ソフトスキルの転移について、行動科学分野の知見も含めてフレームワークを作成し、システマティック・スコーピングレビューを通して、各構成要素の重要度を明らかにした論文をレビューします。
論文はこちら(被引用数:9件 (2025年6月8日時点))
Hamzah, H. A., Marcinko, A. J., Stephens, B., & Weick, M. (2025). Making soft skills ‘stick’: a systematic scoping review and integrated training transfer framework grounded in behavioural science. European Journal of Work and Organizational Psychology, 34(2), 237-250.
「ソフトスキル研修は、職場で望ましい行動変容をもたらさないことが多い」
この問題解決のために、著者らは、ソフトスキル研修転移の分野だけでなく、行動科学分野にも着目し、両者を統合した総合的なフレームワーク(COMPASSモデル)を作成しています。それだけでも大きな功績だと思うのですが、更にソフトスキルの研修転移に関する論文のスコーピングレビューを実施し、COMPASSモデルのどの構成要素が研修転移にとって重要であるかを明らかにしています。凄すぎ。
「COMPASSモデルの作成」→「システマティック・スコーピング・レビュー」の大きく2つに分けて考察していきます。
「Baldwin and Ford(1988)の研修転移フレームワーク」+「COM-Bモデル」を統合して作成
ソフトスキルとは
・「open skills」あるいは「transfertable skills」とも呼ばれる(Yelon & Ford, 1999)
・汎用的かつ非技術的なスキルで、自己および対人行動に焦点を当て、様々な状況において練習と反復が必要(Marin-Zapata et al., 2021)
・具体的かつ技術的な「ハードスキル」(例:財務データ分析や安全手順)とは対照的
ソフトスキル開発
・ソフトスキルを高めるためには、関連する行動が自動的・習慣的・労力を要しない状態になる必要がある(Marteau et al., 2012;Zinsser, 2022)
・ソフトスキルのような複雑な行動には、長期的かつ一貫した開発が求められる(Kirkpatrick, 1976)
・ソフトスキルの研修は、職場において自動的で努力を要しない自己管理的および対人関係的な行動を育成することを目的としている(Zinsser, 2022)。
転移
・どのように、いつ、なぜ研修による学びが職務に移転されるのかについては、いまだに見解の一致を見ない(Beer, 2011;Ford et al., 2018;Grossman & Salas, 2011)
・特に「転移問題」はソフトスキル開発において顕著(Baldwin & Ford, 1988;Lacerenza et al., 2017;Laker & Powell, 2011)
・行動変容に関する研究分野である「行動科学」は、このような研修転移に関する主要文献において、ほとんど完全に欠落している。
行動科学
・行動科学分野の研究者は、習慣(habits)(例:Evans, 1984;Kahneman & Frederick, 2002;Strack & Deutsch, 2004)、態度(attitudes)(例:Verplanken & Orbell, 2022)、および規範(norms)(例:Reynolds et al., 2015)等のテーマに基づいて、効果的な行動変容介入の設計を行ってきた
・行動変容介入の文脈において、行動科学の文献に基づいたアプローチは、理論的にも実践的にも有用な知見を提供できる可能性があり、それはソフトスキルの転移にも適用可能
・特に、Michieら(2011)が開発したCOM-Bモデル(行動変容を「能力(capability)」「機会(opportunity)」「動機(motivation)」の3つの要素を通じて捉える)が価値が高い(figure 1)
・能力・機会・動機の重要な役割は、33の行動変容理論の統合から導き出された(Cane et al., 2012;Michie et al., 2005)
・Michieら(2011)は「行動変容ホイール(behaviour change wheel)」によって、9つの異なる行動変容アプローチを特定し、それぞれのアプローチがどのような状況で最適に使用されるかを示した

※Michieら(2011)より引用
・このCOM-Bモデル(能力・機会・動機)と行動変容ホイール(9つのアプローチ)の対応関係を示したものがFigure1(COMPASSモデル内の各構成要素に最適なアプローチを示す)
※Figure1のアプローチは8つになっていますが、「Coercion(強制):罰則や罰金などによって行動を変えさせるアプローチ」は研修転移とは適さないものであるから除外しているのだと思います

(Capability:能力)
・身体的能力:体力・身体スキルなど、行動を実行するための身体的条件
・心理的能力:知識、認知スキル、自己効力感など、行動の計画や判断に必要な精神的能力
(Motivation:動機)
・内省的動機:目標、意図、信念など、意識的・論理的な思考に基づく動機
・自動的動機:習慣、感情、衝動など、無意識で反応的な動機
(Opportunity:機会)
・物理的機会:時間・道具・職場の制度など、行動を実行するための物理的・制度的支援
・社会的機会:上司・同僚・組織文化など、社会的な支援や影響
・「教育(education)」や「研修(training)」といった、組織学習におけるもっとも一般的なアプローチに加えて、「環境の再構築(environmental restructuring)」「モデリング(modelling)」「能力付与(enablement)」「インセンティブ(incentivization)」「説得(persuasion)」「制限(restriction)」といった、研修文献ではあまり注目されていないアプローチも含まれている(Blume et al., 2019;Bell et al., 2017;table S1)
・研修や教育は、「機会の障壁(opportunity barriers)」を克服するには最適な方法ではないとされている(Michie et al., 2011)
・研修転移の文献において、Baldwin and Ford(1988)の転移フレームワークは非常に影響力のあるものとして広く認知されている(※Baldwin and Ford(1988)のフレームワークの図は当論文中になかったので、原著を当たり翻訳しました )

・しかし、上記モデルは、行動科学文献から得られた最新の知見を統合し、「転移問題」に対処しようとした試みは存在していない
・このギャップを埋めるために、行動変容理論に基づくソフトスキル転移のための新しい概念的枠組み「COMPASSモデル(Capability, Opportunity and Motivation of Professionals’ Application of Soft Skills)」を提案(COM-BモデルとBaldwin and Ford(1988)の研修転移フレームワークを統合)
・COMPASSモデルがこちら(Figure 2)

・完全性を期すため、「外的要因(external factors)」を職場環境の下位区分として追加
・研修転移が、主に組織あるいは個人の制御外にあるマクロレベルの要因(政府の政策や地政学的出来事:Tessema et al., 2012)によって影響される可能性があることを意味する
・ただし、当研究の焦点は、転移問題の「実際的な(tangible)」解決策にあるため、この論文では外的要因については詳しく扱わない
・レビューから得られた定量的情報に基づき、各要因の影響のエビデンスを評価し、どの要因が研修転移にとって実質的に重要であるかを検討
・このモデルを通じて、従来の組織開発文献では見落とされがちだった研修転移の構成要素を抽出することができる
分析の流れ
・対象者:「専門職(Professionals)」(企業、組織、機関において、成人として何らかの業務に従事している人々)
・企業や組織のオーナー、MBAなどのビジネス課程学生も含まれる
・学部学生がソフトスキルについて学ぶような研究は除外
・選定:研修転移やソフトスキルに関する6,352の論文から、厳格な基準でスクリーニングで91本を厳選
・データ合成:結果の記述的分析を行い、出版年、地理的地域、方法論、対象者、スキルの種類ごとに分類
・結果を、COMPASSフレームワークを用いて理論的に分析
・モデルの「研修デザイン」コンポーネントを精緻化するため、要因を再評価
・各要因の効果に関するエビデンスに基づき、転移に影響を与える可能性のある要因を分類
・結果として、ソフトスキルの転移を予測する要因として研究されていた69の要因を抽出(日本語訳をつけたのが以下)

・続いて、COMPASSモデルにおける4つの要素(能力・機会・動機・研修の特徴)が、ソフトスキルの転移にどれだけ効果的であるかを、エビデンスの質と量に基づいて分類・整理(Table 3)

・グループA:有効性に関する好ましいエビデンスがある。有意な知見の割合が高く(>50%)、かつ総サンプルサイズも大きい(n > 250)
・グループB:新たにエビデンスが出てきた要因。有意な知見の割合が高い(>50%)が、総サンプルサイズは比較的小さい(n ≤ 250)
・グループC:エビデンスが不明確な要因。有意な知見の割合が低く(≤50%)、かつ総サンプルサイズも小さい(n ≤ 250)
・グループD:エビデンスが限られている要因。総サンプルサイズは大きい(n > 250)が、有意な知見の割合が低い(≤50%)
・これは、「COMPASSの全構成要素がソフトスキル転移にとって重要である」ことを示している
・特に研修の特徴(Training features)は、多くの要因がここに分類され、かつGroup Aにも多く含まれていることから、実務上の設計が非常に重要であると解釈できる
・ただし、他の要素(動機・機会・能力)も同様に重要であるため、包括的な支援が必要
・「どのような要因がソフトスキル転移に効果的か(Group A)あるいは有望か(Group B)」を、 COMPASSモデルの6領域(能力・機会・動機の下位分類)に割り当て、 さらにそれぞれに対して、適切な行動変容アプローチ(Behaviour Change Approach)を示したのがTable 4

この表の下部に記載されている「行動変容を促すための推奨方法」を日本語訳してまとめました

補足資料のS1に行動変容アプローチの一覧と定義がまとめられていましたので、日本語訳したものをメモしておきます。

・69の要因をCOMPASSの初期定式化にマッピングしたところ、若干の修正点が出た
・Baldwin and Ford (1988)の「研修デザイン」のテーマは、3つの細分化された「研修の特徴」(研修内容、研修デザイン、研修実施)に変換
・COMPASSモデルのすべてのテーマ(サブテーマ含む)には、研修転移を促進する可能性の高い要因があり、どの要因のクラスターも他のクラスターよりも効果的であることは確認されなかった
→COMPASSのすべての要素が、ソフトスキルの転移に役割を果たしていることを示唆している
Implications for practice(実践への示唆)
・実務者は、COMPASSのすべての要素を活用することで、ソフトスキルの転移を促進できる
(例:Table 4に挙げられたGroup Aの要因を参照)
・研修前に関連するタスクや状況に対して準備を促す(サブテーマ:身体的能力)
・職場での任務割り当てなどによって達成可能(例:Lombardo & Eichinger, 1998)
・ストレス対処の自己管理スキル強化(サブテーマ:心理的能力)もソフトスキル転移の促進に寄与
・自発的な参加(サブテーマ:反映的動機づけ)も有効で、行動に慣れ親しむことで得られる自信や安心感も効果的
・研修後に職場でスキルを適用する機会(サブテーマ:物理的機会)を十分に確保する
・上司・同僚と成果を共有したりフィードバックを受けたりすること(サブテーマ:社会的機会)を促進する必要
・「研修後すぐの応用」という要因は、環境再構築(例:仕事の再配分)や社会的機会(例:上司・同僚からの支援)の形で促進されうる
・教育や研修に加えて、説得、インセンティブ、制限、環境再構築、モデリング、能力付与(支援)など、行動変容に関する他のアプローチも考慮すべき
・「研修後すぐの応用」は、環境再構築(例:業務割り当ての変更)などを通じて物理的機会を高めるために活用できる
・Googleの「ささやき講座(whisper courses)」は、教育、説得、環境再構築、支援(enablement)を組み合わせたメールベースの介入であり、マネージャーが学んだスキルを適用するよう促す
・COMPASSモデルは、COM-Bモデルを超えて、研修転移に資する研修の特徴(training features)を明示的に示している
Limitations and future directions(限界と今後の方向性)
・当レビューでは、査読済みの学術論文のみを対象としているため、決して網羅的ではない
・定量化が容易、現在の研究動向に沿っているといった理由で、より頻繁に研究されている可能性
・今後は、より質の高い研究、特に実験的な研究を通じて、ソフトスキル研修転移に関連する各要因の有効性を検証することが望まれる
・将来的には、効果の大きさやその変動要因を特定するため、厳密な統計手法での調査が求められる
・本レビューでは、「マネジメント支援」が研修転移を促進するという有力なエビデンスが示された一方で、「ピアサポート(同僚の支援)」は限られたエビデンスしか得られなかった
・一部の研究は、ハードスキルとソフトスキルの区別を行っていなかったために除外した(例:Burke & Hutchins, 2007;Salas & Cannon-Bowers, 2001)
Conclusion(結論)
・本研究の目的は、行動科学に基づいたソフトスキル研修転移の統合的な理論枠組みを開発すること
・Baldwin & Ford(1988)の転移モデルとCOM-B行動変容モデルを統合し、COMPASSモデルを提案
・COMPASSモデルの妥当性を検証するため、ソフトスキル研修転移に関連する69の要因を抽出し、スコーピングレビューを実施
・COMPASSモデルは文献を良好に捉えており、すべての構成要素が転移に寄与しているエビデンスが確認された
・このモデルは、将来のソフトスキル転移研究の指針となり、研修提供者に対してその内容を見直すための示唆を提供し、人材育成に投資する組織にとっての意思決定支援となりうる
ここまで。
いやぁ、壮大な研究でした。自分の興味・研究領域のど真ん中。実務にも非常に役立つ気づきを与えてくれる素晴らしい論文でした。今年に発表されたものですが、既に8件も引用されており、今後、経営学においてソフトスキル開発の研究などでものすごく引用される気がします。
研修はやって終わりでは意味がない。行動変容が起こり、実務に活かされてこそ本当の意味があります。しかも、ハードスキルに比べて、ソフトスキルは転移しづらいと言われており、ソフトスキルの研修転移を成功させるためには様々な工夫が必要となります。
その点において、本論文で紹介されているCOMASSモデルや、スコーピングレビューから導き出したソフトスキル研修における有望な要因などは非常に活用できそうです。
このCOMPASSモデルを眺めながら、ソフトスキル開発のための介入施策を”総合的に”実施していきたいです。受講者の特徴(身体的、精神的)に配慮しつつ、内容、デザイン、実施という3つの側面を意識した研修を行い、職場環境の支援(物理的、社会的)も組み合わせて行う。具体的な方法はこのFigure4に書かれたものを色々と試してみたいと思いました。

論文はこちら(被引用数:9件 (2025年6月8日時点))
Hamzah, H. A., Marcinko, A. J., Stephens, B., & Weick, M. (2025). Making soft skills ‘stick’: a systematic scoping review and integrated training transfer framework grounded in behavioural science. European Journal of Work and Organizational Psychology, 34(2), 237-250.
「ソフトスキル研修は、職場で望ましい行動変容をもたらさないことが多い」
この問題解決のために、著者らは、ソフトスキル研修転移の分野だけでなく、行動科学分野にも着目し、両者を統合した総合的なフレームワーク(COMPASSモデル)を作成しています。それだけでも大きな功績だと思うのですが、更にソフトスキルの研修転移に関する論文のスコーピングレビューを実施し、COMPASSモデルのどの構成要素が研修転移にとって重要であるかを明らかにしています。凄すぎ。
「COMPASSモデルの作成」→「システマティック・スコーピング・レビュー」の大きく2つに分けて考察していきます。
COMPASSモデル(Capability, Opportunity and Motivation of Professionals’ Application of Soft Skills)
COMPASSモデルとは、ソフトスキル転移の主要な要素を捉える統合的フレームワーク「Baldwin and Ford(1988)の研修転移フレームワーク」+「COM-Bモデル」を統合して作成
ソフトスキルとは
・「open skills」あるいは「transfertable skills」とも呼ばれる(Yelon & Ford, 1999)
・汎用的かつ非技術的なスキルで、自己および対人行動に焦点を当て、様々な状況において練習と反復が必要(Marin-Zapata et al., 2021)
・具体的かつ技術的な「ハードスキル」(例:財務データ分析や安全手順)とは対照的
ソフトスキル開発
・ソフトスキルを高めるためには、関連する行動が自動的・習慣的・労力を要しない状態になる必要がある(Marteau et al., 2012;Zinsser, 2022)
・ソフトスキルのような複雑な行動には、長期的かつ一貫した開発が求められる(Kirkpatrick, 1976)
・ソフトスキルの研修は、職場において自動的で努力を要しない自己管理的および対人関係的な行動を育成することを目的としている(Zinsser, 2022)。
転移
・どのように、いつ、なぜ研修による学びが職務に移転されるのかについては、いまだに見解の一致を見ない(Beer, 2011;Ford et al., 2018;Grossman & Salas, 2011)
・特に「転移問題」はソフトスキル開発において顕著(Baldwin & Ford, 1988;Lacerenza et al., 2017;Laker & Powell, 2011)
・行動変容に関する研究分野である「行動科学」は、このような研修転移に関する主要文献において、ほとんど完全に欠落している。
行動科学
・行動科学分野の研究者は、習慣(habits)(例:Evans, 1984;Kahneman & Frederick, 2002;Strack & Deutsch, 2004)、態度(attitudes)(例:Verplanken & Orbell, 2022)、および規範(norms)(例:Reynolds et al., 2015)等のテーマに基づいて、効果的な行動変容介入の設計を行ってきた
・行動変容介入の文脈において、行動科学の文献に基づいたアプローチは、理論的にも実践的にも有用な知見を提供できる可能性があり、それはソフトスキルの転移にも適用可能
・特に、Michieら(2011)が開発したCOM-Bモデル(行動変容を「能力(capability)」「機会(opportunity)」「動機(motivation)」の3つの要素を通じて捉える)が価値が高い(figure 1)
・能力・機会・動機の重要な役割は、33の行動変容理論の統合から導き出された(Cane et al., 2012;Michie et al., 2005)
・Michieら(2011)は「行動変容ホイール(behaviour change wheel)」によって、9つの異なる行動変容アプローチを特定し、それぞれのアプローチがどのような状況で最適に使用されるかを示した

※Michieら(2011)より引用
・このCOM-Bモデル(能力・機会・動機)と行動変容ホイール(9つのアプローチ)の対応関係を示したものがFigure1(COMPASSモデル内の各構成要素に最適なアプローチを示す)
※Figure1のアプローチは8つになっていますが、「Coercion(強制):罰則や罰金などによって行動を変えさせるアプローチ」は研修転移とは適さないものであるから除外しているのだと思います

(Capability:能力)
・身体的能力:体力・身体スキルなど、行動を実行するための身体的条件
・心理的能力:知識、認知スキル、自己効力感など、行動の計画や判断に必要な精神的能力
(Motivation:動機)
・内省的動機:目標、意図、信念など、意識的・論理的な思考に基づく動機
・自動的動機:習慣、感情、衝動など、無意識で反応的な動機
(Opportunity:機会)
・物理的機会:時間・道具・職場の制度など、行動を実行するための物理的・制度的支援
・社会的機会:上司・同僚・組織文化など、社会的な支援や影響
・「教育(education)」や「研修(training)」といった、組織学習におけるもっとも一般的なアプローチに加えて、「環境の再構築(environmental restructuring)」「モデリング(modelling)」「能力付与(enablement)」「インセンティブ(incentivization)」「説得(persuasion)」「制限(restriction)」といった、研修文献ではあまり注目されていないアプローチも含まれている(Blume et al., 2019;Bell et al., 2017;table S1)
・研修や教育は、「機会の障壁(opportunity barriers)」を克服するには最適な方法ではないとされている(Michie et al., 2011)
・研修転移の文献において、Baldwin and Ford(1988)の転移フレームワークは非常に影響力のあるものとして広く認知されている(※Baldwin and Ford(1988)のフレームワークの図は当論文中になかったので、原著を当たり翻訳しました )

・しかし、上記モデルは、行動科学文献から得られた最新の知見を統合し、「転移問題」に対処しようとした試みは存在していない
・このギャップを埋めるために、行動変容理論に基づくソフトスキル転移のための新しい概念的枠組み「COMPASSモデル(Capability, Opportunity and Motivation of Professionals’ Application of Soft Skills)」を提案(COM-BモデルとBaldwin and Ford(1988)の研修転移フレームワークを統合)
・COMPASSモデルがこちら(Figure 2)

・完全性を期すため、「外的要因(external factors)」を職場環境の下位区分として追加
・研修転移が、主に組織あるいは個人の制御外にあるマクロレベルの要因(政府の政策や地政学的出来事:Tessema et al., 2012)によって影響される可能性があることを意味する
・ただし、当研究の焦点は、転移問題の「実際的な(tangible)」解決策にあるため、この論文では外的要因については詳しく扱わない
システマティック・スコーピング・レビュー
・研修転移に影響を与える要因の全体像を把握するため、系統的スコーピングレビューを実施・レビューから得られた定量的情報に基づき、各要因の影響のエビデンスを評価し、どの要因が研修転移にとって実質的に重要であるかを検討
・このモデルを通じて、従来の組織開発文献では見落とされがちだった研修転移の構成要素を抽出することができる
分析の流れ
・対象者:「専門職(Professionals)」(企業、組織、機関において、成人として何らかの業務に従事している人々)
・企業や組織のオーナー、MBAなどのビジネス課程学生も含まれる
・学部学生がソフトスキルについて学ぶような研究は除外
・選定:研修転移やソフトスキルに関する6,352の論文から、厳格な基準でスクリーニングで91本を厳選
・データ合成:結果の記述的分析を行い、出版年、地理的地域、方法論、対象者、スキルの種類ごとに分類
・結果を、COMPASSフレームワークを用いて理論的に分析
・モデルの「研修デザイン」コンポーネントを精緻化するため、要因を再評価
・各要因の効果に関するエビデンスに基づき、転移に影響を与える可能性のある要因を分類
・結果として、ソフトスキルの転移を予測する要因として研究されていた69の要因を抽出(日本語訳をつけたのが以下)

・続いて、COMPASSモデルにおける4つの要素(能力・機会・動機・研修の特徴)が、ソフトスキルの転移にどれだけ効果的であるかを、エビデンスの質と量に基づいて分類・整理(Table 3)

・グループA:有効性に関する好ましいエビデンスがある。有意な知見の割合が高く(>50%)、かつ総サンプルサイズも大きい(n > 250)
・グループB:新たにエビデンスが出てきた要因。有意な知見の割合が高い(>50%)が、総サンプルサイズは比較的小さい(n ≤ 250)
・グループC:エビデンスが不明確な要因。有意な知見の割合が低く(≤50%)、かつ総サンプルサイズも小さい(n ≤ 250)
・グループD:エビデンスが限られている要因。総サンプルサイズは大きい(n > 250)が、有意な知見の割合が低い(≤50%)
・これは、「COMPASSの全構成要素がソフトスキル転移にとって重要である」ことを示している
・特に研修の特徴(Training features)は、多くの要因がここに分類され、かつGroup Aにも多く含まれていることから、実務上の設計が非常に重要であると解釈できる
・ただし、他の要素(動機・機会・能力)も同様に重要であるため、包括的な支援が必要
・「どのような要因がソフトスキル転移に効果的か(Group A)あるいは有望か(Group B)」を、 COMPASSモデルの6領域(能力・機会・動機の下位分類)に割り当て、 さらにそれぞれに対して、適切な行動変容アプローチ(Behaviour Change Approach)を示したのがTable 4

この表の下部に記載されている「行動変容を促すための推奨方法」を日本語訳してまとめました

補足資料のS1に行動変容アプローチの一覧と定義がまとめられていましたので、日本語訳したものをメモしておきます。

・69の要因をCOMPASSの初期定式化にマッピングしたところ、若干の修正点が出た
・Baldwin and Ford (1988)の「研修デザイン」のテーマは、3つの細分化された「研修の特徴」(研修内容、研修デザイン、研修実施)に変換
・COMPASSモデルのすべてのテーマ(サブテーマ含む)には、研修転移を促進する可能性の高い要因があり、どの要因のクラスターも他のクラスターよりも効果的であることは確認されなかった
→COMPASSのすべての要素が、ソフトスキルの転移に役割を果たしていることを示唆している
・ソフトスキル研修を職場で適用するための特効薬はない。Table 4と5に示すように、研修提供者と組織が考慮すべき要因は数多くある。
・Table5:好影響(グループA)および新たな影響(グループB)のエビデンスがある研修の特徴リスト
・本レビューで明らかになった最も有望な研修要因の概要

・自発的参加、特定の業務や責任者への従事、生まれつきの気質等の要因も含まれる
・研修そのもの:テクノロジー、マイクロラーニング、時間間隔をあけた研修、その他の学習方法の利用から恩恵を受ける可能性が高い
・研修後、研修生が学んだことを職場で活用する機会を適時設ける必要があり、研修生にはリソースとサポートが与えられる必要がある
(直感的には魅力的かもしれないが、効果的でないかもしれない要因)
・ソフトスキルには自動的で習慣的な行動が含まれるという考え方と一致して、講義や同様の学習形態を通じて知識を習得するだけでは、ソフトスキルの伝達を促進するには不十分だと思われる
・研修前の教材は有用かもしれないが、研修後の教材は効果が低い可能性
・自主的な学習の有効性を示すエビデンスも限られている
・Table5:好影響(グループA)および新たな影響(グループB)のエビデンスがある研修の特徴リスト
・本レビューで明らかになった最も有望な研修要因の概要

・自発的参加、特定の業務や責任者への従事、生まれつきの気質等の要因も含まれる
・研修そのもの:テクノロジー、マイクロラーニング、時間間隔をあけた研修、その他の学習方法の利用から恩恵を受ける可能性が高い
・研修後、研修生が学んだことを職場で活用する機会を適時設ける必要があり、研修生にはリソースとサポートが与えられる必要がある
(直感的には魅力的かもしれないが、効果的でないかもしれない要因)
・ソフトスキルには自動的で習慣的な行動が含まれるという考え方と一致して、講義や同様の学習形態を通じて知識を習得するだけでは、ソフトスキルの伝達を促進するには不十分だと思われる
・研修前の教材は有用かもしれないが、研修後の教材は効果が低い可能性
・自主的な学習の有効性を示すエビデンスも限られている
Implications for practice(実践への示唆)
・実務者は、COMPASSのすべての要素を活用することで、ソフトスキルの転移を促進できる
(例:Table 4に挙げられたGroup Aの要因を参照)
・研修前に関連するタスクや状況に対して準備を促す(サブテーマ:身体的能力)
・職場での任務割り当てなどによって達成可能(例:Lombardo & Eichinger, 1998)
・ストレス対処の自己管理スキル強化(サブテーマ:心理的能力)もソフトスキル転移の促進に寄与
・自発的な参加(サブテーマ:反映的動機づけ)も有効で、行動に慣れ親しむことで得られる自信や安心感も効果的
・研修後に職場でスキルを適用する機会(サブテーマ:物理的機会)を十分に確保する
・上司・同僚と成果を共有したりフィードバックを受けたりすること(サブテーマ:社会的機会)を促進する必要
・「研修後すぐの応用」という要因は、環境再構築(例:仕事の再配分)や社会的機会(例:上司・同僚からの支援)の形で促進されうる
・教育や研修に加えて、説得、インセンティブ、制限、環境再構築、モデリング、能力付与(支援)など、行動変容に関する他のアプローチも考慮すべき
・「研修後すぐの応用」は、環境再構築(例:業務割り当ての変更)などを通じて物理的機会を高めるために活用できる
・Googleの「ささやき講座(whisper courses)」は、教育、説得、環境再構築、支援(enablement)を組み合わせたメールベースの介入であり、マネージャーが学んだスキルを適用するよう促す
・COMPASSモデルは、COM-Bモデルを超えて、研修転移に資する研修の特徴(training features)を明示的に示している
Limitations and future directions(限界と今後の方向性)
・当レビューでは、査読済みの学術論文のみを対象としているため、決して網羅的ではない
・定量化が容易、現在の研究動向に沿っているといった理由で、より頻繁に研究されている可能性
・今後は、より質の高い研究、特に実験的な研究を通じて、ソフトスキル研修転移に関連する各要因の有効性を検証することが望まれる
・将来的には、効果の大きさやその変動要因を特定するため、厳密な統計手法での調査が求められる
・本レビューでは、「マネジメント支援」が研修転移を促進するという有力なエビデンスが示された一方で、「ピアサポート(同僚の支援)」は限られたエビデンスしか得られなかった
・一部の研究は、ハードスキルとソフトスキルの区別を行っていなかったために除外した(例:Burke & Hutchins, 2007;Salas & Cannon-Bowers, 2001)
Conclusion(結論)
・本研究の目的は、行動科学に基づいたソフトスキル研修転移の統合的な理論枠組みを開発すること
・Baldwin & Ford(1988)の転移モデルとCOM-B行動変容モデルを統合し、COMPASSモデルを提案
・COMPASSモデルの妥当性を検証するため、ソフトスキル研修転移に関連する69の要因を抽出し、スコーピングレビューを実施
・COMPASSモデルは文献を良好に捉えており、すべての構成要素が転移に寄与しているエビデンスが確認された
・このモデルは、将来のソフトスキル転移研究の指針となり、研修提供者に対してその内容を見直すための示唆を提供し、人材育成に投資する組織にとっての意思決定支援となりうる
ここまで。
いやぁ、壮大な研究でした。自分の興味・研究領域のど真ん中。実務にも非常に役立つ気づきを与えてくれる素晴らしい論文でした。今年に発表されたものですが、既に8件も引用されており、今後、経営学においてソフトスキル開発の研究などでものすごく引用される気がします。
研修はやって終わりでは意味がない。行動変容が起こり、実務に活かされてこそ本当の意味があります。しかも、ハードスキルに比べて、ソフトスキルは転移しづらいと言われており、ソフトスキルの研修転移を成功させるためには様々な工夫が必要となります。
その点において、本論文で紹介されているCOMASSモデルや、スコーピングレビューから導き出したソフトスキル研修における有望な要因などは非常に活用できそうです。
このCOMPASSモデルを眺めながら、ソフトスキル開発のための介入施策を”総合的に”実施していきたいです。受講者の特徴(身体的、精神的)に配慮しつつ、内容、デザイン、実施という3つの側面を意識した研修を行い、職場環境の支援(物理的、社会的)も組み合わせて行う。具体的な方法はこのFigure4に書かれたものを色々と試してみたいと思いました。

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