問題解決型学習(PBL:Problem-based learning)がソフトスキルの育成に与える影響をシステマチックレビューで分析した論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:58件 (2025年6月12日時点))
Deep, S., Ahmed, A., Suleman, N., Abbas, M. Z., Nazar, U., & Razzaq, H. S. A. (2020). The problem-based learning approach towards developing soft skills: A systematic review. The Qualitative Report, 25(11), 4029-4054.

本論文は、2001年から2016年に発表された32件の文献を対象に、問題解決型学習(PBL)がソフトスキルの育成に与える影響をTVET:Technical and Vocational Education and Training(職業教育訓練)および他の分野において系統的に検討した内容です。
RQは以下の3つです。
1. TVET学生および非技術系分野の学生のソフトスキル育成におけるPBLの役割は何か?
2. PBLアプローチを通じて、異なる学問分野の学生はどのようなスキルを獲得しうるのか?
3. 教員がPBLを教授アプローチとして導入しようとする際に直面する課題や配慮すべき点は何か?

以下、内容を端的にまとめます。

方法
・体系的文献レビュー(SLR):特定の研究テーマに関する既発表の学術文献の現状を、明示的かつ厳格で包括的なアプローチでレビューし要約する手法(Ramiro, 2017)
・広範な情報源の範囲、基準に基づく選択、明確な検索戦略、厳格で体系的な評価、および内容分析に基づく質的要約が特徴(Fischer et al., 2017)。

データ収集(Data Collection)
・英語で書かれた論文を選定対象
・期間に関しては、選択範囲が狭すぎると適格な研究数が大幅に制限される可能性があるため、より広い期間を選択した(Meline, 2006)。
・臨床手続きまたは診断、性別、学年、言語、障害、地理的地域などの特徴は、研究対象集団の関連属性として含まれる可能性があるため、本研究は介入およびスキルに関する研究に限定して実施

包含基準(Inclusion Criteria)
・2001年~2016年までの研究を対象期間として選定
・その後、対象とするソフトスキルによってさらに絞り込み
・学術知識の習得や保持に対する介入の効果に焦点を当てた研究は、関連性が低いため除外

文献検索(Literature Search)
・Google Scholar、Web of Sciences、ERIC、Science Direct の4つの電子データベースを広範に検索
・キーワード:PBL、問題解決型学習、ソフトスキル、雇用可能性スキル、汎用的スキル、非技術的スキル、生活学習スキルなど
・Table1は、使用された検索資料のタイプを示す
・資料の大部分は雑誌記事であり、会議記事、学位論文、書籍は少なかった
table1
・PBLが学生のソフトスキルに負の影響を与えることを示す記事も含まれるように決定したが、研究は見つからなかった

データ整理(Data Arrangement)
・研究デザイン、目的、RQに基づいて、対象となる論文を収集・整理
・論文は、概念研究、レビュー研究、実証研究の3つのタイプに分類

データ抽出(Data Extraction)
・文献のタイトル、種類、研究焦点、研究方法、調査地域、サンプル、主な結果、示唆、限界といった情報を抽出するための指針とした(Appendix 2, 3, 4)
・Table 2 は、このデータ記録の一例を示す
table2
・論文の選定と妥当性検証は、「批判的評価スキルプログラム(CASP)」を用いて、3名の定性的研究者によってクロスチェックされ、Appendix 1 にその詳細が示されている
・系統的レビュー研究を評価する際に重視される3つの基準(Burls, 2014)
 (1)研究は妥当か、(2)結果は何か、(3)その結果は地域で応用可能か
・一部の研究は、研究デザインの不備や不公開研究であったため除外され、最も関連性の高いもののみをSystematic Review Checklist(Akobeng, 2005)に従って最終的に残した。

データ統合とテーマ生成(Data Synthesis and Theme Generation)
・質的データ統合は、メタアナリシスが適切でないと判断される場合に、質的研究および量的研究の双方からの知見を統合するために用いられる(Mays et al., 2005)
・本系統的レビューでは、多様な研究からの知見を統合するため、テーマ分析を実施
・対象となった研究群の異質性が高かったため、テーマ的統合の手法を選択
・テーマ分析とは、質的研究において、データを横断的に分析し、パターン(テーマ)を特定・分析・報告する手法
・テーマ的統合は、複数の研究における繰り返し現れるテーマを特定し、それを解釈し、体系的レビューにおいて結論を導き出す手法(Cruzes & Dyba, 2011)。
・RQに関するキーワードを念頭に置き、データを精査した結果、3つの主要テーマ、サブテーマが抽出
1. 「技術系分野におけるPBLの役割」
 ・サブ①「TVETにおけるPBLによるスキル育成」
 ・サブ②「TVETへのPBL導入提案モデル」
2. 「他分野におけるPBLの役割」
 ・サブ①「ソフトスキルに対するPBLの効果」
 ・サブ②「PBL vs 従来型教授法」
 ・サブ③「PBLを通じたソフトスキル習得」
3. 「教育者にとっての重要な含意」

Findings
テーマ1:技術分野におけるPBLの役割(Theme 1: Role of PBL in Technical Fields)
サブテーマ:TVETにおけるPBLによるスキル育成(Sub-theme: Skills Development by PBL in TVET)
・いくつかの研究によると、問題解決、チームワーク、自己学習、自己規律、リーダーシップ、職業倫理といった多くのスキルが、PBLアプローチを通じて育成されうることが示されている(Yeh et al., 2011)。
・PBLの活用は、TVET環境における問題解決能力、対人スキル、生涯学習能力、コミュニケーション能力といった雇用可能性スキルの向上にも寄与する(Ismail, 2013)
・TVETでは、実践的スキルやハンズオンスキルの習得に重点が置かれているため、批判的思考や事実知識の習得に対する関心は、学術教育に比べて相対的に低い(Ismail, 2013)。
・PBLの導入がビジネスやマネジメント分野の学生(例:リーダーシップ、チームワーク、自己規律)における労働力としての能力向上に有効であることが実証された(Yeh et al., 2011)
・PBLの授業が数学の授業に導入された際、学生のモチベーションが向上した
・学生によれば、PBLは現実的な事例を取り上げ、調査を促進するグループ学習であり、学習への関心を高め、持続的な知識の定着に貢献する(Hatsaru & Küçükturan, 2009)。

サブテーマ:TVETへの研究モデルの導入(Sub-theme: Proposed Research Model into TVET)
・ある研究では、TVETにおける汎用的スキルの評価モデルを提案しており、PBL評価設計は特にエンジニアリング分野におけるスキル評価において信頼性が高い
・TVETにおける理想的なカリキュラムを提案する研究では、教員が指導戦略の一つとしてPBLを活用し、学生の創造性や多様な能力を伸ばすことで、ビジネス界、社会、個人のキャリア形成のニーズに応えるべきであると主張
・職業教育訓練(TVET)の環境にPBLアプローチを導入することで、エンプロイアビリティスキルを向上させる可能性がある(Rauら, 2006)
・重要な要素や特徴を持つPBLは、職業教育訓練アプリケーションに関連したモデル設計における中核として利用することができる(Mohamad & de Graaff, 2013)
・教育システムにおける新たなパラダイムは、21世紀型スキルに準拠した学生を育成することを目指しており、これはあらゆる学習および教授法に共通する最終目標でもある(Ismail, 2013)
(総括)
・PBLがTVETにおけるスキル育成、特にソフトスキルの育成において重要な役割を果たしている一方で、既存の実証研究は依然として不十分であることを示している
・国によっては、技術系スキルに焦点を当てた研究が存在するものの、それらは非技術的スキルよりもテクニカルスキルを重視する傾向にある
・総合的に見れば、実施された研究は、戦略的な指導、評価、スキル育成におけるPBLの重要な役割を強く支持しており、TVETにおけるソフトスキル育成にとって意義深いことが示唆されている

テーマ2:他分野におけるPBLの役割
サブテーマ:ソフトスキルに対するPBLアプローチの影響(Sub-theme: The Impact of PBL Approach on Soft Skills)

・PBLは、様々な文脈や領域において、卒業生のソフトスキルの育成において肯定的な効果を示した
・PBLは、学生が意思決定の合理的側面を認識し、倫理的な課題に直面し、複数の視点を尊重する力を育むことを可能にする
・学生の自己評価では、PBLを通じた能動的な参加によって学びが深まり、汎用的スキル(generic skills)の向上につながったと報告(Agbeh, 2014;Carvalho, 2016;Font & Cebrián, 2013;Hodin & Kärkkäinen, 2014;Razzag & Ahsin, 2011;Zhonglei, 2004)
・PBLは、学生がチームで現実的な課題に取り組み、効果的な解決策を導き出す力を養うことに貢献
・学生の記述的回答によれば、PBLによって深い学びと重要な汎用スキルの習得が促進され、それが将来の実社会における経験や課題への備えとなるとされている
・PBLを通じた教育・学習は、学生の汎用的スキルを高め、それが雇用可能性の向上や、国内外での市場価値の向上に寄与する可能性がある(Baharon, 2013;Mgangira, 2003)。
・現実世界の課題に焦点を当てることで、学生は多様な視点を尊重し、非合理的な意思決定を認識し、倫理的な不確実性に向き合うことができるようになる
・学生に対しては、計画遂行、他者の説得、チームのリード、解決・対話・多様な関係者との意思疎通といったスキルも教示される(Brownell & Jameson, 2004)
・一部の概念研究では、PBLのスキル開発への導入に賛成する結果が示されている
 ・中国のある大学において学部生を対象にスキル開発を目指したコースでは、PBLを通じてスキル育成に大きな効果があったと報告
 ・この研究は、中国の高等教育における革新的な教授法としてPBLを活用するうえで有用であり、学生に協働・意思決定・問題解決といった21世紀の競争社会で評価されるスキルを育成することができるとされている(Pratminingsih, 2009)

サブテーマ:PBLと従来型教授法の比較(Sub-theme: PBL Versus Traditional Teaching Approaches)
・従来の教授法と比較して、PBLは学生のさまざまなスキルに対してより肯定的かつ高い効果を示した
・いくつかの研究では、PBLによる処遇と従来型教育による処遇とを比較するため、単一または複数のスキル評価に焦点が当てられている(Abdul Kadir, 2013;Chan, 2013;Choi et al., 2014;Günüşen et al., 2014;Pratminingsih, 2009;Seren & Ustun, 2008;Sungur & Tekkaya, 2006;Tan et al., 2016)
・ある研究では、PBLが革新に必要な転移可能スキル(transferable skills)を育成する上で有効なアプローチとなり得るかについて検討し、高等教育における従来型教授法と比較した問題解決型学習の有効性に関する現行のエビデンスを精査している
・PBLは革新に関連する特定のスキルの育成に有益であるという有望なエビデンスが示されているが、問題解決型学習と高等教育における有効な教授法との関連性においては、今後さらなる研究が必要(Hodin & Kärkkäinen, 2014)
・メタ分析でPBLと従来型教授法の有効性を比較した研究では、PBLはスキルの発達、長期的な定着、教師および学生の満足度において優れているとされ、従来型教授法は標準化試験による短期記憶の保持にはより効果的であると示された(Strobel & Van Barneveld, 2009)
・PBLは、学生のソフトスキル育成において、従来の教授法よりも有意に効果的であることが明らか
・PBLは学生によって好ましい教授法であると考えられ、今後もさまざまな学問分野における実験的応用が求められる
・PBLが今日の学部生や大学院生にとって必要とされる多様なソフトスキルの開発において、極めて重要な役割を果たしてきたことを示している(Baharon, 2013)

サブテーマ:PBLによるソフトスキルの習得(Sub-theme: Soft Skill Acquisition through PBL)
・PBLによって習得されたスキルの種類に関して、多くの研究が以下のスキルに焦点を当てている:
・対人スキル(interpersonal skills)
・クリティカルシンキング(critical thinking)
・リーダーシップ(leadership)
・コンフリクト解決スキル(conflict resolution skills and traits)
・説得力(persuasion)
・コミュニケーションスキル(communication skills)
・自己効力感(self-confidence)
・ICTスキル(application of acquired knowledge, ICT skills)
・問題解決(problem-solving)
・時間管理(time management)
・モチベーション(motivation)
・創造性(creativity)
・批判的思考(critical thinking)
・チームワーク(teamwork)
・口頭・書面でのコミュニケーション(oral communication, writing)
(Agbeh, 2014;Bahri et al., 2013;Barte & Yeap, 2011;Creswell, 2013;Lasa et al., 2013;Razzag & Ahsin, 2011;Seren & Ustun, 2008;Tan et al., 2016;Warnock, 2016)

テーマ3:教育者にとっての重要な示唆(Theme 3: Notable Implications for Academicians)
・学生および教員の間での深刻な懸念のひとつは、PBLが授業計画、教室での観察、インタビュー、リフレクション・ジャーナルの実施といった面で、時間と労力を要するという点
・これらの課題は、教員がPBLを理解し、学生の学習意欲や学習成果の向上に満足感を得られれば、克服できる可能性があるとされている(Hatsaru & Küçükturan, 2009;Yeh et al., 2011)
・PBLは指導的知識および能力の向上に大きく貢献する(Brownell & Jameson, 2004)
・PBLを効果的に活用するためには、学生に対してPBLの方法論や研究の進め方、情報源へのアクセス方法などについてのガイダンスと認識が必要であることを示している
・専門教育においてPBLを効率的に活用するには、問題解決に取り組むグループの全メンバーが、PBLプロセスを初期段階から十分に理解している必要があり、こうした意識がなければ、PBLの真の成果は得られない(Seneviratne et al., 2001)
・PBL実施中の学生間における対人関係の対立が学習に及ぼす影響についても懸念が示されている(Cooper & Carver, 2012)
・PBLは学生の「動機づけ」は変化しなかった一方で、問題解決スキルの向上には有意な結果が見られたという報告もある(Abdul Kadir, 2013)。
・効果的な教授とPBLの関連性に関する有望なエビデンスがあるにもかかわらず、とりわけ医療分野におけるイノベーションスキルの育成に関しては、さらなる洞察を提供する追加研究が必要(Hodin & Kärkkäinen, 2014)
・PBLでは、問題の設計・洗練、学生への指導、パフォーマンス評価、データ収集、経験分析により多くの労力を要する(Brownell & Jameson, 2004;Yu & Adalikakavan, 2016)
・PBLを通じて非技術的スキルと技術的スキルの両方をカリキュラムに組み込むための概念的枠組みの開発が求められている
・学生グループには明確なルールや期待が与えられ、指導教員との相互理解が深まることで、PBLの潜在力を引き出すことが可能になる(Brownell & Jameson, 2004;Yu & Adalikakavan, 2016)
・PBL導入における困難さにもかかわらず、PBLが移転可能なスキルの育成に効果的なアプローチであると結論づけている(Brownell & Jameson, 2004)

考察(Discussion)
本系統的文献レビュー(SLR)は、TVETを含む様々な分野の学習者におけるソフトスキルの育成に対するPBLアプローチの役割を検討するために実施された。体系的なレビュー手法を用いた本研究では、選定された
・32件の研究のレビューから、PBLには学習者の基本的ソフトスキルを育成する可能性があることが明らかとなった
・ただし、この効果には、ファシリテーターの役割、PBLに対する学生の認知不足、学習プロセス、グループダイナミクスといった要因や、有用な教育的示唆が影響を与える可能性があることも指摘されている(PBLを導入する際に教育機関が考慮すべき点)
・TVET分野におけるPBLの効果に関する文献は依然として乏しいが、全体的な結論としては、PBLをソフトスキル育成のための望ましい教授法として採用することに賛成するものである
・TVETおよび他分野の教育において、従来の教師中心型の教授法と比較して、PBLが卒業生のソフトスキル育成により大きな効果を示すことを裏づけている
・本レビューの結果は、PBLの効果に否定的な一部のメタアナリシス研究(例:Dochy et al., 2003;Rohaeti et al., 2014)とは対照的
・一方で本研究の結果は、PBLがスキル育成に有効であるとする他の研究(Kadir et al., 2016;Tiwari et al., 2006)の知見を支持するものであり、特に南アジア地域を含むさまざまな地域において一般化可能な傾向を示している
・アカデミアおよび教育政策立案者に対して、実用的な示唆を多数提供する。特に、学生の包括的な能力形成と多様な能力育成を志向する教育改革を推進するうえで、単に卒業証書(学位)を与えること以上の価値を追求すべきであるというメッセージがある。
①PBL導入に伴う課題や問題点を明確にし、各教育制度においてそれらを前提に導入設計を行う必要
②ファシリテーターや実施関係者すべてに対して、PBLの各構成要素に関する系統的な研修を行い、教育効果の最大化を図る必要
③学生の幅広い能力育成を志向する教育目標の再構築の必要性を喚起するものであり、それが将来的に「プレミアムのある地位」を職業界で獲得するための基盤となる

限界と今後のRQ
・研究における4つの限界
①対象とした論文は2001年から2016年に発表された実証研究に限定され、PBLアプローチとソフトスキル育成の関係に明確に焦点を当てた研究のみである
②使用したデータベースは限られており、未公表論文は含まれていない
③出版バイアスの影響を排除するために、将来的にはより多様なデータベースを用いたレビューが必要
④本レビューはソフトスキルのうち、学術的知識獲得に直接関連するものを含んでおらず、主にPBLによる本質的なソフトスキル育成に焦点を当てていた

・このような限界を踏まえ、今後は、PBLアプローチの導入とソフトスキル育成に関するより体系的な実証研究が求められる

ここまで。
何よりもまず、32本の問題解決型学習(PBL:Problem-based learning)が学生のソフトスキルを高める可能性があること、特に従来の教師中心型の教授法と比較してより高い効果があるということは、自身の進めている研究の裏付けにもなる良い発見でした。ソフトスキルは様々なものを含む広い概念ですが、PBLとソフトスキルにおける研究の中ではどのような概念が登場するのかを知れたことも良かったです。
また、TVETや医学・人文学といった多様な文脈でPBLの有効性が確認されていることから、PBLが特定の分野に限られた教育手法ではないことも嬉しい発見。年代や学問分野、領域を超えた万能な手法なんだと思います。
一方で、ファシリテーターの力量、グループダイナミクス、導入初期の困難など、実施上の課題が現実的に存在することも正直に示されており、PBLの「万能性」を実現するためには、「適用に際しての慎重な設計と支援体制の重要性」に目を向ける必要があることも改めて考えさせられました。

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