ハードスキル研修とソフトスキル研修の違いを研修転移の観点から整理した論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:901件 (2025年6月13日時点))
Laker, D. R., & Powell, J. L. (2011). The differences between hard and soft skills and their relative impact on training transfer. Human resource development quarterly, 22(1), 111-122.


「ハードスキル(技術的)」と「ソフトスキル(内面的および対人的)」
最近の研修転移のレビュー論文では、この両者の違いに着目するものも出て来ているようですが、以前の文献では、研修をひとまとめ(ハードもソフトも)で捉えていた傾向があるそうです。
しかし、ハードスキル研修とソフトスキル研修は、様々な点で異なり、転移の度合も異なります。
一般的に、ソフトスキル研修の方がハードに比べて遥かに転移しづらいと言われており、このソフトスキルの転移の欠如は、非常に高い時間的・労力的・金銭的コストにも繋がってしまいます。
すなわち、ソフトスキルの転移を促進することが、人材育成だけでなくコストの面から考えても非常に重要となります。
というわけで、本論文では、研修転移を「研修内容(training-content)」の視点から検討し、ハードスキル研修とソフトスキル研修の転移へ影響を及ぼすとされる10の違いを整理してくれています。
10の違いは表にして、それ以外は端的に以下にまとめます。

目的
・ハードスキルとソフトスキルの本質的な違いが研修転移に与える影響を明らかにし、研修転移研究に新たな視座を提供すること

はじめに
・人的資源開発(HRD)の視点において、研修転移(training transfer)とは、「研修で学ばれたことが職場において適用され、職務関連のパフォーマンスを向上させる程度」と定義される(Cromwell & Kolb, 2004;Laker, 1990a, 1990b;Wexley & Latham, 1981)
・研修が職場に転移されないことは、非常に深刻な時間、労力、金銭の浪費につながり、その推定経済損失は年間500億ドルから2,000億ドルにのぼる
・研修転移に影響を与える要因として、研修の設計、個人特性、管理者の支援、組織風土などが特定されてきた(Baldwin & Ford, 1988;Holton, Bates, & Ruona, 2000)
 +「研修内容そのもの」が挙げられる
・研修転移を研究する際、研修はしばしば、その内容を考慮しない視点から扱われる
 ・「ハードスキル(hard skills)」と「ソフトスキル(soft skills)」の違いも、研修転移に大きな影響を与える可能性がある
・逸話的証拠は、ソフトスキル研修はハードスキル研修よりも職場への転移が起こりにくいことを繰り返し示してきた(Foxon, 1993;Georgenson, 1982;Kupritz, 2002)
・ハードスキル研修ではなくソフトスキル研修が、主として人的資源開発(HRD)文献において取り上げられてきた→研修転移に関する研究はほとんどがソフトスキル研修に基づいてなされてきた

関連文献のレビュー
・本論に関連する研究領域は3つある(①研修転移、②ソフトスキル研修、③ハードスキル研修)
・最初の領域には、広範な文献群が存在し、それらは本論の焦点と範囲を超えるため、近年のレビュー論文(Blume, Ford, Baldwin, & Huang, 2009;Burke & Hutchins, 2007;Cheng & Hampson, 2008;Merriam & Leahy, 2005;Toll & Taylor, 2006)を参照されたし
・最近のレビューで論じられた研修転移の取り組みのほとんどが、ソフトスキル研修とハードスキル研修の違いに関するものであった
・ソフトスキルおよびハードスキル研修に関する近年のレビュー文献は、見当たらなかった
・ハードスキル(技術的)研修についての文献が少ないのは、技術研修が理論に基づく実践ではなく、既存の実務(practice)によって導かれてきたという視点によるものである可能性がある

ハードスキル研修とソフトスキル研修を区別すべき理由
①多くの人々が、ハードスキル(技術的な研修、すなわち機器やソフトウェアの操作)とソフトスキル(内面的または対人的スキル)の違いを明確に認識している(Williams, 2001)
②ハードあるいは技術系の分野で研修を受けた人は、ソフトスキル分野で研修を受けた人と異なり、後者の分野で用いられる研修手法には不慣れである
③技術的スキルへの関心が高まっているとはいえ、技術スキルだけでは初級レベルの職務での成功すら保証されず、ましてや専門職での成功には不十分であるという認識が広がっている
→初期レベルの職務を超えた成功には、以下のようなソフトスキル領域での習熟が必要:リーダーシップ、自己管理、対立解決、コミュニケーション、感情的知性など(例:Goleman, 1995;Mitchell, Skinner, & White, 2010)
④技術研修はアメリカ合衆国において提供されている研修の中で最も支配的な形式であり、すべての研修のうち85%以上を占めていると推定されている(Lakewood Publications, 1998;Williams, 2001)
⑤この分野の研究は不足しているが、ほとんどの研究者は、ソフトスキル研修よりもハードスキル研修のほうが職場への転移が容易であるという点に同意する(Merriam & Leahy, 2005;Olsen, 1998)
・表面的にはソフトスキル研修の効果が限定的であると見なされることから、一部の人々は、むしろソフトスキルをすでに備えた人材を雇用するほうが、ソフトスキルを研修によって習得させるよりも良いとすら提案している(O’Sullivan, 2000)

ハードスキル研修とソフトスキル研修の違い
ソフトスキルを学ぶ研修受講者は、ハードスキルを学ぶ場合と比べて、以下のような要因によって悪影響を受けやすいとされている:
(a) 事前の学習経験
(b) 自らの学習に対する抵抗
(c) 組織的な抵抗
(d) 管理職からの支援の欠如および管理職の強い抵抗
(e) 研修ニーズおよび目的の特定の難しさ
(f) フィードバックおよび結果の即時性・顕在性の低さ
(g) 研修内容と職務や職場環境との類似性の低さ
(h) 研修の即時的活用や習熟度の達成の低さ(マスタリー)
(i) 自己効力感の低さ
(j) 指導者および指導方法の違い
(Laker, 1996, 2008)
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まとめ
・ソフトスキル転移の欠如は、時間・労力・資金の面で極めて大きな損失をもたらしている
・本稿が提示する仮説のひとつは、こうした転移の困難さの背景には、研修転移が「研修内容の特性(training content)」を考慮せずに議論される傾向があることが挙げられる。とりわけ、ハードスキルとソフトスキルの間に存在する本質的な違いが見落とされている。
・研修転移を「研修内容(training-content)」の視点から検討し、ハードスキルとソフトスキル研修の間に仮説的に転移へ影響を及ぼすとされる10の内在的な違いを特定した
・最後に改めて述べると、本稿の主目的は、研修転移に関して理論的にも実践的にも関心を持つ読者に対して、もうひとつの視座を提供することにある。 本稿の目的は、決定的な解答を示すことではなく、ソフトスキルとハードスキル研修の違いと、それが転移に及ぼし得る影響についての議論を促すことである。

ここまで。
研修転移の視点から、ハードスキル研修とソフトスキルの研修の違いについて分かりやすくまとめてくれている論文でした。
比較された内容を一覧化して眺めてみると、様々な点でソフトスキル研修の方が転移を考える上で不利な要素が多いことが分かります。例えば、
・ニーズも曖昧で、受講生にフィットしづらく(「もう知ってる」「本当に必要?」「自分に合わない」)
・トレーナーの専門性も伝わりづらく
・組織からの抵抗も大きく(組織の文化や習慣と合わないと抵抗される)
・上司の支援が重要だが得られないことも多く
・職場との類似性が低く(研修で現実世界の複雑さを再現するのが困難)
・得られるフィードバックは人に依存するため、遅く、曖昧で
・効果測定が難しく
・成果も主観的・曖昧で
・自信や自己効力感を得ることが難しい
等々。
ハードスキルの方が転移の観点では様々な面でソフトスキルよりもやりやすそうですね。
ただ、「ハードスキル研修は一気にAIに置き換わりそう」だとも思いました。
ちょうど先日、授業でAIを使いこなす全国の小中高の先生方との会議に参加していたのですが、そこで
「AI時代では教えるだけの先生は要らなくなる。ファシリテーターなどに役割がシフトする」
ということを話されていたのを思い出しました。
自分なりに咀嚼すると、教える内容によってそれは変わってくるのだと思いました。
つまり、知識を暗記することが中心の科目学習(認知スキル)についてはAI中心になっていく。
一方、ソフトスキルや非認知スキルは、他者との関わりや文脈に根差した経験を通して育まれる。
そのための経験をプロデュースしたり、振り返りなども含めて学びをファシリテートしていくことがこれからの教師に求められることなのかなと思いました。
おそらく教育目標も、学業成績(認知スキル)から非認知スキルの領域へとどんどんシフトしていくのでは、と思います。社会が求めるスキルがそちらに移行しているので、学校も流れに合わせて変わっていく必要があると思います。
ここで本論文の話に戻りますが、ソフトスキルの育成は、ハードスキルと比べて色々と困難な要素が沢山あります。質の高いソフトスキルの学習の場を設けるためにも、本論文が整理してくれた10の困難さを一つひとつ確認しながら対処し、少しでも転移が促進されるような学びの場を実践していきたいと思いました。

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