前回に引き続き、Case Study Research and Applications: Design and Methods の各章をレビューしていきます。
今回は、Chapter 3:Preparing to Collect Case Study Evidence(ケーススタディのエビデンス収集に向けた準備)です。

本章は、ケーススタディにおけるデータ収集のための準備についての内容です。
具体的には、研究者に求められる能力や倫理観、研究者のトレーニング、ケーススタディ・プロトコル作成、ケース選定、パイロットケーススタディの実施等について説明されています。
以下、ポイントをまとめます。

ケーススタディ研究者に求められる能力・姿勢
・ケーススタディは簡単だと思われがちだが、それは大きな誤解である。理由は、実験や質問紙のように 「決められた手順」 だけで進められないから
・研究者自身がその場で、判断、解釈、対応する必要(研究者自身が"測定機器"でもあるという考え)
・良いケーススタディ研究者に必要な5つ
①良い質問ができること
・データ収集では「質問する能力」が最重要
・単なる質問ではなくHow? Why? を掘り下げられること
②良い聞き手であること
・「黙って聞く」 ではない
・相手が言ったことだけでなく、本当に意味することを理解する(インタビューでは行間を読む能力)
③柔軟であること
・ケーススタディでは予定通りにならないため、計画変更を恐れない
④研究対象を深く理解していること
・テーマについて十分な知識が必要(そうでないと、重要な情報を見逃す)
⑤高い倫理観
・研究者は、自分の仮説を証明するためにデータを選んではいけない
・反証も含め、公平に扱う必要がある

特定のケーススタディのための準備とトレーニング
良いケーススタディは、「良い研究者」が一人いればできるわけではなく事前準備が重要
①研究参加者の保護(研究倫理)」
・ケーススタディは、現実世界の人を対象にするため、医学研究と同様に倫理的配慮が必要
・Yinは最低限、以下を守るべきとしている
 ・インフォームド・コンセント
 ・危害を与えない
 ・プライバシー保護
 ・守秘義務
 ・弱い立場の参加者への配慮
 ・公平な対象者選定
②ケーススタディ研究者の訓練
・Yinは、ケーススタディ研究者は単なる調査員ではなくSenior Researcherとして行動できるようになるべきだと述べている(マニュアル通りに動くのではなく、その場で考え、判断し、対応できる人)
・インタビュー中に想定外の話が出たら「これは重要かもしれない」 と判断してさらに質問する

ケーススタディ・プロトコル
・Yinは、ケーススタディ・プロトコルを最も重要な準備と述べている
・プロトコルとは、質問紙でもインタビューガイドでもなく、ケーススタディ全体を導く設計図
・プロトコルに必要な4つの要素
 ・Section A:ケーススタディの概要
  ・ケーススタディの目的、依頼先の概要、RQ、理論的背景や関連文献
 ・Section B:データ収集手順
  ・研究参加者の保護に関する手続き
  ・利益が見込まれるデータ源(インタビュー対象者、文書、観察など)の整理
  ・その他、現地調査を円滑に進めるための実務的な確認事項や注意点
 ・Section C:プロトコル質問
  ・データ収集中に常に意識しておくべき研究上の問い
  ・どのようなエビデンスがその問いに答えるために必要か
  ・その証拠はどこから得られるか
 ・Section D:ケーススタディ報告書の暫定アウトライン
  ・最終的なケーススタディ報告書の構成案を、データ収集を始める前にあらかじめ作成しておく
  ・例:データの整理方法、図表や文書資料の提示方法、参考文献の整理方法等

protocol
Figure 3.2. プロトコルの例(革新的な法執行の取り組みに関するケーススタディ実施プロトコル)

Five Levels of Questions:五段階の問い
・Level1:インタビューで実際に聞く質問
・Level2:研究者が明らかにしたい問い
・Level3:複数ケースを比較したときの問い
・Level4:研究全体に関する問い
・Level5:政策提言や実践的提言に関する問い
※この5レベルのうち、プロトコルのセクションCは、レベル2に焦点を当てるべき
 ・Level 1と2の問いの区別に関して、ケーススタディの分析単位(「ケース」)と、データ収集単位(ケースに関する特定の情報源)とを混同してしまうことがある
 ・この混同は、データ収集源が個人(例えば個人へのインタビュー)である一方で、分析単位(「ケース」)が集団(例えば、その個人が所属する組織、コミュニティ、社会集団)である場合に最もよく起こる
 ・たとえデータ収集を個人インタビューに大きく依存していたとしても、研究の結論はインタビューそのものだけに基づいてはならない → ケーススタディが単なる自由回答式アンケートへと変わってしまう
 ・データを誰・何から集めたか(データ収集単位)と、最終的に何について結論を出したいのか(分析単位)別物であり、混同してはいけない(以下のFigure 3.5を参照)

分析単位とデータ収集単位の望ましくない混同
fig3.5
・Figure 3.5:縦軸(デザイン:ケース(分析単位))、横軸(データ収集)
 ・1.左下:ケース(組織)×データ(個人)
 ・2.右下:ケース(組織)×データ(組織)
 ・3.右上:ケース(個人)×データ(組織)
 ・4.左上:ケース(個人)×データ(個人)

その他のデータ収集ツール
・プロトコル質問(Section C)に加え、データ収集を支援するための補助ツールを準備することを推奨
・代表例:Empty Table Shells(空の表)
 ・データを入力する前の状態で、表の行・列だけをあらかじめ設計したもの
 ・データが定量的であっても質的であっても利用可能
 ・Empty Table Shellは「分析表」ではなく、「分析を見据えた収集計画」
 ・ケース間で比較可能なデータを収集するための重要な準備となる
 ・完成した表は、そのまま分析結果の表示にも利用できる
 ・空の表を事前に作成する3つの利点
  ①収集すべきデータを明確にできる
  ②複数ケース研究では、各ケースについて同じ種類の情報を収集しやすくなる
  ③データ収集後には、その表自体が分析の基盤となる
 ※分析を見据えてデータ収集を設計することが重要

ケーススタディ報告書の暫定アウトライン(Section D) 
・報告書の構成もデータ収集前に考えておくべき
・ケーススタディでは標準的な報告形式がないため、特に重要な準備となる
・アウトラインはデータ収集の指針としても機能する
・多くの研究では、 データ収集 → 分析 → 報告書作成 という順序で考えられがちだが、ケーススタディでは、データ収集の段階から「どのような構成で報告するか」「誰を読者として想定するか」「どのような資料や図表を示すか」を考えておくことで、必要なデータを漏れなく収集できる
・Section Dに含めるべき例
 ・報告書の構成案
 ・使用するデータや文書資料
 ・図表や付録の構成
 ・参考文献の整理方法
 ※ケーススタディには実験研究のような標準的な報告形式が存在しないため、事前にアウトラインを作成することが特に重要

ケース候補のスクリーニング
・正式なデータ収集を始める前の最後の準備として、ケース候補の選定(Screening)がある
・ケースによっては、研究開始時点で対象がすでに決まっていることもあるが、多くの場合は複数の候補が存在し、その中から最終的なケースを選択しなければならない
・スクリーニングの目的:正式なデータ収集を開始する前に、そのケースが本当に研究目的に適しているかを確認すること
・候補が少なければ一段階方式、多ければ二段階方式を用いる
 ・One-phased Approach(一段階方式):候補が比較的少ない場合(十数件以下)は、「候補について関係者から情報を得る」「簡単な資料を収集する」といった比較的簡便な方法でスクリーニングを行う
 ・Two-phased Approach(二段階方式):候補が多い場合は、二段階で選定
  ・第1段階:統計データや既存資料などを用いて候補を絞り込む
  ・第2段階:残った候補について、より詳細な情報を収集し、最終的なケースを選定
  ・Yinは、この方法によって効率的かつ合理的にケースを選定できると述べている
  ・Multiple-case Studyでは、ケース選定はLiteral ReplicationまたはTheoretical Replicationの設計に基づいて行うべきであると強調

ここまで。
チャプター3を読むことで、かなり具体的にケーススタディの事前準備の全体像を掴むことができました。
特に収穫だと思ったのは、Yinも最も重要な準備だと指摘している以下の内容を含むケーススタディ・プロトコルについて。
・Section A:ケーススタディの概要
・Section B:データ収集手順
・Section C:プロトコル質問(5レベルのうちレベル2に焦点)
・Section D:ケーススタディ報告書の暫定アウトライン
研究計画は当然立てるものですが、報告書の暫定アウトラインまで考えておくことが重要というのも新たな気づきでした。また、Empty Table Shells(空の表)を作っておくことも是非取り入れたいと思いました。