学生の省察的思考(Reflective Thinking)レベルを測定する尺度開発論文をレビューします。

論文はこちら(被引用数:1,222件 (2025年6月21日時点))
Kember, D., Leung, D. Y., Jones, A., Loke, A. Y., McKay, J., Sinclair, K., ... & Yeung, E. (2000). Development of a questionnaire to measure the level of reflective thinking. Assessment & evaluation in higher education, 25(4), 381-395.

社会の課題の多くは、複雑で曖昧で、決まった正解がないことから扱いにくいという性質を持っています。では、この決まった正解のない難しい課題に立ち向かうための学びを現在の教育現場は十分提供できているのでしょうか?
ドナルド・ショーンは、特に医師や教師などの専門職教育の現場では、こうした複雑さを十分に反映せず、「問題を正しく定義して、決まった手順で解決する」というような、合理的で手順重視のやり方を教えることが多いと批判。更に、「決まった正解がない現実」に対応できるようになるためには、「Reflective Practitioner」を育てることが大事であるとも提言しました。
ショーンのこの提言は世界中で広く受け入れられ、リフレクティブなカリキュラムの拡大とともに、リフレクション、省察的思考、リフレクティブな実践および関連するトピックに関する膨大な文献が発展してきました。著者たちは、省察的思考を促す授業やカリキュラムが実際に学生に効果をもたらしているかを客観的に評価できる方法の必要性を感じ、本尺度の開発に向かうこととなったそうです。
では、ポイントをまとめていきます。

【メジローによる省察的行動の分類】
・非省察的行動(3種):習慣的行動、思慮ある行動、内省
・省察的行動(2つの水準)
 ・低次:内容的省察(Content Reflection)と過程的省察(Process Reflection)
 ・高次:批判的省察(=前提省察:Premise Reflection)←最も重要で深いレベル
  ※「批判的省察(Critical Reflection)」という用語を用いたデューイ(1933)に由来

【初期質問表の構成】
・6つの下位尺度が含まれていたが、心理測定的性質が不十分
・特定の下位尺度用に作成された項目が、他の下位尺度にも因子負荷を示し、構成概念間の類似性や重複によって明確に分離されなかった

【下位尺度の削除と再構成】
・内容的省察と過程的省察という区分を削除し、一つの「省察的思考」に統合
・内省の下位尺度は、心理測定上の理由および情動領域に関係するという理由から除外
・情動的側面が省察的思考の発達に重要だと認識していた(Boud & Walker, 1993; Wong et al., 1995b)が、本尺度は省察的思考のレベルという観点から成果を評価することに焦点を当てるべきであると判断
・最終的に以下の4つの構成概念に整理

【概念構成】
1. 習慣的行動(Habitual Action)
2. 理解(Understanding)
3. 省察(Reflection)
4. 批判的省察/前提省察(Critical Reflection/Premise Reflection)

1. Habitual Action(習慣的行動)
・以前に学習され、頻繁に使用されることで、意識的せず自動的に実行される活動
・例:キーボードの使用、自転車の運転
・経験豊富な専門職が通常の事例や問題に対処する業務も、非常に習慣的なものとなり得る
・Schön(1983)はこのような行動様式を「knowing-in-action(行動の中の知)」と呼んだ

2. Understanding(理解)
・既存の知識を利用するが、その知識の見直しはなく、学習は既存の意味体系や視点の枠内にとどまる
・学校での多くの学習(読書・知識の記憶等)はこのレベル
・Mezirowの「思慮深い行動」に相当し、Bloomのタキソノミー(1979)と重なる
・「思慮深い行動」尺度は、初期の質問紙において、非常に低い心理測定特性しか示さなかった
 ・信頼性のある尺度ものとするためには「理解」または「理解力」に焦点を当てた

3. Reflection(省察)
・リフレクティブ・シンキング(省察的思考)という概念の創始者であるデューイの定義:
 「あらゆる信念または想定された知識の形態を、それを支える根拠およびそれが導く結論の観点から、積極的に、粘り強く、注意深く吟味することである。」(1933, p.9)
・メジローは、デューイの定義を「省察とは妥当性の検証を意味する」と解釈(Mezirow, 1991, p.101)
 ・メジローの定義「省察とは、問題解決の内容や過程に関する仮定を批判的に吟味することである…前提や予想に対する批判は、「問題解決(problem solving)」とは異なる「問題提起(problem posing)」に関わる。問題提起とは、当たり前と思われていた状況を問題化し、その妥当性に問いを立てることを意味する。」(Mezirow, 1991, p.105)
デューイの定義と一致するさらに2つの定義
 ・「学習という文脈における省察とは、個人が自らの経験を探求する際に取り組む、知的および情動的な活動を包括する一般的な用語である。」(Boud et al., 1985, p.19)
 ・「省察的学習とは、ある問題に対して、経験によって引き起こされる内的な吟味と探求の過程であり、これは自己の意味づけを生み出し、明確にすることで、新たな概念的視点の変容をもたらすものである。」(Boyd & Fales, 1983, p.100)→特に専門的実践に関連性が高く、Schön(1983)の枠組み・省察的実践者という文脈に近づいている

4. クリティカル・リフレクション(批判的省察)
・メジローの「前提省察(premise reflection)」に該当するより高次のリフレクティブ・シンキングの水準
 ・「前提省察とは、我々がなぜそのように知覚し、思考し、感じ、行動するのかという理由に気づくこと」(1991, p.108)
・前提省察には、意識的・無意識的な過去の学習や経験から形成された前提に対する批判的な吟味が必要
・通念や根深い思い込みは変えるのが困難
 ・その一因は、あまりにも深く根付いているため、前提であることすら気づかないこと
 ・視点変容(perspective transformation)を遂げるには、我々の行動の多くが特定の環境からほとんど無意識的に取り入れられた信念や価値観の集合によって支配されていることを認識する必要がある
・前提省察は、理解や省察的思考と比べると頻繁には観察されない
・デューイ(1933)も「クリティカル・リフレクション」とそれほど深くない省察との区別によって、より深い水準の省察を認識
・「クリティカル・リフレクション」という用語は、より深い省察の水準を指すものとして一般的に使われてきたため、我々も本研究の尺度においてこの名称を採用

尺度開発と初期試作
・尺度項目の作成に2つの情報源に基づいて作成
 1. 文献レビュー
 2. 過去の質的研究(リフレクティブ・ジャーナルおよび学生インタビュー)を分析(Kember et al., 1996a, 1996b)
・初期試作版:香港のある大学の健康科学学部の学生350名を対象にテスト
・分析手法:クロンバックのαで信頼性検証、因子分析を行い、各項目の構成概念の整合性確認
・尺度の構成
 1. 習慣的行動(Habitual Action)
 2. 理解(Understanding)
 3. 省察(Reflection)
 4. 批判的省察/前提省察(Critical Reflection/Premise Reflection)
・計4回の試行・修正サイクルを経て、不適切な項目の削除・修正、新規項目の追加を実施
・課題:異なる尺度間での内容の重複・補完関係により、因子間の明確な識別が困難

検証と結果
・最終版の尺度を健康科学部の303名の学生(8クラス)に実施
・各項目はランダムで提示、尺度名などの区別表示なし

信頼性
・各尺度のクロンバックα係数はすべて許容水準以上で、信頼性が確認された
table1
table2

構造的妥当性(因子構造の検証)
・確認的因子分析(CFA)により、仮定された4因子モデルが適合
 ・4因子モデル:χ² = 179.3、df = 100、CFI = 0.903(良好)
 ・単一因子モデルでは不適合(CFI = 0.542)
・各項目は意図された尺度に有意に結びつき、交差負荷なし
・尺度間も相関関係も理論的に妥当と評価
table3
fig1
グループ比較
・各尺度の得点範囲:4点〜20点
・各クラスごとの平均点・標準偏差を算出(Table 4)
・予想どおり、習慣的行動および批判的省察の平均スコアは、理解および省察のスコアよりも低い結果
 →理解や省察に比べ、習慣的行動や批判的省察をあまり用いない傾向
 ・批判的省察は、視点の大きな転換および深く根付いた信念の修正を必要とするものであり、それはしばしば長期にわたる苦痛を伴う過程となる(Champagne et al., 1985; Strike & Posner, 1985)
 ・習慣的行動も大学の授業で頻繁に求められるものではなく、学生に繰り返し同じ行動を求めるようなカリキュラムの時間的余裕が十分でないことも一因
table4

統計検定
・反復測定ペアワイズ比較により、尺度間のスコアの差の有意性を検定(Table 5)
・習慣的行動と批判的省察は、他尺度より有意に低い(p< .05)
table5

学部生と大学院生の比較
・学部生:ほとんどが高校卒業直後あるいは1〜2年以内に大学に入学した、比較的同質的な集団
 ・彼らの実務経験は学位課程に組み込まれた実務実習の期間に限定されていたと考えられる
・大学院生:実務経験を持ち、看護師として働きながらパートタイムで学習している
・t検定の結果、各尺度における平均得点の差は統計的に有意(5%水準)であることが示された
・大学院生は、学部生に比べて習慣的行動を用いる可能性が有意に低く、また理解、リフレクション、クリティカル・リフレクションに取り組む可能性が有意に高いことが示された
table6

結論
・本研究の目的:専門職養成課程において学生がどの程度リフレクティブ・シンキング(省察的思考)を行っているかを測定するための簡便な尺度を開発すること
・成果:4つの下位尺度または因子からなる質問紙が作成された
 ・習慣的行動(HA)
 ・理解(U)
 ・省察(R)
 ・批判的省察(CR)

・確認的因子分析で構造的妥当性を確認
・Cronbachのαで内的一貫性(信頼性)も良好
・理論的予測と一致した得点傾向、学部生・大学院生の有意差によって識別力(判別的妥当性)も支持された
・医療系分野で開発されたが、分野特有の用語は使っておらず、他分野でも使用可能
・実務者への適用に修正が必要だが、実習を含む学生にはそのまま使用可能
(主な活用方法)
①授業の効果測定:授業前後の比較によって、リフレクティブ・シンキングの変化を把握
②個別指導ツール:省察が不十分な学生の特定と支援
③他の教育的構成概念との関連性調査
④教育条件の異なる群間比較(例:学部生 vs 大学院生)
※注意点:多くの大学では異質な学生構成となっており、特定コースにおける基準値(ノルム)設定が簡単ではない可能性がある

ここまで。
リフレクションに関する尺度を探っていたところ、本論文に出会ったのですが、予想以上に面白く、学びの多い論文でした。
ジャック・メジローや「成人の変容的学習」については、大学院で学んだのを記憶していましたが、本論文を読むことでより深く理解できたように思います。
特に印象的だったのは、変容的学習を支える鍵が「省察的思考(Reflective Thinking)」、中でも最も高次に位置づけられる「批判的省察(Critical Reflection)」にあるということ。メジローの理論を土台としながら、著者らは我々が無意識に前提としている信念や価値観を問い直すことの重要性を繰り返し強調しています。
自身が持つ前提を省察し、通念や思い込みをアップデートしていくことは容易ではないですが、このプロセスなくして大きな変容は起こりません。
「大人の学びは痛みを伴う」というメジローの言葉はハッキリ記憶していたのですが、その背景にこの前提を省察することで伴う心理的な痛みがあるのだと今更ながら理解することができました。

また、本論文で開発された4つの構成概念(習慣的行動、理解、省察、批判的省察)からなる質問票(尺度)は、教育実践においても非常に有用であると感じました。特に自身が担当する授業(PBL)では実習を伴うので、学生が実践と向き合う中でどのような思考をしているのかを把握する上で、本尺度は強力な診断ツールになり得ると思いました。是非活用してみたいと思います。

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