工学教育におけるプロジェクト型学習(PBL)の実践の歴史をシステマティックレビューした論文のレビューです。

論文はこちら(被引用数:44件 (2025年7月2日時点))
Lavado-Anguera, S., Velasco-Quintana, P. J., & Terrón-López, M. J. (2024). Project-based learning (PBL) as an Experiential Pedagogical Methodology in Engineering Education: a review of the literature. Education Sciences, 14(6), 617.

論文全体を端的にまとめます。

1. はじめに
・21世紀のグローバル社会において、工学教育では、現実に即したスキルだけでなく、価値観や態度についての教育も求められる[1]
・アクティブ・メソドロジーは、横断的な訓練を達成する効果的な方法として注目されてきた[2]
・学生の学業成績および汎用的スキルの向上を目指して、プロジェクト型学習(PBL)は20世紀後半以降、工学教育において広く採用されてきた[3]。
・PBLは、もともと医療教育における問題基盤型学習(Problem-Based Learning)として開発されたものであり、単純な記憶によって生じた問題への対応策として登場[4]
・PBLは、学生の学業成績の向上[5]や注意力・関与度の維持[6]に寄与するだけでなく、専門職として成功するために重要な技術的・非技術的スキルの育成も可能にする[7]
・工学教育においても、ブルームのタキソノミーは極めて重要
 ・学生が理論概念を理解・応用するだけでなく、分析・評価し、革新的な解決策を創出することも可能にするから

1.1. PBLの文献レビュー
・PBLは文脈依存的で、学生の内発的動機づけと主体性に影響を受ける
・大学における数十年にわたるPBLの実施経験は、リソース、カリキュラム設計、環境などの要因による広範な研究蓄積をもたらしてきた
・近年の文献レビューでは、PBLの実施形態や課題に関する整理が進みつつある
 ・Chen, Kolmos, Du[10]は、工学教育におけるPBLの体系的レビューを実施
 ・Borrego, Foster, Froydは、工学教育における体系的レビュー手法の標準化を目的
・Guo, Saab, Post, Admiraal[12]が、学生の成果や問題解決型学習(Problem-Based Learning)の評価指標に関する出版物をレビューし、学生の成果を評価するために研究者が用いた測定ツールを分析

・当文献レビューは、大学におけるPBL方法論の典型的応用を超える実践に焦点を当てる
・Problem-Based LearningとProject-Based Learningを区別することも重要(本レビューの範囲外)
・Guerraら[13]は、エンジニアが直面するグローバル課題(技術的、専門的、個人的、対人関係的、異文化的側面)を学生と産業界の両視点からレビュー
 ・学習環境や経験、学生のプロセスへの主体的関与、カリキュラム構築との相互関係と結果を明らかに
・Savin-Badenらは、PBL経験を9種類の実践タイプ(コンステレーション:星座)に分類
①知識マネジメントのためのPBL
②アクティビティを通じたPBL
③プロジェクト主導型PBL
④実践能力のためのPBL
⑤デザインベース学習のためのPBL
⑥批判的理解のためのPBL
⑦多様な推論のためのPBL
⑧協働型分散PBL
⑨社会改革のためのPBL

1.2. 教育モデルの枠組み
・工学知識の複雑性および相互接続的な性質を踏まえ、学生が将来の課題に対応できるような包括的教育モデルが必要
・このモデルは、概念の理解を促進し、グローバルかつ実践的な応用力を養う経験型学習であるべき
・プロジェクト型学習(PBL)手法は、有望な戦略で、理論知識と実践的応用の統合を可能にし、チームワーク、問題解決、イノベーション等、21世紀のエンジニアに必要不可欠な実践的スキルを育む[3]
・PBLとブルームのタキソノミーは相乗的で、全認知レベルで学生の主体的関与を効果的に引き出す
 ・基本的概念や情報の記憶と理解
 ・知識を実世界の文脈に適用し、批判的思考を要する実践的課題解決
 ・分析や評価を通して成果物を洗練
 ・最終的に、成果物や解決策の創出(最上位レベル)
・プロジェクトが包括的・経験的かつ柱(ピラー)に基づく教育モデルから展開される場合、タキソノミーの高次レベルを、学生が意味づけを通じてさらに深めることが可能
・現代の工学系人材の教育的ニーズに対応するため[16]、経験学習が強調されている
・学生は理論を実践的課題に適用しながら、理解の深化とスキル成長を遂げる[17]
・現在の潮流は、データドリブンな社会において複雑な意思決定ができるエンジニアの育成に焦点
 ・デジタルスキルやAIの活用能力が強く求められるように
・ローカルかつグローバルな複雑な課題に対処するためには、学際的アプローチと異なる領域の知識統合が求められる
・このような背景を踏まえた7つの基本的柱に基づいた包括的教育モデルを定義(figure1)
fig1
・「テクノロジー」:技術の進歩により、人工知能(AI)を含む複雑なシナリオの創出が可能となり、デジタルスキルを促進し、データドリブンな意思決定の促進が期待
・「統合カリキュラム」:一貫性のあるカリキュラム必要性が強調されており、学際的チームワーク、プロジェクトマネジメント、コミュニケーション、倫理、効果的な時間管理、工学経済なども含まれる
 プロジェクトは複数の科目から得た知識を学生に適用・統合させることを求めることがある[18]
・「国際性」:グローバルな文脈に対応できるよう、多文化的かつ国際的な学習環境が重要視
・「持続可能性」:未来のエンジニアがイノベーションと社会・経済的発展の推進者となるよう導く
・「学際性」:様々な学問分野や専門領域の学生の間で知識とスキルの統合が発生
・「シミュレーション」:工学教育は、現実世界に近い状況を通じて学習を行うためのシナリオが必要
・「プロフェッショナル環境」:企業や組織が「クライアント」として機能すると、プロジェクトにリアリティをもたらし、工学教育と実社会とのギャップを埋める[21]
 ・PBLは起業家教育に取り組むための「良い口実」となる

1.3. リサーチクエスチョン
RQ:工学教育において、PBL(プロジェクト型学習)を経験的・教育的手法として実施することは、学生の実社会的スキルの育成にいかに貢献するのか?

目的
・工学分野でのPBLの事例を、figure1に示される包括的教育モデルの柱に基づいて分類し、PBLの理論的枠組みを様々なPBL実践と結びつけること
・工学系教員が自身のPBLカリキュラム設計を改善し、学生のコアスキルを育成する包括的教育モデルに基づき、PBL手法の応用を改善することを支援すること

・この方針に従い、PBLの実践はfigure1の7つのカテゴリに分類される
 ・テクノロジー:プロジェクトにおいてAIなどの新興または高度な技術を学生が使用する場合
 ・統合カリキュラム:同一学位の複数の科目やコースが関与している場合
 ・国際性:実践が国際的または多文化的なものである場合
 ・持続可能性:持続可能な開発や国連のSDGs、またはNGOが関与する場合
 ・学際性:異なる学位または専門分野の学生が参加する場合
 ・シミュレーション:この方法論が活用され、先進的なラボなどが用いられる場合
 ・プロフェッショナル環境:実在の企業が関与するか、またはプロジェクトに起業家スキル育成が含まれる場合

2. 方法
・本レビューはメタ分析を行っていない→レビュー対象論文の多くが定量的研究ではなかったため
・目的は、工学系学位におけるPBLの全体像を明らかにすること
 →技術的・ソフトスキルを超えた価値を学生にもたらすことを目的
・ホリスティックな視点からPBLの学習経験を特定するために、体系的レビュー手法を採用
・PRISMAプロトコル[22]が本体系的レビューの枠組みとして用いられ、以下の手順を含む
 (1) レビューの根拠と、対処すべきリサーチクエスチョンを明示的に記述すること
 (2) 選定基準と情報源を設定すること
 (3) 検索戦略および選定プロセスを策定すること
 (4) データ収集に用いた手法、求めた成果、リスク評価手法を特定すること
 (5) レビュー手続きの詳細な記述とともに結果を報告すること

2.1. 研究プロトコルの作成
・選定条件
 (1) プロジェクト型学習に関する研究で、問題解決型学習(Problem-Based Learning)は対象外
 (2) 大学または短大などの高等教育における工学教育を対象、中等教育および初等教育は除外
 (3) 実践内容が開発・実施され、関係者の単なる記述にとどまらない
 (4) 経験学習が実践の重要な要素である
・対象期間:2000年~2024年3月(21世紀のPBL実践を網羅的にレビューするため)
・スコーピングレビューを先に実施し、文献の広がりとホリスティック教育モデルの全体像を把握
・検索語およびデータベースは、除外基準を満たさない文献を排除するため反復的に洗練
・ Table 1に、含有・除外基準が要約を示す
table1
・スノーボール手法(引用文献をたどって文献を拡張)は実施せず
 →既存のデータベース検索で十分な文献が得られたため

2.2. フィルタリング
・検索結果
 ・Web of Science:166件
 ・SCOPUS:304件
 ・重複除外後の合計:344件
・内訳
 ・学術論文:104件
 ・書籍:9件
 ・会議予稿:88件
 ・会議論文:141件
 ・レビュー:2件
・除外基準による削除
 ・高等教育に属さないもの
 ・プロジェクト型学習ではなく問題解決型学習のみに焦点を当てたもの
 ・包括的教育モデルに関するものではないもの
 ・7つの柱に該当しない基本的なPBL
 ・包括的教育モデルを考慮していないもの
 ・内容がカテゴリに合致しないもの
 ・オープンアクセスでないもの

2.3. 出版物の属性
・発行年による分類
fig3
・主な出版元と件数
 ・ASEE Annual Conference:13件
 ・International Journal Of Engineering Education:3件
 ・International Symposium on Project Approaches in Engineering Education:3件
 ・Sustainability:3件
 ・International Research Symposium on PBL:3件
 ・IEEE Transactions On Education:2件
 ・Frontiers in Education(FIE)Conference の会議録:2件
・大部分は英語、その他、本文がスペイン語2件、一部イタリア語1件

3. 結果
・7つの柱への分類(Figure 4参照)
 ・テクノロジー:4件
 ・統合カリキュラム:6件
 ・国際性:7件
 ・持続可能性:7件
 ・学際性:4件
 ・シミュレーション:13件
 ・プロフェッショナル環境:13件
fig4

3.1. テクノロジーに焦点を当てたPBLの展開
・高度な技術を用いたPBL事例(例:AI活用、複雑な技術開発)
・4件中3件は、学生の技術的および汎用的な職業スキルの習得に寄与し、実社会の課題とそれを解決するためのツールを用いた学習の促進に有効であることを示した
・一部は開発がまだ初期段階にあり、今後の効果検証が課題

3.2. 統合カリキュラムに焦点を当てたPBLの展開
・同一学位内の異なるコースや科目を含むプロジェクトで構成
・理論と実践の統合が促進され、現実的課題に対応
・一部は反転学習と組み合わせたハイブリッド形式も(「プロジェクト型学習-反転授業(flipped classroom)」

3.3. 国際性に焦点を当てたPBLの展開
・異なる国や文化の学生が協働する事例
・多文化環境での学びを通じ、動機づけや学習成果が向上
・国際的プロジェクトの運用面(ロジスティクス)についても取り上げられた

3.4. 持続可能性に焦点を当てたPBLの展開
・社会的・環境的課題に取組み
・NGO等のステークホルダーとの連携を含む
・環境や再生可能エネルギーに焦点を当てたプロジェクトが中心

3.5. 学際的(マルチディシプリナリー)に焦点を当てたPBLの展開
・工学以外の分野(ビジネス、アートなど)との協働
・問題解決のために学際的なアプローチ、複数の視点が求められる
・最も少ない件数のカテゴリであった

3.6. シミュレーションに焦点を当てたPBLの展開
・実験、試作、仮想環境を活用した実践的PBL
・電子工学、ロボティクス、航空宇宙が多くみられた
・本レビューで最も件数の多かったカテゴリであり、プロフェッショナルな環境に関連

3.7. プロフェッショナルな環境に焦点を当てたPBLの展開
・現実の企業や産業との連携、またはそれを模した教育環境
・現実に近い環境を忠実に再現しようとするもの、または起業家精神の育成に焦点を当てたものも対象
・学生の動機づけやスキル向上が報告
・企業側の満足度や、成果物が実際に採用に至った事例なども報告

4. 考察
・本レビューの目的は、図1に示されたホリスティック教育モデルの柱に基づき、工学分野におけるPBL実践を分類・解釈すること
・各カテゴリ(柱)ごとにPBL実践の特徴と課題を分析し、リサーチクエスチョンに対する回答を試みた

4.1. カテゴリ別の解釈
「テクノロジー」
・学生に研究と「研究への関心」の促進を促すことが目的
・初期段階では困難だと認識されていたが、やがて学生が専門的スキルを身につける助けとなった
・リソースの利用可能性とカリキュラム準備の困難さが大きな障害

「統合カリキュラム」
・異なる教科の知識を統合し、プロジェクトに応用することを目指す
・学生はより大きな責任を持つようになり、教科に対する深い理解を得ることができる
・理論中心の学生と実践志向の学生を混在させることで、チームワークが促進される
・評価はプロジェクトに合致している必要
・課題と作業負荷、タイムスケールを適切に配分する必要
・教科間の調整が成功の鍵であり、教員の関与がより強く求められる

「国際性」
・グローバルな課題解決能力が学習目標の一つ
・文化的背景や専門分野が異なる人々と協働する必要があり、多様性の高さに直面する
・教員のプロジェクト設計と調整力、学生の協働に対するモチベーションを維持することが課題

「持続可能性」
・技術的・ソフトスキルの両方を習得と、現実世界の問題に対する持続可能な解決策を提案できることがメリット
・自身の仕事が社会的・環境的に与える影響を認識することでモチベーション向上に寄与
・倫理的価値の認識は、学習経験に良い影響を与える
・NGOなどの外部関係者との調整や外部支援(財政的、人的リソース)の確保が課題

「学際性」
・異分野の学生の協働により創造性やリーダーシップを強化
・実社会の労働環境に近い状況を模倣
・関与する教員間の明確な評価指針と協調が不可欠

「シミュレーション」
・実験、プロトタイプ作成、仮想環境での学習を通じて理論と実践の架け橋
・実践的スキルが育成される一方、教員や学生にとっての作業負荷の増加、教材やリソースの不足といった課題も確認

「プロフェッショナル環境」
・企業との連携により現実的な課題解決経験を提供
・学生は、利害関係者やクライアントとのやり取りから、教員よりも実践的かつ現実的なフィードバックを得た
・起業家精神の刺激にもつながった

4.2. レビューの限界
・全文にアクセスできない文献(50件)は対象外
・情報源へのアクセス制限により、分析文献の信頼性にバラつき
・分析対象を工学関連の研究に限定したため、他分野の有益な知見や代替的アプローチが見過ごされた可能性

4.3. 結論および今後の展望
・PBLは、工学教育におけるホリスティック教育モデルの実装に有効
・特に「プロフェッショナル環境」や「シミュレーション」が効果が顕著
・「学際的」および「テクノロジー」も、より深く掘り下げていくことが重要
・教員のPBLカリキュラムの設計力向上、学際的な協働アプローチ、テクノロジー活用が今後の課題

ここまで。
昨年掲載されたばかりのPBLのレビュー論文ということで興味深く読ませていただきました。
背景で書かれている以下のような内容は深く共感し、自分の興味分野はやはりこの辺りにあるのだと再認識させられました。
・21世紀のグローバル社会では、技術的スキルだけでなく、価値観や態度といった非技術的スキル、ソフトスキルなども重視されるようになっている
・PBLは、学生の学業成績の向上やエンゲージメントの維持、技術的・非技術的スキルの育成も可能にする
当論文のユニークなところは、「テクノロジー」「統合カリキュラム」「国際性」「持続可能性」「学際性」「シミュレーション」「プロフェッショナル環境」という7つにPBLを分類し、考察している点にあります。この枠組みに沿って、自分自身が実践してきたPBLを振り返ってみると割と広域にやってきたように思いました。
・国際性:OECDのGlobal PBL(Project-Infinity)
・持続可能性:地域のNPOとの協働によるサービスラーニング
・統合カリキュラム:Musashino English Festival(他授業での学び(英語)を実践に応用)
・シミュレーション:よく企業研修で行っているPBL(現実ではないプロジェクト)
・プロフェッショナル環境:企業との協業による、リアルな課題解決プロジェクト
一方、テクノロジーと学際性を中心に据えたPBLは、まだ実践したことがないので、機会があれば是非挑戦してみたいと思いました。テクノロジー系の授業を担当したら前者はすぐできそうですが、学際性は他学部の教職員との連携がポイントになるので少しハードルは高そうです。

また、改めて以下の点も再認識することができました。
・PBLとブルームのタキソノミーは相乗的で、全認知レベルで学生の主体的関与を効果的に引き出す
・PBLはホリスティックなアプローチでもある:Perkins(2009)の学習を野球に例えた比喩を思い出しました
従来の学校では、「ボールを投げるような孤立した技術」を学ぶか、「統計やゲームの歴史を学ぶことで野球について学ぶか」のどちらかが展開されてきたが、大事なのは、「ゲーム全体をプレーする(play the whole game)」機会を学生に与えること。PerkinsのPlay the Whole Gameについて語っているYoutubeも見つけましたので貼っておきます。

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