供しているのか、どのような学習環境を整えているのかについて、プログラムレベルと機関レベルの両面から詳細に報告することが求められている
卒業生の就職率
・高等教育の成果を卒業生の就職率で測ろうとする考え方は、「魔法の弾丸(magic bullet)」モデルと呼ばれる単純化された因果関係に基づいている
・このモデルでは、「大学がエンプロイアビリティを育成する機会を提供しさえすれば、卒業生は就職できる」と前提としている(Figure 1)

・しかし、これは過度に単純化された因果モデルであり、就職率をエンプロイアビリティの有効性の指標とするのは、既存の結果から遡って正当化された操作化であり、本質を捉えていない。
・実際のエンプロイアビリティの形成は単純な因果関係ではなく、多層的かつ複雑なプロセスである
・大学は、スキルや知識、自己表現力、学習意欲といったエンプロイアビリティ関連の資質を育成する機会を様々な形で提供しているが、それらは必ずしも明示的ではなく、学生が自ら選択・活用するかどうかにも依存し、学生の個人的背景や学外活動も影響する
・さらに、就職の成否には雇用主の評価や判断が関与しており、大学での教育機会と就職の結果との間に明確な因果関係を見出すのは困難
・エンプロイアビリティの発展は、教育機関と雇用主、学生自身の相互作用によって構成されている

・卒業生の雇用は、表面的にはエンプロイアビリティや大学の教育成果の指標と見なされることがあるが、実際の採用は多くの外的要因に影響されており、教育の効果を正確に反映しているとは言えない
・具体的には、以下の9つの要因が就職率に影響を与える
①大学のブランド(伝統校優先)
②学習形態(パートタイム vs フルタイム)
③地域経済と学生の移動性
④専攻分野の就職構造差
⑤職務経験の有無
⑥年齢
⑦性別
⑧民族性(近年は改善)
⑨社会階級
・加えて、企業の採用基準は恣意的かつ非合理的なバイアス(例:年齢、専攻、出身大学など)に基づくことが多く、合理的な「能力評価」とは言い難い
代替提案:エンプロイアビリティ監査(Employability Audit)
・エンプロイアビリティを「卒業生が持つべき属性(スキル・態度・能力)」と定義した場合、大学の教育効果を評価する方法として「エンプロイアビリティ監査」が提案される
・就職率といった成果ベースの指標では、必ずしも大学の教育的貢献を正確に反映できない。なぜなら、学生が身につけた属性が教育機関によるものか、もともとの資質かは判別が難しいから
・卒業時点での能力と入学時点での能力の差を測る「付加価値(value-added)」指標もあるが、教育機関の影響と個人要因を完全に分離するのは困難
・そのため、より現実的な方法として、「提供された学習機会」自体に焦点を当てて監査することが提案
・エンプロイアビリティ監査:学生が大学でどのようなエンプロイアビリティ開発機会を得られるかを調査:監査の対象となる要素には、以下のような教育・支援活動が含まれる
・職業体験の種類:サンドイッチ・コース、ライブプロジェクト、短期インターン、ワークシャドウイング等
・体験の再活用の仕組み:単なる体験にとどまらず、振り返りや応用ができる学習設計
・能力開発のカリキュラム統合:求職・就職スキルの明示的な学習機会
・自由選択型のキャリア支援:キャリア教育、スキル科目、キャリアセンターのサービスなど
・課外活動の学習化:学生が課外活動を通して得た経験を言語化・評価する支援
・エンプロイアビリティ監査は、教育の効果を成果(アウトプット)ではなくプロセスで捉える
・自己申告(self-report)形式が基本だが、内容の妥当性確認のために外部のチェック(オーディット)やQAAによる「ドロップイン」方式の訪問調査が行われる可能性もある
エンプロイアビリティ監査の方法論的課題
・用語・カテゴリの曖昧さ(例:「職場体験」や「就職先」の定義のばらつき)
・データの不均質性、分類の困難、機関間の比較可能性の欠如
・監査は、教育戦略の体系化や内部改善の契機となる有効な方法である
結論
・就職率ではなく、教育プロセスの可視化と改善へ 単純な成果指標(就職率)ではなく、教育のプロセスや機会提供を評価すべき
・外部比較ではなく、内部改善を目的とした縦断的な自己評価とフィードバックが重要
・エンプロイアビリティの評価には、改善すべき点を明確に示す必要があり、それは、長期にわたって、成果(卒業生の雇用)とインプットおよびプロセス(エンプロイアビリティの機会を開発するための努力) を比較・評価する、内部的で縦断的なベンチマークによってなされるかもしれない(Harvey, 2000)
ここまで。
本論文を通して、大学から見たエンプロイアビリティという概念に対する現状と課題について概観できました。印象的だったのは、卒業生の就職率をもって教育機関の成果とする「魔法の弾丸モデル(magic bullet)」への痛烈に批判していたこと。どうしても手っ取り早い就職率でエンプロイアビリティを見てしまいがちですが、具体的にどのようなスキルを教育を通して付与するのかという議論までは深く踏み込めていないのが現状なのだと再認識しました。
そして、それに代わる現実的かつ教育的意義のある評価枠組みとして「エンプロイアビリティ監査(employability audit)」が提案されていました。日本のでは認証評価が十されていますが、その中にもエンプロイアビリティに繋がる要素は評価対象となっているように思います。ただ、エンプロイアビリティがどのような概念で構成されているのかについては、まだ決着がついていないようで、その点が測定・評価を曖昧にしている要因なのだとも感じました。この点についてはもう少し調べてみたいと思います。
社会で活躍する人材育成に寄与したいというのが自分の思いなので、その点でエンプロイアビリティとは重なる部分があるなと感じました。どのような教育を実施すればこの点を改善できるのか、引き続き調査・研究していこうと思います。
論文はこちら(被引用数:1,721 (2025年6月10日時点))
Harvey, L. (2001). Defining and measuring employability. Quality in higher education, 7(2), 97-109.
この論文は、エンプロイアビリティという概念とその測定法に関して、卒業生の就職率を中心とした成果主義的アプローチを批判し、より包括的でプロセス志向の評価方法の必要性を論じた内容となっています。
以下、各項目ごとにまとめます。
What is ‘Employability’?
・エンプロイアビリティの議論は、1990年代初頭から起こった高等教育の「質」についての議論と、同様のプロセスを経ている
・雇用主と学術関係者は「互いに話がかみ合わない」状態にあり、適切な言葉遣いを巡って終わりのない議論が続いている
・エンプロイアビリティのプロセスは、成果と混同されることも多い
・エンプロイアビリティに関連した学習は、今後も、一定期間内にフルタイムの職に就いた卒業生の割合といった、粗雑な成果指標に基づく傾向にさらされ続けるであろう
・例:英国の「first-destination returns)」は、卒業後6ヶ月以内に記録され、エンプロイアビリティのパフォーマンス指標として使われている
・実質的に、エンプロイアビリティは「満足のいく仕事を得て、維持すること」と同義であるとされつつある(Hillage & Pollard, 1998)
・このような測定は、二つの密接に関連する問題がある
・①エンプロイアビリティは、最近の卒業生の就職率という成果で測定されるべきだという主張
・②エンプロイアビリティを、学生個人の就業可能性ではなく、教育機関の達成として捉える見方に陥る傾向がある
Analysing Employability
もしエンプロイアビリティという概念が高等教育の質に貢献しようとするのであれば、それが何であるか、どのように測定され促進されうるかについての相反する先入観を解きほぐすことが重要
・エンプロイアビリティという語は、明確かつ明示的に定義されることは稀で、複数の暗黙の定義が存在
・いずれの場合も、その核心となる考え方は「学生が仕事を得る傾向(propensity of students to obtain a job)」に関係
・エンプロイアビリティの捉え方には以下のような複数の次元がある
1. 職種(Job type):全ての職を指すのか?大卒レベルという職で見るのか?
2. 時期(Timing):卒業後一定期間内か?再訓練が必要になる前に就職できることか?
3. 採用時の属性(Attributes on recruitment):採用時点の「即戦力」か?それとも、開発的(developmental)な可能性を意味するのか?
4. さらなる学習(Further learning):「学び続けようとする意欲」も見るのか?
5. エンプロイアビリティ・スキル:基本的コアスキルか?より広義の汎用的スキルか?特定の雇用者(分野連関型、業種特有型、企業文化型)が要求するスキルを持つことか?
・多くの定義や指標は、エンプロイアビリティを「仕事を得る能力」とは明示的に捉えていない
・就職率は測定しやすいことから評価指標として選ばれてきたが、実際に測定されているのは学生個人の能力ではなく、教育機関の成果(本質を捉えていない)
・エンプロイアビリティを「卒業時点での能力(graduate attributes)」として捉える場合は、以下の視点があり、それらにより評価や支援のあり方が異なる
(i)すでに獲得(あとは磨くだけ)
(ii)現在、発達の途上にある
(iii)そもそも欠けている
・伝統的企業の採用:未熟でも学ぶ意欲がある卒業生を対象((ii)および(iii))
・現在の企業の採用:即戦力としての能力をすでに持つ人材が求められる ((i))
Institutional Employability
・エンプロイアビリティは高等教育機関に帰属させられる傾向がある(就職率ランキング等)
・エンプロイアビリティの育成が教育課程に明示的かつ統合的に組み込まれている。一方で、そうでないところもある。
・医学、看護、ソーシャルワーク、教員養成などは、将来の職業と結びついた実習型の学習課程を持つ
・哲学、文学、社会科学の多くのプログラムは、特定の職業との直接的な関連を持たない傾向にある
→法的に定められた職業実習を含まない分野においても、インターンシップ、企業連携プロジェクト、職場見学やワークシャドウイングといった仕組みを通じて、エンプロイアビリティがカリキュラムの中に組み込まれている場合もある
・卒業生の就職結果は、「制度としてのエンプロイアビリティ(institutional employability)」の指標とはならず、大学が学生のエンプロイアビリティ向上のために行っている支援の指標にすらなり得ない
操作的定義の欠如と指標の問題
・本来、測定可能な指標を設計するためには、まず明確な定義が必要
・Operationalisation(操作的定義)とは、理論的概念を測定可能な指標へと転換するプロセス(Harvey & MacDonald, 1993)
1. 理論的概念を定義する(Define)
2. その概念の意味を網羅するように、複数の側面(dimensions)に分解する
3. 各側面に対して、指標の候補を列挙する
4. 各側面に対して、1つまたは複数の指標を選択する
5. 各指標について情報を収集するための調査手段(instruments)を設計する
6. 複数の指標セットにするか、指標群・単一の指標にするか、また必要に応じて指標を組み合わせて総合指標にするかを決定する
・しかし政策主導では、定義よりも先に既存の指標(就職率など)を使ってしまう
・結果として「就職率」=「大学の教育成果」という誤った図式が定着してしまっている
大学生のエンプロイアビリティの有効性の測定
・大学における「エンプロイアビリティ・パフォーマンス指標(就業力指標)」は、大学が卒業生の就業力をどれだけ育成できているかを示すもの
・その有効性の測定方法は、エンプロイアビリティの定義によって大きく異なる
・定義① 就職できる能力 → 卒業生の就職率など成果ベースの指標で測定
・定義② 卒業生の資質(能力・スキル) → 大学が提供する能力育成の機会を監査
・定義③ 卒業生の就職満足度 → 学習プログラムの満足度や仕事への準備度で評価
・このうち①と②は本文で詳述する
・③満足度の測定方法は(Harvey & Knight, 1996; Harvey et al., 1997b)で論じられている
・就業力の測定方法の違いは、教育の内容・支援体制・大学への資金配分に影響する
・英国では、政府や資金審議会によって指標化が進められ、大学は「就職に直結する能力育成」に重点を置かざるを得なくなっている
・特にウェールズでは、大学内部で提供されるエンプロイアビリティ機会の内容が報告・評価対象となっており、就業力の定義と測定が教育設計に大きな影響を与えている。
・大学は、学生にどのような種類の機会を提供しているのか、どのような学習環境を整えているのかについて、プログラムレベルと機関レベルの両面から詳細に報告することが求められている
卒業生の就職率
・高等教育の成果を卒業生の就職率で測ろうとする考え方は、「魔法の弾丸(magic bullet)」モデルと呼ばれる単純化された因果関係に基づいている
・このモデルでは、「大学がエンプロイアビリティを育成する機会を提供しさえすれば、卒業生は就職できる」と前提としている(Figure 1)

・しかし、これは過度に単純化された因果モデルであり、就職率をエンプロイアビリティの有効性の指標とするのは、既存の結果から遡って正当化された操作化であり、本質を捉えていない。
・実際のエンプロイアビリティの形成は単純な因果関係ではなく、多層的かつ複雑なプロセスである
・大学は、スキルや知識、自己表現力、学習意欲といったエンプロイアビリティ関連の資質を育成する機会を様々な形で提供しているが、それらは必ずしも明示的ではなく、学生が自ら選択・活用するかどうかにも依存し、学生の個人的背景や学外活動も影響する
・さらに、就職の成否には雇用主の評価や判断が関与しており、大学での教育機会と就職の結果との間に明確な因果関係を見出すのは困難
・エンプロイアビリティの発展は、教育機関と雇用主、学生自身の相互作用によって構成されている

・卒業生の雇用は、表面的にはエンプロイアビリティや大学の教育成果の指標と見なされることがあるが、実際の採用は多くの外的要因に影響されており、教育の効果を正確に反映しているとは言えない
・具体的には、以下の9つの要因が就職率に影響を与える
①大学のブランド(伝統校優先)
②学習形態(パートタイム vs フルタイム)
③地域経済と学生の移動性
④専攻分野の就職構造差
⑤職務経験の有無
⑥年齢
⑦性別
⑧民族性(近年は改善)
⑨社会階級
・加えて、企業の採用基準は恣意的かつ非合理的なバイアス(例:年齢、専攻、出身大学など)に基づくことが多く、合理的な「能力評価」とは言い難い
代替提案:エンプロイアビリティ監査(Employability Audit)
・エンプロイアビリティを「卒業生が持つべき属性(スキル・態度・能力)」と定義した場合、大学の教育効果を評価する方法として「エンプロイアビリティ監査」が提案される
・就職率といった成果ベースの指標では、必ずしも大学の教育的貢献を正確に反映できない。なぜなら、学生が身につけた属性が教育機関によるものか、もともとの資質かは判別が難しいから
・卒業時点での能力と入学時点での能力の差を測る「付加価値(value-added)」指標もあるが、教育機関の影響と個人要因を完全に分離するのは困難
・そのため、より現実的な方法として、「提供された学習機会」自体に焦点を当てて監査することが提案
・エンプロイアビリティ監査:学生が大学でどのようなエンプロイアビリティ開発機会を得られるかを調査:監査の対象となる要素には、以下のような教育・支援活動が含まれる
・職業体験の種類:サンドイッチ・コース、ライブプロジェクト、短期インターン、ワークシャドウイング等
・体験の再活用の仕組み:単なる体験にとどまらず、振り返りや応用ができる学習設計
・能力開発のカリキュラム統合:求職・就職スキルの明示的な学習機会
・自由選択型のキャリア支援:キャリア教育、スキル科目、キャリアセンターのサービスなど
・課外活動の学習化:学生が課外活動を通して得た経験を言語化・評価する支援
・エンプロイアビリティ監査は、教育の効果を成果(アウトプット)ではなくプロセスで捉える
・自己申告(self-report)形式が基本だが、内容の妥当性確認のために外部のチェック(オーディット)やQAAによる「ドロップイン」方式の訪問調査が行われる可能性もある
エンプロイアビリティ監査の方法論的課題
・用語・カテゴリの曖昧さ(例:「職場体験」や「就職先」の定義のばらつき)
・データの不均質性、分類の困難、機関間の比較可能性の欠如
・監査は、教育戦略の体系化や内部改善の契機となる有効な方法である
結論
・就職率ではなく、教育プロセスの可視化と改善へ 単純な成果指標(就職率)ではなく、教育のプロセスや機会提供を評価すべき
・外部比較ではなく、内部改善を目的とした縦断的な自己評価とフィードバックが重要
・エンプロイアビリティの評価には、改善すべき点を明確に示す必要があり、それは、長期にわたって、成果(卒業生の雇用)とインプットおよびプロセス(エンプロイアビリティの機会を開発するための努力) を比較・評価する、内部的で縦断的なベンチマークによってなされるかもしれない(Harvey, 2000)
ここまで。
本論文を通して、大学から見たエンプロイアビリティという概念に対する現状と課題について概観できました。印象的だったのは、卒業生の就職率をもって教育機関の成果とする「魔法の弾丸モデル(magic bullet)」への痛烈に批判していたこと。どうしても手っ取り早い就職率でエンプロイアビリティを見てしまいがちですが、具体的にどのようなスキルを教育を通して付与するのかという議論までは深く踏み込めていないのが現状なのだと再認識しました。
そして、それに代わる現実的かつ教育的意義のある評価枠組みとして「エンプロイアビリティ監査(employability audit)」が提案されていました。日本のでは認証評価が十されていますが、その中にもエンプロイアビリティに繋がる要素は評価対象となっているように思います。ただ、エンプロイアビリティがどのような概念で構成されているのかについては、まだ決着がついていないようで、その点が測定・評価を曖昧にしている要因なのだとも感じました。この点についてはもう少し調べてみたいと思います。
社会で活躍する人材育成に寄与したいというのが自分の思いなので、その点でエンプロイアビリティとは重なる部分があるなと感じました。どのような教育を実施すればこの点を改善できるのか、引き続き調査・研究していこうと思います。
これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。
コメント